第10章・世界の終わり(5)
動き始めた
「このまま予定通りに亜種共を
「ハッ!」
目の前の天使と第一王子はどうするのだろうと思いながら役人達は応じ、ゆっくりとはいえ進み始めた黒い箱に追従する為、ここまで乗って来たそれぞれの車に乗り込んでいく。
椅子に座り直したトーリの焦げ茶色の髪が前方からの風に揺れる。
「何か見たか?」
進行方向を見たたままのトーリの問い掛けは誰に対して向けられたものか。背後に
「そうですねー。元とはいえ王の親衛隊長だったお人が足を滑らせるとは思いませんでした」
「お前は見込みがあるな」
「お褒めに
「
「ありがとうございます」
どこか皮肉めいた、似たような笑顔を張り付けてトーリと元運転手は笑った。
迫ってくる歪な黒い箱をリュウガは呆然と見つめていた。リュウガからトーリの行いは面白い程
「トーリ……。嘘だ。あのトーリが」
「リュウガ!」
放心状態のリュウガの手をアサツキは
「
アサツキは自分の考えの浅はかさを呪う。自分が出会った頃のトーリと、リュウガのトーリ像の後押しもあって決行したが、完全に今のトーリを
「先生!」
「明羽! 何やってる。さっさと逃げろ!」
必死に
「私達は逃げられたとして、先生達はどうするのさっ」
「俺達のことは心配しなくていい。とにかくお前達は逃げろ!」
「イヤだね!」
ハッキリと突っぱねた明羽にアサツキは
「明羽……」
明羽とアサツキのやり取りを
「氷呂。笑い事じゃ……」
「先生。ここは人間が持たない力を持つ私達に任せてくれませんか? 私と明羽で先生達が逃げる時間を
「そんなこと俺が許すと……」
「もう、守られて逃げるだけなんて嫌なんだ。私達はいつも誰かに守られてた。先生。私、先生と別れてから風を呼ぶ練習をたくさんしたんだよ。再会してからまだちゃんと見て貰ってなかったよね」
「明羽。後で……後でゆっくり見せてもらうから……」
「見ててよ。先生」
「明羽」
「まあ、なんにしたって私達はもう先生がいいって言うのを待ってる気はないんだ」
「え」
「では、先生。さっさとリュウガさんを車に押し込んで逃げてください。先生達が安全なところまで行ったと思ったら私達も逃げるので」
「待てっ! 明羽! 氷呂!」
明羽は氷呂と共にアサツキの横をすり抜けると氷呂を抱えて飛び立った。西の空から星が
「くそっ! 勝手しやがって! 教え子に守られるなんて教師としての俺のプライドが……。リュウガ! オラッ! 車に乗れ!」
「トーリが……。トーリ……」
アサツキはひとつ息を吐いてリュウガの肩を掴む。
「リュウガ。明羽と氷呂が俺達の逃げる時間を稼ぐって飛んで行った。それなのに俺達がいつまでもここにいるのはおかしいだろ」
アサツキは短い深呼吸の
リュウガは
「いってー……」
「
リュウガはアサツキがヒラヒラとさせる右手を見る。
「……手首イッたんじゃねえ? 大丈夫か?」
「そう思うなら力を逃がすなりなんなりして欲しかったな。俺の
アサツキの憎まれ口にリュウガは少し困ったように笑った。
「片羽四枚の天使が青い髪の少女を連れてこちらへ向かっています」
トーリの目にも近付いてくる翼の羽ばたきが映る。
「向かって来るなら
内容とは裏腹にトーリの声も女と同じように抑揚に欠けていた。鮮やかな赤い服を着た女は表情ひとつ変えずにトーリに問い掛ける。
「第一王子殿下はどうなさいますか?」
「放っておけ」
「承知しました。天使の方はどのように対処を? 青い髪の少女も亜種であることはほぼ間違いないと思われますが種族の判別ができていないので対策が立てられません。亜種判別用の機械を使いますか?」
「その口調だと
「よくお分かりです」
女はトーリが命じる前に何やらゴテゴテとした黒い機械をトーリの手首に巻く。部下の勝手な行動にトーリは特に何も言わず椅子から立ち上がると中央に丸いものが取り付けられた機械を目線の高さまで持ち上げた。丸いものの上に目標の姿が乗るように掲げる。トーリは一度腕を降ろし機械の中央に設けられた丸いものの中を覗き込む。丸いものの中には
「色の純度が高い。高過ぎるぐらいだ。純血の聖獣に間違いはない。が、これは……」
