記憶ノ欠片
水鏡 玲
第1話『岬の風呼び』
海辺の坂道を登ると、そこは岬になっていた。
遮るものは何もない。
大きく広がる海と空だけがあった。
ふと先を見ると、岬の崖っぷちに1人の少年が座っていた。
時折吹く風に少年の黒髪がなびく。
「君、そんな所に座っていては危ないよ」
そう声をかけると、少年はくるりとこちらを振り返った。
「大丈夫。おいらは風。岬の風呼びさ」
真っ白な肌に真っ黒な髪。薄緑色の服。
手には大人の手のひら程の大きさの鈴を持っていた。
「風呼び……?」
聞いたことがない言葉だった。
「やってみようか」
そう言うと少年は手にしていた鈴をチリンと1つ鳴らした。
すると、先ほどまでそよそよとしか吹いていなかった風が、一瞬だけ強く吹き付けた。
「おいらはこの鈴で風を呼べるんだ。弱く鳴らせば弱い風。強く鳴らせば強い風。おいらはこの岬の風呼びさ。ここで風を呼び、永遠の時を過ごす。寂しくなんかないぞ。おいらにはこの鈴と風と岬がある。それだけで十分なのさ」
そう言うと、今度は少し強めに鈴を鳴らした。
両足で踏ん張らないと立っていられない強さの風だった。
「お兄さん、旅の人なんだね。格好を見ればわかるよ。この岬には迷い込んだのかな。でもおいらと会えてよかったね。これからどこに向かったらいいのか、おいらの風で教えてあげるよ」
今度は優しく鈴を鳴らす。
柔らかな優しい風が吹いてきた。
けれど、その風はどこか物悲しくあり、妙に砂っぽかった。
「お兄さん、この風は南の砂漠からきた風だよ。蜃気楼砂漠の風だ。砂漠がお兄さんを呼んでるんだ。ここから海辺の道を辿って、森に繋がる道を進むんだ。森を抜けたらあとは道なりさ。朽ちた看板があるから、その通りに進めばいい。そうすれば、蜃気楼砂漠に着けるよ。何にもない。誰もいない。あるのは浮かんでは消える蜃気楼だけ」
少年はまた鈴を鳴らす。
先ほどと同じ風が吹いて、ゆっくりと僕の横を通り抜けていく。
「この風が途中まで道案内をしてくれるから、ついて行くといいよ」
物悲しく吹く、砂埃の風を追いかける。
最後にお礼を言おうと振り返ると、そこにもう少年の姿はなかった。
チリン……チリン……
鈴の音と共に風が僕の背中を押してくる。
『また遊びにきてね』
風の音に混じって、そう聞こえたような気がした。
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