第4話 悪い癖

「あー……あいつ本当にやりやがった、黒狼の妖魔をけしかけて壊滅させるとかありかよ」


 遠くの木の上から黒狼賊の陣の様子を双眼鏡で見ていた劉翔が銅鑼ドラを叩く部下たちにつぶやいた。


「あの娘、何者なのでしょう?」


 眼帯をしていたはずの部下が聞く。すでに部下は眼帯をしておらず、傷を負ったはずの目もまるで何事もなかったかのように回復している。

 結局あのあと、目を覚ますと、凛麗の自称、薬の効果で皆の病気や損失した部位まで回復していた。もちろん本人たちは気を失っていたので、本当に薬の効果かは定かではない。だがなぜか一度切れたら戻らないとすら言われていた劉翔の龍脈や切断されていて失った足すら、眼球そのものに傷をおい視力を失った目すら目を覚ましたら回復していたのである。

 そして凛麗は二度とこの地に黒狼賊が寄らぬようにするから手を貸せと言ってきた。


 正直な話、全盛期の力を取り戻した劉翔達なら、群れただけの盗賊団など返り討ちにするのは可能だった。だが、それでは結局は劉翔が国を失った時と同じになってしまう。


 劉翔の強さに頼りきっていたがために【戯】は劉翔が力を失った時に、敵国の侵略に対抗できず滅びた。そう人一人の強さでは結局できる事は限られている。劉翔達もこの領地にずっと居を構えるとは限らないし、その力に頼り切ってしまったのがいかに愚かだったか身をもって知った今、凛麗の策にのる事を選んだ。妖魔という未知の相手では黒狼賊も手をだしてこないだろう。妖魔を相手にしてまで手に入れるほどの価値はこの領地にはない。

 人間相手なら面子もあるが妖魔相手なら逃げたとも言われないため、手をだしてもこないはず。


「しかし病どころか損失したはずの身体をすべてを治してしまったことも驚きですが、妖魔を呼び寄せる鈴や銅鑼に薬、そして私達にかけた妖魔避けの薬といい、あの娘……人間ではなく神妖か神格化した妖魔の部類でしょうか?妖魔も生きた年数によっては神格化し人間に近い姿になると聞きます」


 部下の言葉に劉翔は双眼鏡を下げる。


「さぁな。なんにしても、たかが食事を恵んでもらったくらいでこんな力を簡単に使いやがって。絶対権力者に目ぇつけられて、追われる身になるぞ。頭がいいだけの馬鹿とはあいつのことを言うんだ!絶対厄介事に巻き込まれるっ!」


 そう言ってがしがしと頭をかく。


「また劉翔様の悪い癖がでましたな」


「はぁ?」


「放っておけないのでしょう?」


 部下が笑いながら言う。


「ばっ!? そんなんじゃねーよ!? 誰があんな糞ガキ!?」


 その言葉に部下は銅鑼を叩く手をとめ、劉翔に跪いて拳を合わせる。


「もう、我らの事はお気になさらずに、今度は劉翔様の思うように生きてください。身体が回復した今、この戦乱の時代です、どこにでも働き先はあります。あの娘がいらぬと恵んでくれた銭もありますから、家族とともに他に越すこともできるでしょう。私達の事はお気になさらず、どうかこれからは無き国に縛られることもなくご自由に生きてください」


 そう言って部下は微笑んだ。


 ***



 空はどこまでも広大だ。

 どこまでも広がり雄大で、どこまでも澄んだ青に吸い込まれると表現する者もいる。空は海を写す鏡とも海こそが空を写しているのだと聞いたことがある。

 青を含む言葉はいつも清さを表し、いかに人間が青を神聖視しているかがわかる。

 その澄み切った青に皆希望を抱くのだ。

 そう空は人間の切望であり、願望が詰まっている。


 ただの空間に、ただの識別するためだけの色に何故人間はそれほどの切望を抱くのだろう。自らも人間になればそれが理解できるのだろうか。


 そう思って凛麗が手を伸ばすと


「お前またこんなところで何をしてるんだ」


 ひょいっと視界に黒髪の男が現れる。どこがで見た顔だ。

 確か三日前くらいに立ち寄った領地の砦のいざこざで知り合った人物だったはず。


「……確かあなたは」


 凛麗が考え込むと


「おまっ!?たった三日会ってないだけでもう忘れたのかよ!?

