第6話 その後(2)
人間は不思議だ。
そんなことを思いながら、凛麗は目の前で、襲ってきた山賊をばったばったと素手でなぎ倒す張良を見ながら、持っていた干し肉を食べた。
凛麗達は隣の領地にいくついでに路銀も稼ごうという張良の提案で商人の護衛をしつつ、山岳地域を馬車で移動していたのだが、その道中、山賊に襲われたのである。
張良の強さならこんな山賊など仙術一つで焼き殺せるだろう。
だが、張良は気絶させるだけで、致命傷になる傷を与えていない。
「ま、こんなもんだな」
山賊を全員気絶させてぱんぱんっと手を叩いて、張良は満足げに頷いた。
「ありがとうございます。そ、それでこいつらどうしますか?」
「これだけの人数を、役人に突き出すためだけに山道を連れて行くのは無理ですし、かといって一部だけを連れていくと報復される可能性もあります。殺してしまうとそれはそれで役所に報告しなきゃで面倒です。放置していきましょう」
「はい、ではそのように致します」
商人が張良に頭を下げながら低姿勢で言う事を聞く。山賊がくる前は張良にいばり散らしていた人物とは思えぬ低姿勢に、凛麗は嬉しそうに目を輝かせた。
なぜ人間は、強いとわかった途端、平気で態度を変えるのか。今までの態度を恥とは思わないのか。中には強いとわかっても金を払ったのだからと態度を変えない者もいる。いや、どちらかといえばそちらの方が多いだろう。この態度を急激にかえた商人の心中は一体どのようなものなのか知りたい。どうせこのあと張良が馬車の後ろで歩き、しんがりを務めたときに、商人は馬車を引く従者に悪口を言うだろう。こういった手合いの行動など似たようなものだ。こっそり悪口を聞いて何をどう思っているのか聞こうと、思いながら竹筒の水を飲み、凛麗はこそこそと馬車の荷物の中に隠れた。
「ずいぶん今日は機嫌がいいな」
次の領地の宿につき、その宿の一階の食堂で無表情で食事をする凛麗に張良は薄目で突っ込んだ。時刻が昼餉をすぎ、それでいて夕餉にはまだ早いという時刻の宿の主がいるだけで食堂は閑散としている。
凛麗はおやきをほおばりつつ、
「はい。なかなか面白い会話が聞けました。護衛という仕事はいいものですね。また今度やりたいです」
と、満足げに告げた。
「おぅ。仕事に興味をもつのはいいことだ」
「ところで張良。一つお聞きしたいことがあります」
手についた餡をなめつつ、凛麗が聞く。
「ん、なんだ」
骨付きの焼鶏に豪快にかぶりつき張良が答えた。
「貴方の殺す山賊と殺さない山賊の基準です。
戦い方が不慣れで、農民が貧困で山賊をしている場合は貴方が殺さないという事は見ていて察しはつきました。ですが、農民が貧困で山賊をしている場合、彼らは戦いの経験がないので弱者しか狙いません。普通の山賊なら金にならないからと無視するような、貧民が狙われます。弱者を助けるという意味ではそういった農民が貧困でおこなう山賊の方がたちが悪いのです。それでも見逃す理由はなんでしょう?」
「……お前相変わらず痛いとこついてくるな」
「なるほど。痛いと感じるということは、後ろめたくは感じているという認識でよろしいでしょうか」
「あー、そうだなぁ。お前の言う通りかもしれんが、一度ぼこぼこにされて足を洗うかもしれないとか考えるとどうしても殺せない。もちろん、武将として領地を管理していた時ならちゃんとやるぞ? だが旅の道すがら、いらぬ業は背負いたくないっていうか、そこまで責任をもてん」
張良がぼりぼりと頭をかくと、凛麗は目を輝かせる。
「そこです、人間は仕事と私事で大きく行動が変わる事があります。私の予測が大きく外れる時はその仕事と私事で考え方が変わるところです。戦場や緊急時の動きが予測できても、平時の動きは予測できない。この違いを見極められるようにならないといけません」
「お前は本当にこういう時だけは、勉強熱心だな。それを肝心の薬売りの方にも生かせないないのか」
ハシで野菜をちくちくとつつきながら、つっこむ張良。
「領主など地位あるものにに舌先寸前でがらくたを売りつける術は師に学びました」
「お前のお師匠は教育が偏りすぎだろ」
「それは誤解です。師は路上売りもしていましたが、私はその時寝ていただけのこと。路上で店を開き売るという事に興味が持てないのです」
「それでよく薬売りを名乗ろうと思ったな」
ハシで野菜をつまんだ状態で、張良がひきつった笑みを浮かべる。
「薬師なのは師の真似です。薬師を理由に放浪しておけば、何かあった時にすぐ逃げられるし大体なんとかなると教わりました」
「……お前の師も大概ひでぇ」
「私の師という事を考えれば容易に想像がつくでしょう。私の師ができた時点で普通ではありません」
「自覚はしてるのを偉いと誉めるべきか、自覚してるのに治す気がないのを怒るべきか、本気でわからん」
張良ががしがしと頭をかいて、薄目で凛麗を睨む。
「私も貴方がわかりません」
「あん?」
「人ならざる存在にみな恐怖をいだくもの。貴方は私が人間でないのを熟知しているにも関わらず一度聞いただけでその後まったく正体を詮索しない。私を神格化した何かと思っているなら畏怖に近い感情のはずです。けれどあなたは恐怖も畏怖もどちらもありません。まるで子どものように接します。そして関係ないのに世話をやく、貴方のような存在はとても興味深くあり、うっとおしくもあります」
「おま、うっとおしいを本人を目の前に言うかそれ」
「正直は人間は美徳とみているはずです」
「馬鹿正直なだけなのを美徳とはいえねぇ。何度も言うが空気をよめ、世辞と本音くらい使い分けろ」
「私もそれなりに学んだと思います。そして私のだした結論は、貴方は本音を言っても大丈夫という存在という認識です。間違っていたでしょうか?」
湯呑をもって、首をかしげて言う凛麗。
その言葉に張良が一瞬ぽかんとしたあと、無言で凛麗の頭をぽんっと叩く。
「……何か?」
「お前でも世辞が言えるようになったんだな。偉いぞ!」
その言葉に凛麗は張良の手が置かれていた頭を撫で、ふむと頷いた。
「理解しました、貴方にとって私は子どもで、そしてやはり貴方はおかん体質です」
「だからなんだよ、その悪寒体質って、寒いってことか?」
薄目で睨んでくる張良にふふんっと凛麗が笑う。
「それは秘密です――」
と。
拝啓、自称旅の薬師でございます。 てんてんどんどん @tentendondon
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