第3話 黒狼賊

「これはどういうことだ」


 ぐつぐつと鍋で煮えている雑炊を前に黒狼賊の部隊を率いる隊長は頬をひきつらせた。

 弱小領地に向かう前に、小さな砦があるのでまずそこの者を皆殺しにし、拠点にしたあと、そのまま近隣の村から略奪しろと頭領に言われ、領地の境にある砦に訪れた。だが、そこにたどり着くと人気ひとけはなく、まるで今まで人がいたかのように、昼餉ひるげの準備がしてあった。大きな鍋にそれなりの人数分の雑炊が煮えているのである。


「まだ火がついていることから人がいたはずだ!砦の者が隠れてないか確認しろ!!!」


 隊長が命をだすと、部下たちが砦の中に点在する木造の小屋にはいるが、粗末な掘立小屋にはまるで死人を弔うように、おびただしい線香がたかれ、位牌がぽつんと置いてある。そして小屋にはいたるところに血痕が散っているのである。

 その異様な光景に、黒狼賊たちは、たじろいだ。


「これなにかの罠でしょうか?」


「わからん」


 黒狼賊の一人が部隊長に問うと部隊長は引きつった笑みを浮かべる。


「すでにこの砦の者は死んでいるから帰れとでもいうつもりでしょうか?ふざけやがって!!」


 部下の一人が、頭の頭巾をとって、べしんと叩きつけた。


「いや、待て。ここにくる途中仕入れた噂を覚えているか?」


 そう言って黒狼賊の部隊長が腕を組んだ。


「この砦から目的の領地に向かうまでの森に妖魔がでるという噂ですか?」


「ああ、そうだ」


 部隊長の言葉に部下が腕を組む。


「まさか隊長はこの砦のものが妖魔にやられたとでも?」


「いや、線香だ。この線香に妖魔を引き付ける匂いが含まれているのかもしれない。このままここに留まれば夜に妖魔の襲撃に会う可能性がある」


 隊長の言葉に、みな慌てて自らの鎧についた匂いを嗅ぎだす。


「ここから降りたところに水辺があった、あそこなら森からも離れていたはずだ!!そこで匂いを一度とる。間違っても砦より先の森には入るな。いいな!! 食べ物にも手を付けるな!!! 毒があるかもしれない!!」


 隊長の言葉に、黒狼賊の雑兵たちは頷いた。




「まったくふざけやがって」


 川で念入り鎧を洗い、体を匂い消しの効果のある薬草でごしごし洗いながら雑兵がつぶやく。結局あの後、一度砦から離れ一度戻り近くにあった川辺で陣を構えることにした。交代で装備や衣服を洗い、匂いを取る作業に入る。匂いが取れるまで、森を通ることは出来ない。領地への攻撃は明後日以降になるだろう。


「だがこれで攻撃する口実ができた。約束を破ったのはあちらなのだからな。匂いが取れるまで、2.3日陣をここにおく。今夜あたり襲撃があるかもしれん。気をつけろ。交代の番は多めにしておけ、寝ているときも甲冑は脱がずすぐに戦えるように指示をしておけ」


 隊長の言葉に部下たちは頷く。

 夜襲は黒狼賊がもっとも得意としているものだ。

 それ故、対処法も心得ていた。おそらく今夜か明日の夜あたりに夜襲があるだろう。あの砦の少人数でこの大人数の賊の集団に勝とうとするならそれしか手段がない。だがあの規模の砦の人員などたかが知れている。領地に放った密偵の話では砦にいる者は傷や障害をおったものたちばかりで、とてもではないが戦える者達ではないとも聞いている。最後の悪あがきでしかすぎない。夜襲があるなら返り討ちにすればいいだけの話。そう、だれもがそうたかをくくっていた。


 そして――その部隊長の読みは見事に的中した。


 じゃーん!!!じゃーん!!じゃーん!!!