トーリは今一度機械を目線の高さに掲げる。今度は天使が丸いものの上に乗るように合わせる。トーリが覗き込むまでもなく機械は真っ白な光を放った。
「トーリ様」
「大丈夫だ。目が
トーリが目を
「片羽四枚の天使か。片羽とは言え、
トーリはゆっくりと閉じていた
「兵器はいつでも撃てる状態になってるな」
女はここで初めて
明羽が前に進む程に空気が
「明羽。大丈夫? 震えてる」
「へ?」
明羽は自分の腕の中の氷呂を見て、自分が震えていることに初めて気付く。明羽は氷呂を抱え直した。
「ちょっとビックリしただけ。だってリュウガの弟君。アサツキ先生から受けた印象ともリュウガの信じてた姿とも全然違ってたんだもん。ね」
「そうだね」
「大丈夫だよ」
心配そうに明羽を見る氷呂に明羽は笑う。
「大丈夫」
二度目の呟きは明羽自身に言い聞かせるものだった。リュウガの言葉は何ひとつトーリに届かず、うまくいくと思っていたことは何もうまくいかなかった。そもそもトーリがこちらの想定する人物でなかった時点で明羽達が信じていたものは最初からそこにはなかった。そして、元隊長が明羽に気付いたように、明羽もまた元隊長に気付いていた。トーリが元隊長の足を
「そうだね。明羽。大丈夫。きっとうまくいく」
既に敗色濃厚にも関わらずそう言い切った氷呂に明羽は自分の額を思い切り氷呂の額に擦り付けていた。
「わっ! ちょ……何!? 明羽!?」
「あはは。氷呂に言われるとそんな気になるから不思議! うん。今はせめて先生とリュウガを逃がすのだけは成功させなくちゃ。その後のことはまたみんなで考えよう」
「もう。そうだけど」
照れながら不満そうに前髪を直す氷呂に明羽は白い歯を見せて笑う。
「行こう。氷呂」
「うん。明羽」
明羽と氷呂が降りると赤を通り越した砂漠に薄い影が伸びる。
「目暗ましに風で砂を巻き上げる」
「明羽が集中してる間は私が明羽を守るから、安心して」
「うん。信じてる」
明羽と氷呂は手を繋ぎ、お互いに強く握り合う。
「そよ風なんて
一瞬だけ
「
ひとつふたつと響き始めた発砲音にトーリは転落防止の柵の外、眼下を見下ろすと車から身を乗り出した役人達が進行方向に向かって発砲を繰り返していた。ひとつふたつだった発砲音は次第に大音量と断続的なものに変わっていく。指示していない行動を取る役人達にトーリは何も言わなかった。明羽と氷呂はいつか聞いた
「あれが美しいだって!?」
「第一王子はやはり洗脳されている!」
「化け物共め!」
トーリは護衛隊のひとりが持ってきた砂避けの布を顔に巻く。
「熱感知は」
「うふふ。正常に動作しています」
抑揚に欠けた声で
「どうぞ、トーリ様。しかと照準を合わせ、押下してください」
次いでトーリの前に運ばれてきた台形の箱の天板部分には、白、黄、
「トーリ様。この
「簡単に言う」
トーリは地面と水平になるようスイッチを握った腕を前方に伸ばした。すると台形の箱の天板の上、色取り取りの波形の中に赤く光る線が浮かび上がる。
「そのまま下方へ十五度下げてください」
「
「ふふ」
女は自信に満ちた顔で笑う。
「イヤですわ。トーリ様。派手さはありませんが、鉄板はもちろん、石壁すら貫通するレーザーですよ。もちろん。それ
「そうか」
「まあ、数度実験が成功しているとはいえ、実践は初めて。失敗する可能性もゼロではありませんが」
トーリは黙り込む。
「
「いいや」
「誤差、少微です」
「全隊停止!」
歪な黒い箱が金属の
氷呂はすうっと空いている方の手を前方へ伸ばす。明羽と氷呂の姿を
「なっ!」
トーリと女が
「砲台準備!」
「トーリ様! 次弾
「無意味だ。今のを見てなかったのか? また散らされるのが
トーリが冷静さを取り戻しているのに対し、女は悔しそうに唇を
明羽は自分が起こしている嵐の中に展開された氷の板に目を
「氷呂?」
「明羽。集中して」
「あ、はい」
明羽は氷呂から前に目を戻すが気になってチラと氷呂に目を向ける。
「明羽」
「いや。分かってるよ。ただ、ちょっと氷呂の目が」
いつも青く澄んでいる氷呂の瞳が今は金色に輝いていた。氷呂は目を伏せる。
「恥ずかしいから見ないで」
「あ、はい」
