第3話
「ここは……?」
気づけば、大筋は真っ暗な空間にいた。
あまりに真っ暗なので、愛する筋肉の姿も見えない。
けれど、声は聞こえた。
『大筋さん、いつも言ってるけど先生と会話しましょうね〜』
これは、大筋がこの世でママの次の次くらいに信用している賢人、冷泉の声だった。
『ほらほら先生見てください、この前の大会で多くの観客に恋させた筋肉の様を!!』
『ほら〜早速無視する〜』
大筋は考えこむ。普段脳のリソースをトレーニングメニューと筋肉への愛にしか使っていないので大変難儀したが、この状況について大筋なりに考察した。
『……で、先生考えてくれました? 私と筋肉の結婚式の仲人をお願いしたい件』
『それだと新郎しかいない結婚式になっちゃいますね〜筋肉にウェディングドレス着る権利はありませんよ〜?』
そして、ひとつの結論に達した。
そうか、ボクは筋肉と一体化したんだ!
だから今現状を“感じる”ことしかできないんだ!
へへっ……筋肉のやつボクがいないと何もできないからな……困ったやつ……。
大筋は、(今は筋肉と化しているの実際には不可能だが気持ちだけ)鼻を擦った。
『先生、そんなことを言うと筋肉のやつが拗ねてますよ、ホラっ見てくださいこの大臀筋』
『先生におしり突きつけないでくださいね〜同性間でもセクハラは成立するんですよ〜?』
大筋は感動した。
大筋の“理解者”である冷泉とのやり取りを、筋肉も喜んでくれていたのだ。
これは、在りし日の冷泉の診察の一幕。大筋は、この日も筋肉への愛を冷泉にぶちまけていた。
『それでママったら言うんですよ。キョウちゃん、今日の筋肉のご飯なんだけどブロッコリー切らしちゃってるから分度器でいい? って。失礼しちゃいますよね。筋肉の栄養はやっぱりブロッコリーじゃないと』
『40過ぎ男のママ呼びからもう先生しんどいんですけど、大筋さんのお母様も相当しんどさを感じてるんでしょうね〜。息子が自分の筋肉を恋人だと主張してるだけでもキツいんもんだからもう普段の対応が雑そのものですもんね〜』
む……?
大筋は、違和感を覚えた。
違和感の正体を探るため、深く自分を、そして今は自分自身である筋肉を見つめる。
『先生、それでも筋肉がくれるボクへの愛の言葉は本物だと思うんです! その言葉の価値はドンペリ一本にも相当します!』
『価値の付け方が生々しいですねぇ』
ボク……こいつのこと……。
大筋はいやまさか、と思ったが、沸き上がる感情は確かに“本物”だった。
『先生……どうしたら世間のみんながボクと筋肉のことを認めてくれるんでしょう……。ボクは筋肉への愛の証明のために毎日寝る間も惜しんでトレーニングに励んでいるというのに……』
『とりあえず筋トレの時間減らして働きましょうか〜』
ボク自身のこと、そんなに好きじゃないな……。
筋肉となった大筋は——そう悟った。
悟ってしまった。
『ボクはぁ!! 筋肉のことがー!! しゅきだからーー!! 死ぬほどぉーー!!』
う……。
うわああああ!!!
大筋は、暗闇の中で叫んだ。
『大筋さん、うるさいですよ〜』
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