 丑三つ時何時。見張りや交代で陣を守る者以外は寝静まったその時に、唐突に銅鑼の音が鳴り響いた。


 交代で寝ていた雑兵たちが突如響いた銅鑼に驚き慌てて武器をもち天蓋から外に出る。


「きたぞっ!!!」


 黒狼賊の部隊長は銅鑼の音であわてて天幕から出て、闇夜の中音のする方に視線を向けた。不気味な香のたかれていたはずの砦の方角から不気味に鳴り響いてきた銅鑼の音に、槍をもち、目を細めた。


「敵はどこだ?」


 たいまつの燃え盛る陣内は明るいが、陣を一歩出たら広がるのは真っ暗な闇。

 銅鑼の音がうるさく鳴り響くだけで敵の姿は見えない。


「わかりません、砦のあった方向から急に銅鑼の音が」


 部下が言った途端。


 シャラン。シャラン。シャラン。


 今度は鈴の音が響く。

 それもかなり近く。

 

 黒狼賊の者達が視線を向けると、一体いつからいたのか陣の真ん中に、たいまつの下にそれはいた。血を滴らせたおそらく首がはいっているであろう斬首袋をもった、全身黒づくめ姿の者の姿。ローブで顔も何も見えないが身長はそれほど高くなく、体格もかなり細い、子どもか女性、はたまた老婆の人間がたっていたのだ。


「貴様っ!!何者だ!!!」


 雑兵たちが槍を構える。それでもその黒づくめの者はシャンシャンと持っていた鈴を鳴らした。


『我、願いを受け取りし者。愚かな人間達が捧げた魂をもって、我らの名を貶める醜き人間達をこの地にくるたび滅ぼそう』


 酷くしわがれた声で黒ローブの者が言う。


「貴様一体何を言って!!」


 雑兵が言った瞬間。


 がぶり。


 横から急にでてきた何かにそれは首を噛み千切られた。


「ひぃ!!!」


 周りにいた者達の悲鳴があがり、闇夜から現れたそれに恐怖におののいた。


「妖魔だ!!! 狼型の妖魔だ!!!」


 雑兵の一人が叫ぶ。

 そう、けたたましい銅鑼の鳴り響くなか、たいまつが煌々とともる陣の中に現れたのは無数の黒い狼の妖魔。黒狼賊が強さの象徴として祀っている妖魔でもある。森の奥深くに住み、人里に降りてくることなどめったにないが、その強さは絶大で、人型妖魔には及ばないが、ひとたび人里に現れると、平気で城壁に囲まれた街さえも滅ぼすと恐れられていた。その妖魔が黒い霧をまき散らしながら、無数に現れ、黒狼賊を殺し始めたのだ。


「なぜ黒狼が!??」


 部隊長が槍をもって応戦するが、黒狼は彼らがシンボルにしたように、その強さは妖魔の中でも高く、また群れて行動するため、一匹を防いだところで、連携して別の狼にやられてしまう。


『我らの名を貶める、そなたたちに天罰を、この地に訪れるたびにお主らを呪ってやろう。呪ってやろう。呪ってやろう。呪ってやろう』


 陣の中で慌てふためいて逃走をはじめる黒狼賊にまるで言い聞かせるように黒装束の者のしわがれた声が響く。


「あの砦のやつらが、自分達を生贄にして、黒狼に俺たちを殺すように契約したんだ!!黒狼賊の目印のスカーフをとれ!!殺されるぞ!!」


 誰かが叫んだ。けれどローブの者はくくくとしわがれた声で笑う。


『そのような目印がなくても我らには我らの名をかたった人間は見分けはつく。さぁ、はじめようではないか。我らの名をかたる愚か者たちに制裁を』


 ローブ姿の人物の声とともに――妖魔による一方的な殺戮がはじまった。


 泣き叫び逃げるものに容赦なく噛みつきその命を奪っていく。

 飛び交う怒号と悲鳴。

 蜘蛛の子を散らしたかのように逃げ惑う雑兵達。


「助けてくれっ!!!死にたくない!!!」


 はぁはぁと這いながら、部隊長が黒装束の人物に泣き叫んだ。

 

 部隊長は足を食いちぎられ、それでいて傷口からは血がでないため死にもしない。すでに部隊長を守っていたはずの雑兵たちは食い殺されている。

 妖魔たちは残酷にも体の一部だけ食いちぎり、動けないようにして、一人一人生きたまま喰い始めたのである。


『無慈悲な拷問をともなう殺害をしていた貴方達が、侵略した村や町にしてきたことを、皮肉にも妖魔にやり返されている。それも貴方達が象徴として妖魔にです。いまどんな気持ちでしょう?』


 黒ローブのそれはちゃらんちゃらんと鈴を鳴らしながら問う。


『今までしてきたことへの後悔でしょうか?それとも懺悔の気持ちでしょうか?そのような事は頭にも微塵も浮かばず、ただ逃げたい、助かりたいという自己保身なのでしょうか? ああ、いまあなたの胸のうちにあるものに私は心惹かれます』