明羽は前に向き直って氷呂と繋いでいる手を握り直す。氷呂の手首に巻かれた涙型の青色の石が揺れた。
「いつもの青い瞳も好きだけど金色も綺麗だね。でも、やっぱり私は氷呂の青い瞳が好きだな」
「これが終わったら元に戻ってるから大丈夫」
「あ、そうなんだ」
明羽の左耳の後ろで束ねている髪が風に
「あ。これはまずいかも」
「え? ほあ!?」
大分離れた場所の地面が
「氷呂!?」
「動かないで。明羽」
氷呂は飛んできた小石を水の幕で受け止め、大きい物は氷の槍で打ち砕く。降ってくる石がなくなって風が吹き
「明羽、早く! 次が来る! 一度ここから離れよう」
明羽は慌てて立ち上がって氷呂を抱えて嵐の中を飛び立った。自分で起こした嵐の為、明羽はスイスイと嵐の中を飛んで行く。背後から地面が
「な、な、何が」
「さっきのは初めて見る兵器だったけど。これは……」
氷呂の呟きに明羽はハッキリと思い出す。氷呂に背を向けてしまった岩石地帯で見た光景を。
「氷呂。先生とリュウガ、逃げられたかな?」
「分からない」
明羽と氷呂はお互いの不安を
トーリは波形を映す天板の上から明羽と氷呂の姿を見失って舌打ちする。
「撃ち続けろ!」
トーリの命令に嵐の中への闇雲の砲撃は続く。
嵐の外を走っていたアサツキとリュウガの耳にも砲撃の音は聞こえていた。
「どうなってるんだ……」
「アサツキアサツキ。明羽と氷呂、大丈夫かな? 発砲音が、すごい発砲音が聞こえてたと思ったら嵐の中からピカッて光が走って今はこんな、こんな」
「落ち着け。リュウガ」
そう言いながらアサツキはアクセルを踏んでいた足からゆっくりと力を抜いていた。車のスピードが落ちていく。
「アサツキ……」
アサツキは黙って見つめていたハンドルから顔を上げた。
「戻ろう」
「そう来なくっちゃな! アサツキ!」
不安そうな顔から一点リュウガの顔が明るくなる。アサツキが車を方向転換させると数メートル先の地面が流れ弾で
「う……」
「待て待て待て!」
アサツキは叫びにもならない
「無事か? 無事だな」
「黎さん」
ひっくり返った車の
「何が……」
黎は黒い尾を一振りする。地面に激突する前に車を受け止めた木はミシミシと音を立てながらさらに枝葉を伸ばし、車の上下を正して地面に下ろす。役目を終えると木は跡形もなく消え去った。アサツキが車を降りる。
「黎さん。ありがとうございます。しかし、何故、ここに」
「礼なんぞいらん。理由は頼まれたからだ。そんなことより、どうやら説得は失敗したようだな」
アサツキは
「すみません。力
「
「いや、アサツキ。俺は思うんだ。トーリは何も変わってない」
「リュウガ。何を言い出すかと思えば。お前は一体何を見てたんだ」
「信じたいんだ。トーリを」
「それがお前のただの願望だとしてもか」
「おう!」
言い切るリュウガにアサツキは呆れ、ため息をつく。
「つまり、もう一回行くんだな」
「おう!」
「俺はそれに付き合わされる訳だな」
「ダメか?」
「ここで俺だけ引くなんてできる訳がない。最後まで付き合うさ」
「アサツキ!」
「くっつくな。暑苦しい」
「もう、気温下がり始めてるけどな」
「はあ……。早く決着付けないと俺達が
「本当に行くのか?」
黎が
「黎さん。助けていただいたのに。すみません」
「謝罪もいらんが。俺に貴様達を止める理由はない。好きにするがいい。ただ、あの嵐に突っ込んで行く気か? ……弱まってるな」
「え」
アサツキは見る。明羽の起こした嵐が勢いを
「明羽」
「うーん。この規模を
「明羽。一度上に逃げよう。物理的に距離を取るの」
「なるほど」
明羽は翼を何度も羽ばたかせ、進行方向を上空へと変える。嵐が完全に消える前にできるだけ高度を取って明羽は中空で制止した。
「氷呂。大丈夫? 寒くない?」
「大丈夫だよ。明羽」
明羽と氷呂は世界を振り返る。砂が
「おじ様」
「え」
氷呂の見る先を明羽も目で追う。抉られた大地からそう離れていない場所に後部座席を幌で覆った一台の黒い車が停車していた。その側に立つふたりの人影と黒い獣の姿を明羽は見る。
「先生っ、リュウガ! まだあんなところに! どうしよう。氷呂!」
