共同生活

翌朝、香也は真っ赤に目を腫らしてうちに来た。ボストンバッグ一つをぶら下げて、所在なさげに玄関に立つ彼は、私よりずっと年下に見えた。 

 「美奈ちゃん。本当にいいの?」

 「いいって言ったじゃん。」

 喜びが言葉の端々から現れたりしないように、私は慎重に声を発した。

 「家賃、半分持ってよ。そしたら私も得だから。」

 「それは、もちろん。……でも、俺、男だし……。」

 「コウ、ゲイじゃん。」

 「そうだけど、周りの目があるでしょ?」

 「観音通りの立ちんぼに、今更周りの目もクソもないよ。」

 「……うん……。」

 「とにかく、中に入って。狭いよ。コウのほうが無理ってなるかもね。汚いし。コウ、潔癖じゃん。」

 職場であるミックスバーの店内を、異様なまでの情熱を込めて磨き上げている香也をからかうように言うと、彼はようやく少しだけ笑った。

 「店だけね。部屋は別にきれいでもなかったよ。」

 部屋。

 あの大きな男と暮らしていた部屋。

 香也はくしゃりと顔を歪ませ、泣き出しそうになった。

 私はそんな香也の肩を抱いて、部屋の中に招き入れた。香也は私とさほど身長が変わらないので、肩を抱いても自然な感じがした。普段は、自分から人の体に触ること自体滅多にないのだけど。

 部屋の間取りは、玄関を開けてすぐに短い廊下、左右に台所と風呂場、廊下の先に六畳のリビング、その先は4畳半の寝室。汚いと言ったのは謙遜ではなくて、本当にリビングには本やら洗濯物やら化粧品やらが散らばり、寝室の布団もぐちゃぐちゃのまま放置されている。

 香也は軽く首をひねって私を見遣り、ほんとに汚いじゃん、と、笑った。

 「だから言ったでしょ?」

 「布団くらい畳みなよ。」

 「どうせまた広げんのに?」

 「そういう問題じゃないでしょ。」

 「これからはコウが掃除係ね。」

 「いいよ。」

 「後ご飯も。」

 「いいよ。美奈ちゃんはなにすんの?」

 「……洗濯。」

 「いいよ。」

 じゃあ、とりあえず掃除しよっか、と、香也がボストンバッグを、リビングの真ん中に辛うじて開いている空間に起きながら、気合の入った物言いをする。

 「え? 今から? 私、眠いんだけど。」

 「美奈ちゃんは寝てていいよ。片付けないと俺が寝る場所ないじゃん。」

 「確かに。あ、布団はあるよ。押し入れの中に予備のがあるから使って。」

 「ありがとう。」

 そんな会話の間にも、香也はちょこんとリビングの真ん中に腰を下ろし、洗濯物の山に手を伸ばす。

 「洗わないとね。」

 「そこにあるのは洗ったやつだよ。」

 「この床に散らばってる布を着て外に出るわけ?」

 「……。」

 「散らばってる布は洗うよ。お化粧品はまとめて置いておく。本は……本棚ないの?」

 「ない。積読派。」

 「積読って意味違うと思うけどね……。」

 仕方ない、と、私も香也の隣に腰を落ち着ける。

 香也の不幸を喜んではいけない、と、自分に言い聞かせながら。

 

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