結構好きよ
あんた……、それ以上言葉が出なかった。私の内部のどこを探しても、それより先の言葉が見当たらなかったのだ。だって、私はこれまで誰にも愛されたことなんかないから。それは、実の親にすら。だから、愛なんか、それに近い言葉なんか、向けられたことはなかった。だから、なにをどう言っていいのか分からなかった。
表情をこわばらせる私を見て、男は軽く唇を歪めて笑った。
「あんたの馬鹿なとこ、結構好きって言ったでしょ。」
「でも、あんたは、香也の……、」
「なんでもないよ。俺は香也のなんでもない。」
「でも、引き取るって言ったじゃない。」
「引き取るは引き取る。でも、だからって俺が香也のなにかってわけにはならない。」
「香也は、あんたを好きなのよ。」
「それと、俺があんたを結構好きってこと、なにか関係ある?」
なにか関係ある?
そう問われれば、私は黙ってしまう。だって、確かに香也が大きな男を好きだってことと、大きな男が私を好きだってことには、なんの関係もない。
ただ、関係がなくても、私は香也を傷つけたくない。もっと言えば、香也に嫌われたくない。それが全てだった。
誰にも愛されなかったし、とっくにそれについては諦めていた私にとって、自分から香也に向かう感情は、微かではあるが、確かな希望だったのだ。私でも、愛に関わるなんらかの感情を持つことはできると。
私は、背後の街灯にもたれかかった。そうでもしなければ、自分の体重を支えきれないと思った。それでも、体重を街灯に預けても、膝が笑う。
「……やめて。」
発した声は、ひどくひび割れていた。
大きな男は、私の方に伸ばそうとしていた右手を引っ込めた。
でも、私がやめてほしいのは、その動作ではない。
「やめて。もう、私を好きだなんて言わないで。」
大きな男が、大きな両目で私の目を覗き込んだ。男の目は真っ黒で、途方もない深さまで続いていく穴の入口みたいに見えた。
「あんた、結構残酷ね。」
大きな男の口調は、いつもと変わらず歌でも歌っているようだった。
なのに、その言葉が私の肩にずしりと伸し掛かったのは、男の目から、その深い穴の底から吹いてくる、冷たい風のせいだったのかもしれない。
「女を好きになったのは、多分初めてなんだけど。そういうのは全部無視なんだね。」
流れるような音律を持つ、いつもの男の喋り口。
私はどうしていいのか分からないで、ただ首を左右に振った。
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