第10章・世界の終わり(4)
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トーリは目を
目の前に広がるのは城の中に造られた王族だけが使えるプライベートな中庭だった。今の自分がいる筈のない場所であることにトーリは瞬時にこれが夢だと直感する。手を見れば現在よりも一回り小さく地面も近かった。トーリはここにいる自分の年齢を推測して辺りを見渡す。記憶の複写か、はたまた心理的な何かが影響した夢か判断する為にトーリは一歩前に出る。すると中庭の
「こんにちは」
トーリが声を掛けると藍色の髪の青年が髪と同じ色の瞳を丸くしてトーリを見た。
「こ、こん、にち……」
「アサツキさんですよね」
「え、なんで俺の名前……」
「兄上がよくあなたの話をするので」
「あ、に?」
十代のアサツキは細く息を吐き出した。背筋を伸ばし、トーリに向かって軽く
「お初にお目にかかります。トーリ様」
「堅苦しい挨拶なんて、なくて大丈夫ですよ」
トーリが言うとアサツキは背筋を伸ばし直す。
「トーリ様。発言をお許しいただいてもよろしいでしょうか」
「はい」
「ありがとうございます。トーリ様。できれば俺のことは見なかったことにしていただきたいのですが」
「何故ですか? どうせ兄上が無理を言ったのでしょう」
「まあ、その通り、です。ご
その後、アサツキもトーリも言葉を発さなかったので、ふたりの間に沈黙が落ちる。気まずそうなアサツキをトーリはジッと見上げる。
「ここまで誰ひとりにも見つからずに外の者を連れてくるなんて。さすが兄上といったところでしょうか」
感情の読み
「褒めると調子に乗るので、控えめにして頂けると助かります」
「褒めようが
「トーリ様が褒めれば
目を瞬くアサツキにトーリもまた目を瞬く。
「本当にそう思いますか?」
「リュウガは、あ、リュウガ……様はトーリ様のことを可愛く思っているのは間違いのない事実ですよ」
リュウガに様を付けることに酷く抵抗があったアサツキは頬を引き
「……
「笑ってしまってすみません」
「いいえ。できればこれも見なかったことにしていただけると。
「ふふふ。黙っていましょう。お約束します」
「ありがとうございます」
アサツキとトーリはお互いの顔を見てふたりで
「兄上の話を聞かせてくれませんか?」
「リュウガ……様の、ですか?」
「話し辛そうですね。兄上のことはいつも通りに呼んで良いことにしましょう」
「え。いや、さすがにそれは……。トーリ様の前で不敬が過ぎるでしょう」
「私は構いません。では、アサツキさんは私に敬語を使うのもなしにしましょう。普段通りになれば話しやすくなるのでは?」
「……ご
リュウガの友人でありながらリュウガとは全くタイプの違うアサツキをトーリは観察する。
「アサツキさんは今日は何故こちらに? 兄上の姿は見えないようですが」
アサツキが苦い顔になる。
「アサツキさん?」
「失礼しました。実を言いますと俺も分からなくて。突然リュウガが俺の部屋に現れたかと思うと、ここに連れて来られて「待ってろ!」と置いて行かれたんです。なんの説明もなく」
「兄上らしいというか。
アサツキはギョッとする。
「トーリ様に謝っていただくことなんてありません。大丈夫です。後でリュウガに文句のひとつも言ってやります」
「文句で済ませられますか?」
「リュウガに謝れと言っても伝わらないでしょう」
「ごもっともです」
トーリとアサツキはリュウガに対する認識がお互いに一致していることにまた笑い合う。
アサツキは一度リュウガの敬称を取ってしまうと気にならなくなっていた。トーリも本当に気にしていない様子にアサツキは
「さすがですね。アサツキさん。兄上のことを
「トーリ様もそうでしょう」
「私は、兄上のことを知っていると自信を持って言えません。兄上はいつも私を置いて自由にどこにでも行ってしまう。私はいつも置いてきぼりで」
「トーリ様はリュウガと一緒に城を抜け出したいのですか?」
アサツキの問いにトーリは黙り込む。
「トーリ様。トーリ様は
「良識ですか?」
「はい。トーリ様は自分が自由気ままに振る舞えば周りが困ることを良く分かっていらっしゃる。リュウガは良い反面教師ですね。トーリ様からなら、リュウガの行動で周りがどんな顔をしているか、よく見えるでしょう。リュウガはそこにいないので分からない訳ですが」
「そうですね」
「だからあなたは立ち止まる。考える。それは理性ある行動です。周りは助かっていることでしょう」
「そうでしょうか。
「あの奔放さを羨む気持ちは分かります。ですが、他人の目を盗んで抜け出す必要はそもそもない筈なんです」
「というと?」
「城から出たいなら全員を納得させて堂々と表門から出ればいいんです。本来はそうするべきなんですが、リュウガにはそれができる頭がないから……失礼」
アサツキは
「抜け出すしかないんです。考えるより欲が先走る。困ったものです。トーリ様なら正式な手続きを取るなり嘘でも理由付けをして表門から出ることも可能でしょう」
「嘘でも」
「申し訳ありません。口が
アサツキは苦虫を噛み
「それでもトーリ様はリュウガと共に城を抜け出したいですか? 他人から追われるスリルを望みますか?」
「少し興味はあります」
アサツキは目を丸くする。
「それは、困りましたね」
本当に困ったというように微笑むアサツキの顔をトーリは見つめる。
「ですが、私には無理です。どう
「そんなことは」
「いいえ。私のことは私が一番よく知っています。だから」
トーリはアサツキの隣で
