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すると香也は、怒ったように首を左右に激しく振った。
「なんてことを言うの? そんなの生きているのがいいに決まってるじゃん。なにをしたって、生きているのがいいに決まってる。」
はっきりとした物言いだった。そこには少しの躊躇いもない。
そして、はっきりしたのは、もう一つ。
香也と私は分かり合えない。
私には、はっきりとそれが分かった。分かってしまった。
なにを今更。人間なんて、誰ともどうやっても結局のところは分かり合えない。それを、香也とだったら分かり合えるなんて、思っていたわけではない。
それでも、夢くらいは見ていたかった。
少し、もう少し、と、この同居期間を伸ばしながら。
それでももう、これ以上なく思い知ってしまったのだ。香也とは、分かり合えない。私には、香也のなにも分からないし、香也にも、私のなにも分からない。ここにあるのは、永遠のすれ違いだけ。交わらないレールが、一瞬だけ交差する幻を見せただけ。
そう思ったら、耐えられなかった。
「……香也。」
優しい香也。絶対に失いたくない存在。それでも私はもう、永遠のすれ違いを目の当たりにし続けることには耐えられない。
「香也、物件、どこかいいところはあった?」
私の声は、ぎこちなく揺れていた。その不安定さは自分でもはっきり分かるくらいで、それならば繊細な香也に知れないわけがない。
香也は私の顔を見つめたまま、静かに首を縦に振った。
「お店の近くに、安くて良さそうなアパートがあるんだ。内見まだ、行ってないけど。」
でもね、と、香也は私から目を話さないで先を続けた。
「美奈ちゃんがこのままなら、俺、出ていけないよ。……心配なんだ。」
香也は優しい。知っている。知っているけれど、今私が必要としているのは、こんな明晰な優しさではない。なんならこの優しさは、私が発疹まみれになって逃げ出してきたなにかに近い。
「やめてよ!」
半ば悲鳴みたいな声が出た。それは、自分でも驚くくらいに。私が驚くくらいだから、香也はもちろん驚いて、大きな目をさらに見開いた。
「やめて。そんな目で見ないで。そんな言い方もしないで。嫌なの。もう、全部嫌なのよ。」
「……美奈ちゃん、」
「やめて!」
やめて、やめてよ。そう繰り返して、私は部屋を飛び出した。
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