連れ込み宿のいつもの部屋で、私は泣きながら服を脱いだ。

 なぜだか涙が止まらなかった。悲しいとか、辛いというよりは、玉ねぎを切ったときみたいな、生理的な涙。

 大きな男は、私の涙についてはなにもコメントしなかった。ただ、泣きながら服を脱ぐ私を眺めていただけで。

 いつもなら、とっとと自分で服を脱ぎ、風呂場に消えていく大きな男が、今日はそうやって私を眺めているだけで、なにも動かない。

 私は大きな男の膝に乗り上げ、むしり取るようにネクタイを外した。

 「早く、脱いでよ。セックスしようって言ったのはそっちでしょ。」

 もう、耐えられなかった。セックスがしたいというよりは、ただ眺められていることに耐えられなかったのだ。

 香也を失った私の涙を、香也に愛されているこの男に眺められていることに耐えられない。

 いいよ。

 大きな男はあっさりそう言って、ワイシャツのボタンを外した。

 早く、早く、と、私は泣きながら、大きな男のベルトを外した。

 セックスなんて、ただの粘膜接触。そこになんらかの意味なんてない。

 分かってる。分かってて、今の私には、それが必要だった。

 「香也と暮らしてたって、セックスもできない。」

 「それで、香也に飽きたの?」

 「そう。」

 そう、そうだよ。

 繰り返して、裸になった大きな男に正面から抱きつく。

 顔を見ないでほしかった。ただ、それだけ。

 「俺、あんたのこと結構好きよ。」

 大きな男は、戯れ歌でも口ずさむみたいにそう言った。

 冗談みたいな口調でも、それが冗談ではないことが私にはなんとなく理解できた。だから、不思議だった。

 「……どこが?」

 「馬鹿なところ。」

 「なにそれ。」

 「香也とずっと暮らせると思ってたんでしょ。そういう、馬鹿なところ。」

 涙は止まらなかった。

 止まらないまま、私は大きな男と性交をした。いつもと同じに。

 大きな男は、私が泣いているからといって、態度も動作もまるでいつもと変えなかった。そのことは、私に妙に安心感を与えた。

 この男にとって、私の涙は、大した意味を持たない。

 それは、楽だった。とても。

 「香也は引き取るよ。」

 セックスが終わり、真っ黒のスーツを着直した大きな男は、流れるようにそれだけ言って、部屋を出ていった。

 私は、暗い部屋の中で、自分の首についた手形に手を重ねてみた。

 そうすると、不思議なことに、涙がぴたりと止まった。

 私は荷物をまとめて部屋を出て、観音通りの街灯下へと戻った。

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