第2話 【戯】の豪将・劉翔

【戯】の豪将・劉翔。


 かつて捨てた名を呼ばれ、張良は固まる。

 張良はかつて豪将とよばれ、天と地の仙術を扱い、戦で負け知らずの武将として名をはせていた。だが戦の負傷で仙術を操るための身体に流れる龍脈を傷つけてからは力を失ってしまった。そして自らが力を失ったばかりに、戦で主を守れず国を失い、敗戦の将としておめおめと、流れ着いたそこがこの場所だったのだ。


 何度も死のうと覚悟したが、自らに最後までついてきてくれた兵士達を見捨てられなかった。大半が体を負傷しまともに働くこともできなかったからだ。そしていま、この場所で雇われる事になり、捨て駒として見捨てられようとしている。


「何故わかった?」


 劉翔は、凛麗に聞き返した。

 凛麗はくすくす笑う。


「そうですね、その推論に至るまでには数多くの糸の絡みを解いていく必要がありました。貴方が無意識にしてしまう仕草のその一つ一つに、貴方の口から紡がれる言葉の発音一つ一つに、そしてここに来るまでに手に入れた情報に。かつて仙術を使えた者特有の気の流れ故に。全てをあわせ、たどり着ける答えです。全てを語れというのなら、語りますが、まぁ、そこは問題ではないでしょう」


 少女はにこりと笑うと人差し指を唇にあてる。


「……何が言いたい」


「数多くの者を国のためと容赦なく殺してきた貴方が、そして王に逆らい国を亡ぶ原因を作った貴方が、いまここでその命を捨てようとしている。

 しかも、貴方ならわかっているはずです。ここの領主の決断がいかに愚かしく、浅はかか。この砦の者の死は自己満足にすぎず、本来助けたいもの達を助けるための何の足しにもならないという事実を。」


 少女の言葉に劉翔は拳を握る。


「……やめろ」


「黒狼賊は残忍です。この砦を攻略したのちは、進軍をやめることなく、次の砦まで進軍を続けるでしょう。間にある村で略奪をしながら女子供すら容赦なく殺しながら。

 あのような弱小領地から巻き上げられる金などたかが知れています、彼らは油断しているこの領地をこれ幸いと荒らしまわる。

 おそらく黒狼賊から賄賂をもらった者が領主にありもしない、取引をもちかけたのでしょう。砦を一つ差し出せば引くと。そして貴方達はその取引に応じてここに集められた」


「……やめろっ!!!」


 劉翔はそのまま少女の着物の襟首を掴む。


「言葉を紡ぐことをやめろというならやめましょう。けれど現実は変わりません。貴方は仮初とわかりながら意味のない自己犠牲の道を選んだ。それはいままで殺してきたもの達への贖罪でしょうか?」


「うるさい!!お前みたいのに何が分かる!!」


「はい。何もわかりません。だからその心の内を知りたいと願うのです」


「ああ、そうだ黒狼賊ならこの砦の兵士を皆殺しにしたあと村や町を襲うだろう!だが、ここにいるやつにそれはいうな、死ぬ前に役にたとうと死していこうとものにわざわざ泥を塗る必要もないだろう!」


「何故怒っているのでしょう?私は彼らに言うつもりなどありません。

 私が知りたいのはあなたのその心境の変化です」


「そんなものを知ってなんになる。俺の正体を知っているならお前はもう知ってるはずだ。俺は龍脈を失い、もう仙術が使えない。武将として終わっているんだ!!国も主も民も部下も兵も守れなかった!!! ここで死を選ぶ事に何の違和感がある!!」


 劉翔が叫んだ。


「つまりそれが贖罪だと?」


「そうだ、独りよがりで独善的な自己満足だ!!俺は何一つ守れなかった、ここまで俺に家族とともについてきてくれた連中だって結局は腹を空かせて、ろくに養えもしない!!

 だったら、せめて最後くらい、役にたつかもしれないという可能性にかけて死のうとするのが何が悪い!!!まだ取引が嘘だったという確証はないんだ、もしかしたら助かるかもしれないだろう!!!」


 劉翔が言った途端。


「……やはりそうでしたか」


 カタンと音がして、外にいた兵士数人が入ってくる。

 二十歳から四十歳くらいの兵士達だ。

 劉翔を慕い、最後までついてきた者達で劉翔への忠義も厚い。


「……お前ら」


 つい、声を大きく叫んでしまった事に気づいて劉翔ははっとした。


「貴方は我々への贖いのために、ここで死ぬおつもりなら、おやめください。我々はそのような事は望んでおりません。国がなくなったのも、我々が破れたのも全て国が貴方一人の仙術に頼りすぎた結果です。それを貴方が罪として背負う必要はありません」


 片目を眼帯で巻いた兵士が劉翔の足元で片膝をつき自らの拳を突き合わせる。


「ここは我々が残ります。貴方様はその薬売りとお逃げください。もう貴方様に付き従いついていっても我々では足手まとい。ここで喜んで散りましょう。いままで家族が共にいたため死を決意することもできず貴方様の足でまといになった事をどうかお許しください」


 そう言って礼をする兵士達に劉翔は慌てて手を振る。


「違う、今のは本心ではない。この薬売りを説得するためで……」


 劉翔が反論しようとすると。


「なるほど。武将として終わったため死を選んだという解釈でよろしいでしょうか?」


 空気を読まずに凛麗がぽんっと手を叩く。


「お前空気よめ!!今この場でそれ言うんだ!?いや、今の流れでその結論おかしいだろ!?っていうか、なんでそんなに煽り技術高いんだよお前は!!!」


 叫ぶ劉翔。この少女は本当に性質が悪い。全力でいらつく物言いで痛いところを的確つき、わけがわからない言葉をまくしたて煽ってくるためつい本音を叫んでしまった。


「劉翔様。私に贖罪だと問われた時、貴方に芽生えた感情がそののものすべて。いま、感じたその感情こそあなたの本心でしょう」


「なんだと……?」


「人間は本当に面白い、自らの感情にすら嘘をつき、自らを慰めようとし、また他者を守ろうとし、それでいて守ろうとする行動がその他者を残酷にも傷つける行為だったりする」


「お前はさっきから何を言って……」


 劉翔が言いかけて、そしてわずかに香匂いに気づく。

 ほのかに匂いの中に睡眠効果の高い薬草の匂いが感じ取れたのだ。


「貴方達の心は受け取りました。本質を理解できたかはわかりませんが、どうしたいのかがわかったので問題ないでしょう。先ほどの食事の礼にその思い、その願い、叶えましょう。私は恩義には必ず報いますので」


 少女の言葉を聞きながら劉翔は目を細めた。

 意識がもうろうとして、瞼を開いているのもきつくなる。

 先ほど部屋に入ってきた兵士達も同じ催眠効果のある薬草の匂いにやられたようで、ゆっくりと膝をつき、そのまま倒れ込んだ。


「……貴様……なに……もの……」


 劉翔が声を絞り出すと、少女はにこりと微笑んで、人差し指を唇にあて笑う。


「はい、旅の薬師でございます」


 ――と。

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