3
男のセックスは、普通だった。普通によかった。特別上手くも下手でもないが、そこそこのところだった。
香也が男から離れられないのは、セックスがいいからじゃない。それが分かって、私はなおさら絶望した。
「香也はやるよ。」
シャワーも浴びずにシャツを身に着けながら、男はあっけらかんと言った。
「今日か、明日か、とにかく近いうちに、香也はやる。」
俺はもういらないから。
男はそう言って、布団にへたり込んだ私にキスをした。
「あんたのこと、俺は結構好きよ。さっきも言ったけど。」
そして、男は笑った。子供みたい、と形容してもいいような、無邪気な笑みだった。
「だからさ、香也に飽きたら俺のとこに来なよ。」
私はとっさに、目の前にある男の顔を殴ろうとした。男は私の手を掴んでそれをやめさせると、暴力的ね、と、また笑った。
ぽいと私の手を離し、するすると滑らな動作でネクタイを結ぶと、男は立ち上がった。
「じゃあね、美奈ちゃん。」
馴れ馴れしく呼ぶな、と、言いたかったのに、声が出なかった。
男が去って行っても、私はしばらくその場に座り込んでいた。いつもならとっととホテルを出て、次の客を拾いに行くところなのに。
今日は寒いから、と、自分に言い訳する。
今日は寒いから、客だってきっとつかない。もうしばらくだけ、ここで温まっていよう。とにかくシャワーを浴びよう。何なら浴槽に湯を張ってもいい。
そう思って、のろのろと立ち上がったところで、スマホが鳴った。
相手を確かめる気も起きない。無視して浴室へ行こうとしたのだけれど、スマホはしつこく鳴り続けた。
ああ、香也だ。
なぜだか、分かった。
香也、香也、
名前を呟きながら、赤いカバンからスマホを取り出す。
「もしもし?」
声は、少し喉に引っかかるみたいに変な出方をした。
泣いていたみたいな声。
自分でそう思って、香也にそう思われたら嫌だったので、気を引き締めて普通の声を出した。
「香也? どうしたの?」
電話の向こうからは、しゃっくりみたいな声だけが聞こえてくる。
ああ、香也が泣いている。
私はさっきの男が言っていたことを思い出した。
今日か明日か、近いうちに香也はやる。
仕事の早い男だ。
ひっくひっくとしゃくり上げながら、香也は途切れ途切れに言った。
「美奈ちゃん、俺、彼氏に振られちゃった。……行くところもない。家、追い出されちゃって。」
そっか、と、私は答えた。いつもどおりの素っ気なさを、必死で装いながら。
「行くとこないなら、うちにくる?」
「え?……いいの?」
「いいよ。」
「……ほんとに?」
「うん。」
電話の向こうで、香也は泣き続けている。
私は自分が喜んでいることに気がついて、ぐっと唇を噛む。香也の不幸を、喜びたくはなかった。
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