その夜、何人男を相手にしたのか、私はよく覚えていない。記憶は朦朧としている。ただ、男に抱かれていた。どんな男とか、どんなプレイとか、そんなことは関係ない。ただ、男という名前の付いた肉に抱かれていた。

 抱かれたら、すぐに街灯の下に戻った。そしてまた、男に声をかけられ、札を受け取り、肉の塊に抱かれた。

なんで自分がそんなことをしているのかは分からなかった。ただ、そうしているしかなかった。それ以外のなにも思いつかなかった。

 そして、その晩が終わる頃、観音通りに薄っすらと朝の光が射し始めた時間帯に、大きな男は戻ってきた。そんな時間に私がこの通りにいるなんて初めてだったのに、大きな男は、私がいると疑いもしていないようだった。

 男は飄々としたいつもの様子で私の前に立つと、香也は引き取ったよ、と言った。そして、どうでも良さそうに黒い目を細めながら、あいつ、泣いたよ、と言い添えた。

 「……泣いた?」

 「あんたより泣いたね。大泣きって感じでもなかったけど、しつこく泣いてたよ。」

 「……なんで?」

 「さあ、俺は知らないよ。」

 男は、突き放すようにそう言った。

 そして私は、突き放されてなお、男に縋った。そうするしかなかったのだ。そうするか、この場で死ぬか。そんな二択が頭を占めていた。だから、次に発した声は、ほとんど悲鳴に近いトーンになった。

 「嘘よ。」

 男は、呆れたように軽く肩をすくめた。

 「なにが。」

 「知ってるんでしょ?」

 「なにを?」

 「何もかも。」

 私の追い詰められた言葉に、男は乾いた笑いを返した。

 「そんな人間いると思う?」

 「いるわ。」

 駄々をこねる子供みたいに、私は男に粘着した。

 男を立ち去らせたくなかった。ベトベトとと粘着しなくては、男は軽い紙が風に舞うみたいに、私から離れていきそうに見えた。

 そして、一人取り残された先にあるのは、死。もう、死にたい夜に限って電話をかけてくれる男もいない。

 自分が死にたいのか生きたいのかもわからないくせに、一丁前に死ぬのが怖かったのだ、私は。

 「いないよ。あんたと香也のことでしょ。俺が知ったこっちゃない。」

 「なんで、なんでそんなに冷たいの?」

 「だってあんた、優しくしたら、俺のになる? 売春やめて、香也もやめて、俺のになる?」

 男が疲れたように投げ出した言葉は、私の想定を軽々と超えてきた。

 なんだ、それは。なんだ、その台詞は。まるで、私を愛してでもいるみたいな。

 

 

 

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