永遠に生きるわけでもないんだから

人は誰だって、永遠に生きたりはできない。どうせ死ぬのだ。遅かれ早かれ。その中でも私は多分、早い方になるんだろう。

 そんなことを考えながら、客から割増分の料金を受け取る。

 首を絞めたい。

 案外よくあるリクエストだ。私はいつも、割増五千円でそのリクエストに応える。

 いつもの連れ込み宿で、いつものように服を脱いで、性交の途中で首を絞めさせる。

 特別、快感はない。ただ、あ、死ぬかもしれない、と思った瞬間、脳味噌がふわふわと白くなる。それは、気持ちいいと言えなくもないかもしれない。

 永遠に生きるわけでもないんだから、手違いで死んだらそれはその時。

 私は赤いカバンに札をねじ込み、連れ込み宿を出る。

 今夜の客は、首を絞めなれていなかったんだと思う。かなり力は弱かった。ビビっていたんだろう。 

 観音通りの立ちんぼを殺したことくらいでも、人生はめちゃくちゃになるんだから、私でも多分ビビる。割に合わないし。だから痣は、3日かそこいらで消えるだろう。それまで首を隠した格好で通りに立たなくてはいけないのは、少し面倒だった。

 連れ込み宿の前で、スマホで時間を確認すると、もう香也が帰ってくる頃だった。

 じゃあ、私も帰ろうかな、と、通りに背を向けて帰路につく。

 観音通りから私の住むアパートまでは、歩いて五分くらいだ。理想的な職住隣接。

 アパートにたどり着くと、部屋の窓から明かりが漏れているので、香也はもう帰っているのだな、と思い、玄関のドアを開けながら、ただいま、なんて言ってみる。これまでの私の人生では、縁がなかった台詞だ。

 おかえり、という香也の返事は、リビングから聞こえた。

 リビングのドアを開けて中に入ると、ソファで雑誌を呼んでいた香也は、その雑誌を取り落とした。

 「美奈ちゃん、それ、どうしたの!?」

 「え? それって?」

 「首!!」

 ああ、首ね。

 私はそこでようやく、今日のコートは襟元が開いているので、着たままでも普通に手形が見えていることに思い至った。

 「そういう趣味の客が来てさぁ。」

 普通にいつもの会話のトーンで返すと、香也の両目にみるみる涙が盛り上がった。

 私は唖然としてそれを見ていた。

 「……なんで、なんでこんな、危ないことしてるの?」

 香也の声は、芯から震えていた。

 私は驚いてその場に立ち尽くしていた。

 だって、香也が、大の男が泣くだなんて。それも、私なんかのことで。

 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る