第5話 その後(1)

「こら凛麗起きろ!!

 今日はお前の傷薬を売るんだろう!? 販売するための手形はとってきたぞ!!」


 木造の質素な宿に、張良の声が響く。

 布団で毛布にくるまっている凛麗が張良に揺すられて毛布からひょっこりと顔をだす。


「納得できません。路銀など、野党を襲い奪い取ってしまえばいいだけの話。なぜコツコツ稼がねばいけないのでしょう」


 寝起きで不満そうに眼を細めた。


「お前の!そういうところ!!人間の機微を知りたいはずなのに、なんでそいうところ面倒くさがるんだよ、他愛もない会話から学べるところもあるだろう!?」


 張良が凛麗の毛布をはごうとするが、凛麗も負けじと抵抗する。


「私が人と話すと十中八九怒らせます。喋らない方がいいと私なりに学びました」


「それはまぁ、そこに気づいた事は偉いっていえば偉いが、それじゃあ駄目だろ。お前何がしたいんだよ」


「人間を学びたいです」


「なら他愛もない会話からだな……」


「私が知りたいのはそこではありません、人間の死に直面した時に想う気持ち、仲間を犠牲にしなければいけない時の罪悪感、人をいたぶり殺すときの残忍性、そういったことであって、今日の天気はだの、近所の奥さんの性事情などではありません」


「お前のそういうところ!! 普段の人間を知らずに、知りたいところだけかいつまんで知ろうとするから根本的な事がまったく理解できてねーじゃねーか!!」


「……たしかに、言われてみるとそうかもしれません」


 一度毛布にもぐりこんでいた凛麗がひょっこり顔をだした。


「つか最後の性事情ってなんだよ、お前みたいな幼女にそんな事話すやつがいるのか。って寝るな!!」


 納得したふりをして再び布団にもぐりこんだ凛麗の布団を張良がはぎ取ろうとするがはぎとれない。


「久しぶりの柔らかい布団です。惰眠を謳歌したいと思う欲求を抑えきれません。いま私は怠惰に生きたいと願う人間の本質を理解できたような気がします」


 布団をはぎ取られなかった事に満足そうな顔で凛麗が告げる。


「そんなどうでもいいことで悟った気になるな!!

 ったく、しかたねーな。せっかくでた路上販売許可を無駄にするわけにもいかない。俺が先に売りはじめてるから、あとからちゃんと来いよ」


「はい。昼頃お伺いいたします」


「すでに昼まで寝る気でいるのがお前らしいな。てか念のためもう一度確認しておくがこの薬、ちゃんと傷の状態が普通に良くなる程度の薬だよな?塗った途端どんな傷も即回復とかいう薬じゃねーよな?」


「もちろんです。ごく一般に売っている薬をちょっとよくした程度の薬です。ごく一般の常識を持ち合わせた師匠に教わって配合した薬なので間違いありません」


「ならいいが。昼にはちゃんと出てこいよ」


「わかりました、私は約束は守ります」


 布団にもぐりながら言う凛麗の姿に張良が大きなため息をつくのだった。



 ★★★



 ちちちちち。


 どこから小鳥のさえずりが聞こえる。

 そよぐ風が気持ちいい、今日はいい天気だ。

 これが街に住む者なら洗濯を干すのに丁度いいと喜ぶのだろうか、それとも今日も何もかわらない日常と嘆くのだろうか。

 空はどこまでも広大で、風は優しくありもあり時々荒々しくもなる。

 そんな事を考えていると


「おい。 お前俺を置いて一人ででていくんじゃねーよ。薬を売る約束はどうしたんだ?」


 寝っ転がって空を見上げていたら、張良がひょいっと顔を覗きこんできた。

 先ほどまで滞在していた街から7里ほど離れた場所で、街道沿いの草むらに寝転んでいた凛麗に張良がかがんで話しかけてきたのだ。


「……そうなのです。私とした事が貴方との約束を忘れていました」


 見上げた先にいる張良に凛麗が告げる。

 その姿に張良ははぁぁぁぁぁぁっとため息をつき、がしがしと頭をかく。


「その興味がない事は綺麗さっぱり忘れるところ、どうにかしろ!? しかも、俺をおいて行くなと何度も言ってるだろう。大方お前のことだ。メシも食べず出かけて、腹が減って動けなくなったんだろう」


「はい。よくわかりましたね。おなかが減ったので貴方を追って宿を出たところで、興味ある会話をしている者達がいたのでその会話を聞いて満足したまではよかったのですが、その時貴方との約束も貴方の存在すら忘れて旅にでてしまいました。ここまできて食べ物を何も所持していないところで気が付きました」


