第2話『通りゃんせ』

通りゃんせ 通りゃんせ

ここはどこの 細道じゃ

天神様の 細道じゃ……

…………


「通りゃんせ 通りゃんせ」

木々に囲まれた神社の境内で、そう歌いながら1人の少女が鞠をつく。

空を見上げると、紅葉した木々の隙間から秋の空が見えた。

今年もそろそろ七五三の時期だ。

「これ!いつまで遊んでおるのじゃ。早う支度をせぬか」

社殿の方からそう言う声が聞こえ、少女は鞠を持って振り返る。

「天狐様!!」

この神社の主である天狐が真っ白な装束に身を包み、さらに真っ白な狐のお面をつけて立っていた。

差し色の紅が美しい。

少女は深々と頭を下げてから、鞠を片手に天狐へと近づく。

「よいか。もうすぐこのお社にも人間たちが入ってくる。その者たちの願いを聞き、お上へと届けなければならぬ。お主も手伝うのだぞ。もう、帰る所などないのであろう」

そう言って天狐は少女の頭を撫でた。

少女の長い黒髪が揺れる。


少女は七つの時にこの社に捨てられた。

七五三のお祝いだからと、母に連れてこられた。

そして“忘れ物を取りに行ってくるね”そう言って境内に少女を置いていった。

それっきり、母親は戻ってこなかった。

泣いて泣いて泣き疲れ、お腹も空いた頃、誰もいないはずの社に青白い灯が灯った。

『あぁ、妖だ……』

ぼんやりとした頭で少女は思った。

鬼か……いや、これは

「狐火じゃ…」

青白い炎が少女へと近づいてくる。

その炎は形を変え、白い装束の女性が現れた。

美しい、だけれど、凛とした気高さと冷たさもあった。

殺される……喰われる……怖い……いっそ、一思いに楽にしてくれ。

諦めの中で少女はそう願った。

「哀れな……」

物悲しいような声が降ってくる。

そして、冷たい手が少女の頬を撫でた。

「もう泣かんでよい。辛かったな」

金色の瞳が優しく細められた。

柔らかな白い尾が、冷えた少女の体を包む。

「我はこの社の主、天狐。哀れな少女よ、我と共に参れ」


以来、少女はこの社に天狐と共に暮らしている。

そう、もう帰る場所などないのだ。

「行きはよいよい、帰りはこわい……か」

母はきっと無事ではないだろう。

お稲荷様のお力は素晴らしく、時に恐ろしい。

「さぁ、早う。置いてゆくぞ」

「はぁーい。参ります!」

パタパタと少女は天狐の後を追う。

天狐の美しく白い尾が、優しく少女を抱き寄せた。

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