「視界を
「先生。リュウガ。早く逃げてっ」
「でも、どうしておじ様が」
パッと視界の隅に赤い光が上がった。明羽と氷呂は吸い寄せられるようにそちらに目を向けていた。歪な黒い箱から打ち出された赤い光は弧を描きながら抉られた大地に吸い込まれ、被弾した瞬間真っ赤な炎が地面を
「え? 何?」
濃紺に染まり始めた世界が夕焼けよりも赤く、真昼よりも熱くなる。
「何!? なになになに!?」
「落ち着いて。明羽。さすがにこれは。おじ様達のところに行きましょう」
意味もなくふらふらと飛び始めた明羽を氷呂が誘導する。
トーリは目の前に
「トーリ様。私に
役人達の慌てふためく声が響く中、赤い制服を着た女は笑った。
「こんな兵器が開発、
「ええ。私が個人的に開発していた兵器です。独断で乗せました」
「どういうつもりだ」
「そんな怖い顔をしないでください。予定外ではありますがこの兵器は有用ですよ。レーザーが一点の
「亜種相手の兵器じゃないな」
トーリに見据えらえて女はニヤリと笑う。
「トーリ様。公の歴史には記されていませんが、かつて亜種によって世界が火の海に
トーリは答えない。
「あの炎を参考にしてみたのですけれど」
「火を
「あら? じゃあ、もしかしてもう文献でしか残っていないあの火の海は人間の
燃え
「トーリの奴やり過ぎだ!」
「リュウガ。今は諦めろ! 近付くのも無理だ!」
「なんでだ! どうして! トーリ!」
「黎さん! すみませんが手を貸して貰えませんか! 黎さん?」
リュウガに押し負け始めたアサツキは側にいる筈の黎に目を見張る。黎は真っ赤な炎を見据えて真っ黒な毛を激しく逆立てていた。今、黎の脳裏を支配するのは遠い昔に見た光景だった。
「れ、黎さん?」
「貴様達は今すぐこの場を離れろ!」
「黎さん!?」
黎はアサツキとリュウガをその場に残して炎へと向かって走り始める。炎の
炎を取り囲むように突如として生え始めた巨木にトーリは目を見開く。
「魔獣がいる?」
「あら」
女は特に慌てた風もない。慌てふためいていた役人達の声に驚愕と当惑の声が混ざり始める。
巨木の幹をも舐め始めた炎に黎は舌打ちする。
「少しでも勢いが弱まればと思ったが」
立ち止まり、息を切らしながらも足元に集中する。黎の立つ地面が波打ったかと思うと、
「ひとりでは厳しいな。くそっ。老体に
「
炎を回り込んで近付いて来ていた役人達に黎はこの時やっと気が付いた。飛んでくるノーコンの銃弾に黎は再び舌打ちする。しかし、多勢に無勢の状況にじりじりと黎が後退し始めると、競り上がっていた地面がボロボロと崩れ始める。
「ぬう……」
「黎ちゃーん!」
「おじ様!」
黎は驚いて空を見上げた。明羽がまっすぐに黎に向かって降下する。明羽に抱えられた氷呂が黎に向かって大きく両手を広げた。
「明羽! 氷呂! なん、ぐえっ」
「うご……。重い……」
「頑張って! 明羽!」
大の大人程の大きさのある黎を抱えた氷呂を抱えて、明羽は強く強く翼を羽ばたかせた。突如現れ、去って行った天使の姿に役人達は呆気に取られ、揺れる炎の光に照らし出されながら遠ざかっていくその姿を呆然と見送った。
トーリは双眼鏡を降ろして呟く。
「
日は既に落ちたが側で燃え盛る炎の
できるだけ燃え盛る炎の大地から遠ざかるように飛んで、明羽は熱が届かないところまで来るとフラフラと着地した。
「ゼッハッ……。ガンバッた……! 私!」
「お疲れ様。明羽」
「何をやっとるんだ。貴様達は。俺のことなど放って置けばよかったものを」
「そんなことっ……できる訳ないじゃんっ」
「そうですよ。おじ様」
地面に手を付く明羽とまっすぐに立つ氷呂の対照的な姿を黎はジッと見つめる。その頭といわず全身に突如水がひっくり返らされた。ポタポタと黒い毛から水が滴り落ちる。
「……何がしたい?」
「す、すみません! おじ様。あの、炎の側にいらっしゃったので熱かったのではと思ってっ」
黎の重低音に氷呂だけでなく明羽までもが背筋を伸ばしていた。黎はため息をつき、全身をブンブンと振るうと黒い毛並みは元の
「おお」
「
「問題ない。古傷は少々
「古傷?」
「聞き流せ。こちらの話だ」
