track.3 リドレス

 彼女はベースギターとコーラスを担当する【ビッチ】

 本名、旋血センケツ真理マリ、二五歳。


 赤髪のレイヤーボブに衣装は着物と黒のパーティードレスを合わせた独特のスタイルで、ロングスカートは太ももの辺りまでスリットが入り、腕を振ると、たなびくくらいの長さを持つ袖丈。

 

 袴の変わりに腰をベルトで締め付けて、胸元で交差させた袴地は、少し広げてバストの大きさを強調させていた。


 つけまつ毛はやたら前面に尖っていて、まるでローマ軍の密集陣形ファランクスにおける、無数の槍が突き出した形をなしている。

 女性としての魅惑はメンバーの中でもぐんを抜いていた。


 以前は、このバンドのベース兼ボーカルを担当してたけど、付き合っていた彼氏との間に子供が出来てしまい、出産の為にバンドを辞めた。

 彼女はバンドに戻るつもりはなかったけど、なんと無責任にも彼氏が姿を消してしまい、シングルマザーとなってしまった。

 赤子を抱えての生活も苦難の連続。

 仕事先のパートへ行くにも、赤ちゃんを置いてはいけない。


 そこで頼ったのが元いたバンドだった。

 戻って来て早々、険悪な空気になったけど、バンドの方も楽器の経験者が足りず、思うように活動が出来なかったから、迎え入れざる得なかった。


 キル姐さんがビッチへ詰めより、人差し指で赤ちゃんを差しながら言う。


「これから先、どこのライブハウスにも、このガキ連れ回すのか? ツアーとかやる時、出先でこんな泣かれたら活動なんてやってられねぇぞ!?」


「しょうがないでしょ! 私は実家と仲悪いし、都会に知り合はいないから頼れる人がいないのよ。それとも、この子を家に置いて飢え死にさせろって言うの!?」


「誰もそんなこと言ってねぇだろ!」


 すると、いつの間にか泣きやんだ赤ちゃんが、キル姐さんの指を不思議そうに眺めながら、口を大きく開けて、彼女の指先にハムッと食らいつく。


 はぅ!?


 姐さんは膨らんだ袋が萎むように、気の抜けた声を発して黙った。

 そして赤ちゃんへ目を落とすと、その目は愛おし物を見る目に変わっていた。



 リーダーのキル姐さんはビッチへ返す。


「年内……まぁ、長くても来年にはなんとかしろよ」


 見た目とは裏腹に、キル姐さんは母性愛に溢れている人物だ。



 クセ者ぞろいのメンバーが結成した【リドレス】


「世界を音楽で作り変え希望へ導く」を目標に、音楽活動する四人組ガールズ・メタルバンドだ。


 元々は音楽活動をしていた三人、リーダーのキル。ドラムスのハゼロ。ベースのビッチが作った「汚髑髏おしゃれこうべ」が前進となる。


 ビッチがボーカルを務めていたけど、例のごとく妊娠を機に彼女が脱退。

 キルとハゼロの二人だけになってしまい、音楽活動の方向性がままならなくなった。


 二人がバンドの将来を模索している時、たまたま路上でライブをしていた私こと、ヨシ・イクヨに目を付けてボーカルへスカウトとしたのが経緯いきさつだ。


 私がボーカルとして定着し始めた頃に、彼氏に逃げられたビッチが、出産後にバンドへ戻って来た。

 メンバー不足もあり、ビッチの復帰は自然に進んだ。


 心機一転、バンド名を「汚髑髏おしゃれこうべ」から、改善や救済、過ちを正す意味の「リドレス」へ変えて新たなバンド活動を始めた…………のはいいんだけど、やることなすこと変化球過ぎて付いていけなくなって来た。


 私がライブをやる会場ハコへ来たら、いきなりリーダーのキル姐さんから、布面積が足らない衣装を見せつけられ「これがアンタが着る新しいステージ衣装だよ」と、一方的に押し付けられた。


 こんな、かろうじて胸と腰しか隠れない衣装を着るなんて、私は絶対にイヤだ!!

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