大きな男
いつものラブホテルは、内装も一昔前の旅館を連想させる。畳に二人用の大きな布団が敷いてあって、部屋の隅には卓袱台。そこにお茶の用意。毎回私が用があるのは布団だけで、茶碗には手を触れたこともないのだけれど。
大きな男は、なにも言わずに服を脱ぎ、風呂場に消えていった。
本当に話しの早い男だな、と半ば感心しながら、私はカバンからコンドームやらローションやらを取り出して枕元に並べる。男はすぐに風呂場から出てきた。
私はカバンを抱えたまま交代で風呂場へ行った。この男が金を掏るところは全く想像できなかったけれど、所持品を風呂場に持っていくのはもう癖だ。
ざっとシャワーを浴び、部屋へ戻ると、男は裸のまま布団の上にあぐらをかき、煙草を吸っていた。ぶわ、と紫煙を吐き出すその仕草があまりに美味そうなので、私もつい、煙草を咥えた。
隣に座ると、男は黙って煙草の先端を差し出してくれた。私も黙ったままそこから火をもらう。
「セックスな、別にしなくていいよ。」
男が、ぼそりと言った。
私はちらりと男の表情に目を向けた。
こういうことを言う男は、時々いる。多分、商売女の気を引こうと思っているのだろう。ただ、この妙に話が早い男に、そんなバカげた行動は似合わない気がして、少しだけ意外だった。
そんな私の思考を読んだみたいに、男は唇の端を少し笑わせた。
「香也の電話の相手って、あんたでしょ? 美奈ちゃん、だっけ。」
「え?」
「香也から、俺の愚痴聞いてるでしょ、いつも。」
そこでようやく私は、目の前に裸で座っている男が、香也の恋人なのだと気がついた。
「は? ……じゃあ、なんで脱いだの?」
「なんとなく。……どんな対応してんのかなぁって、気になって。あんた、愛想ないね。きれいだから今は売れてるんだろうけど、リピーターつかないと今後はきついんじゃない。」
唖然とした私は、取り得ず男に枕の上辺りに脱ぎ散らかされていた服を押し付けた。
「着て。金は返す。」
男は服を受け取り、もそもそと身に着けはじめる。
「香也、俺の愚痴ばっかり言うだろ。」
けろりとした態度だった。
私は煙草のフィルターを噛み潰し、まあね、と答えた。
「あんたが恋人募集のゲイイベントに行ったって愚痴ってたよ。」
「まあ、事実だからね。」
男が平然と応じるのを聞いたとき、自分の中で何かがぷつんと切れるのを感じだ。
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