 黒狼賊を倒したら俺達に挨拶もなくさっさと立ち去りやがって、こっちは必死にお前のこと探したんだからなっ!!」


 男が抗議の声をあげた。


「どこかであった気がします。ですが私は興味がなくなるとすぐに忘れてしまいます」


 凛麗が寝ながら考え込みながら言う。


「……事が済んだら興味がなくなったってことか。お前、相変わらずひでぇな」


 二十代くらいの男ががしがしと頭を掻いた。その仕草で思い出す。

 凛麗がぽんっと手を叩いた。


「思い出しました!確か長翔!!!」


「名前を交ぜるなこのど阿保!!!!」


 閃いたと目を輝かせて言う凛麗がすかさず突っ込んだ。


「わかりました。劉良で手をうちましょう」


「お前、わかっていてやってるだろう、絶対わかっててからかってるだろう?」

 ったく、……にしてもなんでまたこんなところに寝っ転がってるんだ?」


 劉翔が言うと凛麗は、はぁっとため息をつく。


「見てわかりませんか」


「見てわからないから聞いてるんだろう。まさかまた腹が減ったとかいうつもりか?」


「はい。空腹で動けません」


 凛麗の言葉に劉翔がひくりと頬をひきつらせた。


「ってまじかっ!!!ちょ、お前砦をでるときにやった食い物はどうした!?日持ちのする干し肉などをたんまりやっただろう!?」


「はい。我が亡き師はこういいました。食える時に食えと。ですからもらったその日に全て食べつくしました」


「いや、お前の師とやらは絶対そういう意味で言ったわけじゃないぞ!?

 ある食料全部くいつくせなんて意味では言ってないからな!?」


「なぜ師の心の内が貴方にわかるのでしょう?

 師には一度もあった事はありませんよね?」


 凛麗が不思議そうに聞く。


「それが常識だからに決まっているだろう!?」


「その常識とやらは一体誰が決めるのでしょう?

 領地や地域によって異なる常識をやらを人はなぜまるで全人類共通であるかのように語るのか不思議です」


「だーかーら、そこは空気を読め!!!」


「人間は空気に文字が書いてあるのが見えるのでしょうか」


 凛麗に真顔で聞かれ、劉翔が無言で凛麗を無言で見つめたあと、はぁぁぁぁぁぁと大きなため息をついた。


「お前なんでこんな、人間離れした考えなのに、あんな兵法みたいな事は知ってたんだ」


「はい、わが師は薬売りであり、軍師でありました。私の知識はその師によるものが大きいです。ですが私の考えはずれています。それは認識していますので、失敗した時のために複数策を弄します」


「なるほどね。で、その師とやらは何故お前に常識を教えなかったんだ」


 劉翔ががしがしと頭をかいた。


「それは違います。師の名誉のために言いますが、そのころの私は人間にまったく興味がありませんでした。だから知ろうともしなかった。よって教わっていたとしても覚えていません。兵法と薬学だけは面白かったので必死に学んだ。それだけの事です」


 凛麗の言葉に劉翔が目を細め、かがんで凛麗と目を合わせる。


「なぁ、一つ聞いていいか」


「はい。なんでしょう」


「お前、年齢いくつだ?」


「淑女に年齢を聞くのは失礼です」


「だれが淑女だ。ってかお前一体なんなんだ? 人間じゃないんだろ?」


「淑女にそれを聞くのは失礼です」


「だからお前、淑女じゃねーだろ」


 はぁぁぁぁぁと大きくため息をつく劉翔。


「私も一つ聞いてよろしいでしょうか?」


「なんだよ」


「貴方達の部下はあなたと旅をすることを望んでいたのでは?何故連れていないのでしょう?」


「何故そう思った?」


「我々を置いていってくださいと言った時です。本当は家族を置いて貴方に付き従っていたかったのだと、私は解釈しました。人間は窮地の時に、相手を逃がそうとするときに心とは反対の事をいうものだと学んだので。だから家族を置いて旅にでても大丈夫なようにと、噂を流し、二度と黒狼賊があの領地に近づけないようにしたのですが。あの者達が家族とともにあの領地に残る、もしくは領地を去るのだったら、私は他の選択肢を選んだでしょう。何もあの領地のためにあそこまでしなくてもよかったと思います」


 凛麗の言葉に劉翔は目を細め、凛麗の頭をわしゃわしゃと撫でる。


「……なんでしょう?」


「人間はな一律に気持ちがわかるほどそんな簡単なものじゃないんだよ」


「そうですか。それは学びがいがあります」


 劉翔の言葉に凛麗は嬉しそうににんまり笑う。


「なぁ、一つ聞いていいか」


「これで三つ目です」


「こまけぇな。とにかくだ、なんで人間なんか学びたいんだ?」


「人間を学び世界を知れ、それが師の遺言だからです。だから学びます」


 そう言って空を見上げる凛麗の笑顔は本当に嬉しそうで、劉翔はため息をついた。


「いい師匠だったんだな」


「はい。いい師匠でした」


 そう言って見上げる空はどこまでも青く、広大だった。





~終~





あとがき


「賢いヒロイン」中編コンテスト投稿作品に最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました!

この後は二人の日常編の後日談。後二話番外編が続きます。



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