第3話『砂の記憶』
目の前に広がる、砂礫の大地。
大きく円を描くように建てられた石壁が、かつてここに存在していた国の輪郭を縁取っている。
その中に、風化し崩れ始めた街が残されていた。
心優しい王たちに守られていた2つの国。
今はその面影すら感じられない。
廃墟になり人の温もりが無くなり、ただ滅びゆくだけの国の残骸。
吹き抜ける風の音と、少しずつ建物が崩れる音……それ以外の音は無い。
全てが無に還る。
それだけの場所。
そんな場所を見渡せる小高い岩山の上に建てられた、4基の墓。
1人の女性が、4基の墓全てに薄青と桃色の花で作った花冠を供える。
遠く離れた花咲く丘から摘んできた花たちは、すでに萎れかかっていた。
並んだ墓の両脇は大きく立派なもので、間の2つを優しく守るような形に作られていた。
向かって右側の大きな墓の前で、女性は立ち止まる。
「王よ……私が望んだ世界は、国の未来は、こんな悲しい結末だったのでしょうか」
流れた涙はあっという間に乾いた岩と砂に吸い込まれる。
吹き抜ける風と建物の崩れ落ちる音に、私の嗚咽が混じる。
泣いたところで、この国は元には戻らない。
死んだ人間も帰ってはこない。
犯した罪も消えることはない。
何一つ、物事は好転しない。
わかっている。
それでも、涙と後悔の思いは次から次へと溢れ出し、私を孤独の底へと突き落とす。
いつも隣で微笑んでくれる人がいた。
いつも傍で支えてくれる人がいた。
顔も名前も声も鮮明に覚えている。
消えてしまったのは、温もりと存在。
残されたのは、懐かしい……遠い記憶。
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住み慣れた地を離れてから、幾年かが過ぎました。
王よ妃よ、お変わりなく仲睦まじくお過ごしでしょうか。
わたくしは、貴方様たちのお傍にいられて幸せでした。
叶うことならば……あの日に戻りたい。
お別れすることになってしまった、あの日に。
何故……わたくしだけを残して逝ってしまわれたんですか。
砂に脚を取られながらも進む馬の上で、そんな事を考えていた。
戦を知らない国だった。
若くして無理やり王座に就けられた王だった。
若さ故の不安は、わたくしたち仕える者の方が大きかった。
そんな不安をよそに、若い王は不平不満を言わず、民のため国のためにと頑張られた。
いつも笑顔を浮かべ、明るく笑う王だった。
妃は王より1つ年上で、穏やかで優しい方だった。
仲睦まじく寄り添うお2人の姿と笑顔は、わたくしたち王宮に仕える者たちや民たちに優しく温かい気持ちを与えてくださった。
それなのに……。
わたくしは守ることが出来なかった。
最後の最後まで優しい王と妃だった。
乾いた風が吹き抜け、わたくしの髪と羽の髪飾りを揺らす。
顎の線で切り揃えられた髪に飾った羽飾りが、小さく音を鳴らす。
元は王の髪飾りだった。
国を去る際に、王から手渡された。
生きてまた会おう、という約束と共に。
その羽飾りに手を伸ばす。
すると今度は羽と金属で作られた腕輪がキラキラと音を立てる。
これは妃から受け取ったもの。
必ず生きて無事でいてください、と。
おかげで、わたくしは今もこうして生きている。
生き延びてしまった。
どうして……わたくしも連れて行ってくださらなかったんですか。
涙が溢れ出す。
泣いても仕方のないこと。
国も王も民も、全てこの砂の地に還った。
「どうかなさいましたか?」
従者の男がそう声をかけてくる。
彼もまた、わたくしと一緒に国を去った者。
いや、去らねばならなくなった者。
砂の地にあった2つの国。
友好同盟を結んでいた白の国と、わたくしの黒の国。
戦によって滅んだ国。
その戦の口火を切った男。
もし、王が羽飾りではなく剣を預けてくださったならば……わたくしは迷わずこの男の首を刎ねたでしょう。
その後で、自らの胸を突いたでしょう。
でも、今わたくしはその男と2人で砂の道を行く。
王が願わなかったことを、わたくしにできる訳がない。
それに、この男もまた被害者と言えばそうだった。
仕えていた白の国の妃に裏切られた。
戦の口火を切ったのはこの男だが、戦を起こすよう操ったのはその妃だった。
砂を乗せて風が吹き抜けていく。
その砂がわたくしたちに降る。
懐かしい、故郷の風。
「さぁ、もう少しです。行きましょう」
悲しみと罪を背負って、わたくし達は行く。
滅んでしまった故郷へと帰るために。
砂に埋もれた、記憶の地へ。
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