 ローブの者の見える口元だけがにたぁっと醜悪な笑みを浮かべた。


「きさまぁ、こんな事をしてただですむと思っているのか!?」


『それは貴方達の大元である黒狼賊の報復という意味でしょうか?敵討ちを期待しているなら期待するだけ無駄です。この地は、砦の者達が呪ったため、黒狼賊は通だけで妖魔に殺される。そう噂が瞬く間に広まる手はずになっています。黒狼の妖魔が相手です、黒狼賊の首領たちは人ならざるものに報復しようと思うでしょうか?』


 ローブの者はしわがれた声でにたにた笑う。


『なぜか人対人だと必死に報復合戦がはじまるのに、相手が人ならざるものになると、貴方達人間は報復を諦める。それは言葉が通じないからなのか、人ならざるものへの恐怖からなのか、やった事で通じない相手への報復が意味がないと思っているからなのか。理由がまったくもって不明です。ですが貴方達人間には人間の価値観のもと、そして今まで生きて歴史を紡いできた経験の元導きだした最善なのかもしれない。そう考えるだけで、その心の内の不可解さが興味を誘う。だからこそ面白いのです」


「さっきからきさまは何を言っている!?これは全部お前が仕組んだことだったのか!?」


 部隊長が問うと、ローブの者は頷いた。


『貴方は、最初の砦で危険を察知し、匂いに気づいた。そこに気づいたのはよくやりました。中には気づかず馬鹿にされたとそのまま森を突っ切る者、砦で一晩を過ごしてしまう愚か者もいるにはいます。が、そこまでの馬鹿は稀でしょう。貴方は一つ目の罠は回避した。けれどその後が最悪でした。私としては後いくつか罠を回避してほしかったのですが』


 そう言って黒ローブの人間は黒狼に喰われ悲鳴をあげる兵士達の声をうっとりと聴きながら、笑う。


「なんだと……!?」


『香の匂いをとるのに最適の川があり、陣を張りやすい場所。そこはここしかありませんでした。慎重をきすなら、そこにも何か罠があると考えるべきだったのです。貴方は一つの危険を回避したことによって、心のどこかで安心してしまった。気をつけろと部下にはいいつつ、心のどこかで慢心してしまっていたのです。夜襲があるくらいしか思い浮かばず、そこにすでに罠が仕掛けてあることに頭が回らなかった。貴方が浅はかで短慮な証拠』


 悲鳴とぐしゅぐしゅと食いちぎる音が響き、部隊長は顔を真っ青にする。


「まさかここに陣をはることを予期していたのとでもいうのか!?」


「はい。幾重にも張り巡らされた罠の一つです。ああ、後悔する必要はありませんよ、他にも罠はありますから。ここを回避できたとしても、別の罠にかかっていただけの事。貴方が出来た最適解は砦の異変を聞いた時点で砦に入らず、すぐさま引き返す選択ししかありませんでした。ですが雇われ兵でしかないあなたの立場的にそれは不可能に近い事。つまり、貴方はこの砦を落とせと命をうけた時点で積んでいたのです」


「貴様一体何をしたのだっ!?」


『川辺、運よく生えていた匂い消しの草、近くには妖魔の住む森がある。これらの情報をよく整理してみてください。そうすれば私が何をしたのか自然とわかると思います』


「まさかあの匂い消し草は……」


『はい、少々細工を。そして川の水も答えを導くために必要です。貴方達は自ら妖魔が好む味付けになってくれたのですよ。そして何故ここに黒狼がきたのか。それも銅鑼の音と私のもつ鈴から推測できるはず。正直、私一人の問題でしたら貴方達を滅ぼすのにこんな回りくどい事をする必要もないのですが。黒狼賊がこの領地に二度と襲撃してこないように下地作りをするために、砦の者に呪われたという設定が必要でしたので、このような手の込んだ事をした次第であります。そのうち命からがら逃げた雑兵達が面白いように噂を広めてくれますよ。まぁその逃げ出して噂を広める雑兵も本当に貴方の部下かということは保証しかねますが』


「貴様ぁぁぁぁぁぁ!!!」


 部隊長が地にあった石を手に取り、黒ローブのそれに投げつけようとした瞬間。

 黒ローブの者がちゃらんっと鈴を鳴らす。

 途端、部隊長に妖魔の黒狼が襲い掛かり食いちぎった。

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