「……お前、いままでどうやって生きてきたんだよ」


「はい。森の中で惰眠を貪っていたのですが、そろそろ飽きたと思ったところ、唐突に師匠の言葉を思い出しました。それ故旅にでようと決めたのは最近です。それまでは遊び惚けていました」


「…‥‥大事な師の遺言すらもそんな扱いなのか」


「いつ実行するかは遺されたものの自由だと思います」


「あー、はいはい。んじゃ街に戻るぞ。ちゃんと捕まっておけ」


 そう言いながら張良が凛麗を手慣れた感じで背負う。


「先に食事を」


「昼飯に誘おうと宿に戻ったらいなかったからあわてて追ってきたんだ、持ってるわけねーだろ」


「気が利きません。私の習性を理解し、行動予測をこれほど見事にするならば、食料もあらかじめ所持しておくべきでした」


 背負われながら口をとがらせる凛麗に張良は、はぁーっとため息をついた。

 ここで反論したところで無駄な体力を使うだけだろうと、かまわず背負う。


「わかった。わかった。街に戻ったら食わせてやるから大人しく担がれておけ」


 言うと、長良は仙術の気を足に纏わせ、大地を蹴り、空を大きく舞うのだった。




「美味しかったです。ごちそうさまでした」


 街の露店で買った小麦粉の生地で野菜をいためたものを包んだおやきを、歩きながら10個食べ終わったところで、凛麗は満足そうに告げた。


「そりゃよかった。ところでいままでは腹が減ったらどうしてたんだよ。運よく誰かに拾われたのか?」


 同じくおやきを食べながら張良が言う。


「夜になれば妖魔が襲ってきます。ですから問題ありません」


「……うん。前半の物騒な言葉と問題ないと結論に至るまでの繋がりがよくわからないんだが。大事な部分を抜かすな」


 手についた野菜をぺろりとなめながら張良が聞く。


「もちろん妖魔をた……」


「あー、それ以上言うな!!うん、わかったからもういい!!」


 慌てて凛麗の口をふさぐ。


「人間はそうやって、自らの望まぬ答えだと現実から逃げる傾向があります」


 張良の手をどけて不満そうに言う凛麗。


「うるせー、お前だって人の話聞いてないだろう」


「興味がなくて聞いていないのと、真実から目をそらすのでは大きく意味がちがいます」


「はいはい。わかりましたよっと。まったくあー言えば、こう言う。って、どうした?」


 突然足を止め、露店に視線を移した凛麗。


「……あれはなんでしょう?」


 張良もつられてそちらに視線を向ける。

 そこに広げられていたのは100年前の乱世の時代に活躍した武将や武官を墨で描いた歴画だ。領地によっては敵国の祖を英雄と崇めるのはおかしいと描く事すら禁止している領地もあるが、この領地は流通の要だけあって、多数の国と交流があり中立を宣言しているためか販売を許可しているらしい。


「歴画だな。歴史上の人物をモチーフに墨で描いたものさ」


 張良の言葉を待たず、凛麗が歴画の一枚を手にとった。

 そこに描かれていたのは孤高の軍師と呼ばれた鄭慧明(てい・けいめい)

 薬師として各地を放浪し、結局決まった主君に仕えることなく、妖魔で苦しむ領地を救ったと言われる謎多き軍師だ。

 そこで張良は気づいて、ちらりと視線を凛麗に移した。

 なんとなく雰囲気や髪形、服装がその歴画の中の慧明を意識しているふしがある。


「欲しいのか」


「はい。できれば」


 凛麗は珍しく即答でうなずいた。


「今の所持金じゃたりないな。うっし稼ぐぞ」


 そう言って凛麗の首根っこを掴み持ち上げた。


「わかりました。このなんでも治る薬を領主に売りつけま……」


「だからお前はまた、すぐ手を抜こうとするな。ここで売っているのは見本を真似て描いてる歴画ばかりだ、売れてもまたすぐ店主が描ける。売り切れることはないから、薬を売ってしっかり稼げ。薬売りなんだろ」


 そう言ってずるずる引きずって歩き出す。


「張良のような人物の事をなんと称するか私は知っています」


 引きずられながら凛麗がため息をついた。


「ほう、なんて言うんだ?」


「おかん体質です」


「……悪寒体質?なんだよそりゃ。くだらない事言ってないで、地道に稼ぐぞ。これも人間の勉強の一つだ。苦労を知らなきゃ、人間の思ってることなんてわからんぞ」


 そう言って不服そうな凛麗とは対照的に張良は嬉しそうに笑うのだった。







~補足~


1里=533mくらいで計算してます!


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