軽く首を傾げる明羽と氷呂から黎は随分と遠くになった炎の影に目を向ける。
「どうにもならないか……」
「黎ちゃん」
遠くなった炎を見つめて明羽はその瞳を少し悲し気に揺らした。
「あれは何だろう? 何の為に生み出されたもの?」
「分かり切ったことを。俺達を殺す為に人間が作り出した兵器だ」
「本当に? 本当にそれだけなのかな?」
「何が言いたい?」
「人間に比べて私達は今すごく数が少ないでしょう? あんな大掛かりな兵器必要なのかなって思って」
「捕まえた俺達を一堂に集めて燃やし尽くすつもりだったんじゃないか」
明羽は黎を見て口をひん曲げる。
「黎ちゃん。怖いこと言うね」
「俺の知っている人間という生き物はそういう生き物だ」
「そうなの? 私の知ってる人間は割とみんないい人だったよ」
「そうか」
氷呂が明羽の手を握り、明羽はそれに答える。氷呂の瞳は澄んだ早朝の空を落とし込んだ青色に戻っていた。
「黎ちゃん。アサツキ先生とリュウガは?」
「あの場から離れろとは言った。俺の忠告を聞いたかどうかは分からんな」
「そっか」
明羽は握っている氷呂の手を少し強めに握り直す。
「ねえ、黎ちゃん」
「ん?」
「私達はこんなに違うのにどうして同じ世界にいるんだろう?」
黎はチラリと明羽を見上げた。明羽の瞳はまっすぐに地平線を舐めるように燃え続ける炎に向けられていた。
「さあな。創造主達に聞いてくれ」
「創造主『達』か」
明羽のどこか
「何か思い出したか?」
「何かって?」
「いや」
黎は目を
「リュウガが言ってたよね。私達は理解し合うことはできないって。私はそれを悲しいと思った」
「それで?」
「……夏芽さんは大丈夫かな? 今、どうしてるだろう?」
黎は答えない。
「標が側にいるよね。でも、苦しむ夏芽さんを見て標も
その光景を想像して明羽はギュッと目を
「俺はかつてあれと似た光景を見たことがある」
「村長と一緒に聞かせてくれたよね。人間達が語る伝承にあたる時代。私達と人間が
「そうだ。俺は今さっき確信した。人間は何度でも同じことを繰り返すぞ」
「でも、黎ちゃんっ」
「明羽」
緑色の瞳を
「迷いがあるなら
「黎ちゃん。黎ちゃん……私はどうすればいい?」
「貴様がそうするべきだと思ったことをしろ」
「……黎ちゃんはどう思う?」
「他人の意見なんて自身の判断を
「それでも聞かせてよ」
「ふん。今はあれだけの規模で済んでいるが。このまま進めば間違いなく世界規模に発展するだろうな。かつてのように逃れられた者がいたとしても、いずれ俺達は間違いなく
「それが、黎ちゃんの答えなんだね」
「俺は人間が嫌いだからな」
「そっか」
「貴様はそれでも人間が好きか?」
明羽は首を横に振る。黎はそれを以外に思う。
「いい人達はたくさんいた。たくさん助けてもらった。けど、人間全部を一緒くたに好きとは今の私には言えない」
「そうか」
氷呂がそっと明羽を抱き寄せる。明羽は小さく震えていた。
「氷呂。怖いんだ」
「大丈夫だよ。明羽」
氷呂は明羽の頭を
「何度でも言おう。迷いがあるなら止めておけ」
明羽はゆっくりと黎に向き直った。呼吸を整えて明羽は言う。
「私の目の前で大切な人達が奪われるぐらいなら。私は私の手で世界を終わらせる」
黎は明羽のまっすぐな瞳を見つめ返す。
「なんだ、後押しが欲しかっただけか」
「ごめん。黎ちゃん。利用するようなことしちゃって」
「謝ることはない。貴様が貴様に与えられた役割を果たす時が来ただけだ」
向き合った明羽と氷呂はお互いの手を握り合う。明羽は翼を広げた。左側にのみ生える四枚の翼。その対となる場所、何もない筈の右の背で空気が揺らぐ。
「氷呂」
「明羽」
明羽の身体がゆっくりと地面から離れていく。それに合わせて氷呂の
「大丈夫だよ。明羽。私達、きっとまた会える」
「氷呂」
不安そうな明羽に氷呂も少しばかり青い瞳を潤ませながら精一杯に微笑む。
「愛してる。明羽」
「わ、私だって。氷呂。氷呂!」
どちらともなくお互いの手を放して明羽はゆっくりと空高く
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