「アサツキさんの言った通り。私は私のやり方で堂々と表門から外へ出て行けるようにたくさん勉強します。そして兄上も表門から堂々と出入りできるように私がお
「え」
「そうすれば兄上はもっと自由に行動できるようになる筈だし、兄上も私を連れて行ってくれる気になる筈です。私は生まれてこの
トーリの無邪気な笑顔にアサツキの頭の中でピーンと光が
「それはいいですね。是非ともトーリ様にリュウガの
「兄上を
「え」
「三人で堂々と表門から出て行けるように私、頑張ります!」
トーリの決意
「頑張ってください」
「はい!」
トーリを応援しながらアサツキにはトーリにリュウガの影が重なって見えていた。ふたりは間違いなく兄弟なのだとアサツキは小さく諦めのため息をつく。
「アサツキさん」
「あ、はい。すみません。ため息なんてついてないですよ」
「ため息? 何の話ですか? それよりこの本のこの単語の意味が良く分からなくて。前後の文脈から推測はしてみるのですが」
どこから取り出したのか、トーリは一冊の本をアサツキの前に
「ああ、これは著者の性格が悪いんです」
「アサツキさんもこの本を読んだことがあるんですね」
「ええ。まあ。トーリ様ぐらいの年齢の方々には難しい本だと思いますが。この部分を読み流さないで疑問を持って考えていらっしゃるなんて大したものです」
「読み流すには違和感が大き過ぎました」
「それに気付けるというのも才能ですよ」
「褒めても何も出ませんよ」
「純粋にそう思っています」
アサツキとトーリは笑い合う。リュウガが戻って来るまでふたりは教え教えられながらそのひと時を共有する。リュウガがやたら嬉しそうな顔で戻って来るまで、ふたりは言葉を
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隊を編成し南下し始めて何日が
「おはようございます。トーリ様。すぐに火と水を持ってきます」
「ああ」
返事をしてトーリは組み立て式の
「父上の親衛隊長だったあんたが何故僕の護衛隊に志願したのか。理由を聞かせて欲しいものだな」
トーリの
「はい。陛下の大切なご子息のおひとりですから。護衛を付けると聞いてすぐに志願いたしました。あなた様のことは私が命に
元隊長の言葉をトーリは鼻で笑って
「点数稼ぎも大変だな。せいぜい
「ええ。励ませていただきます」
トーリを引き
「気の長いことだ」
そしてすぐに自分に手を下さない男の存在などすぐに意識から
「地図」
トーリが横に出した手にすぐに世界地図が手渡される。トーリは地図を開き、
「こんなものが世界の中心にあるなんて、城のどの書物にも記されていなかった」
と同時に
「馬鹿馬鹿しい」
七種族の
「準備ができ次第出発する!」
トーリの声に役人達の応じる声が青い空に抜けた。ほぼ同時に駆け寄ってくる足音を聞いたトーリは振り返る。
「どうした?」
話しかける前に話し掛けられて、駆けてきた役人は驚いて立ち止まった。すぐに我に返って背筋を伸ばしたのは通信機を通して各地からの伝令を取りまとめている役人だ。
「第二王子殿下にご報告いたします! 世界各地で暴動が起こっているとの報告が入りました!」
「暴動?」
「は! 作戦
「ふっ……ハハハハハ!」
「お、王子殿下?」
突然笑い出したトーリに伝令役の役人は報告の言葉を忘れる。トーリはひとしきり腹を抱えてから役人を見る。
「暴動は武力で制圧しろ。狩人共に伝えれば
「王子殿下!?」
「どうした? 早く行け。僕の命令を
伝令役の役人は顔を真っ青にして元来た道を走って戻る。時々砂に足を取られながら走っていく役人の背中から目を放し、トーリは唇を
「僕の邪魔は誰にもさせない」
+++
暴動の話は明羽達の耳にも届いていた。トーリ
「アサツキ、アサツキ。聞いたか? 暴動だってよ」
「ああ」
オアシスの中は大混乱に陥っていた。
「先生。ここは……」
「ああ、氷呂。分かってる。ここにいる方が危ない。すぐに出るぞ」
「氷呂」
「大丈夫だよ。明羽」
不安そうな顔をする明羽の手を氷呂は握った。
「アサツキ。急げ急げ。トーリが心配だ」
「分かってる」
アサツキがエンジンを掛ける。四人を乗せた車は人の声が恐ろしい程
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昼の熱がまだ残り揺れる地平線の彼方に、同じようにユラユラと揺れる太陽が沈もうとしていた。空と大地は真っ赤に染まり、
「北東、北西の暴動は死傷者を多数出しながら
「盗賊が?」
「どれが正しい情報か、はたまたすべてデマか判断が付きません。ただ、
伝令役の役人は一際大きく震え出す。
「ひ、東の町は治まるどころか暴動が激化して、手に負えない状態になっています。死傷者の数は増える一方です。狩人……狩人共が門を
トーリが
「やり過ぎだな」
「王子殿下」
「さて、どうしようか」
「第二王子殿下! 恐れながら
伝令役の役人は今を
「今すぐ東の町へ向かうべきです! この本隊を連れ、狩人共の
トーリは答えない。
「王子殿下!」
トーリは伝令役の役人の顔も見ない。
「殿下! あなたの
「その命令を各地に伝えたのはお前だろう」
伝令役の役人の喉がヒュッと鳴る。
「確かに僕には責任がある。この作戦を成功させなくてはならないという責任がな」
「せ、成功させる為なら人の生を理不尽に奪ってもいいというのですか!」
「それが駄目だと思うならお前はお前の頭で考えて正しいと思う命令を
伝令役の役人は目を見開き動かなくなる。
「僕には責任を果たす覚悟がある。お前はどうだ? お前の責任は僕の言葉を正しく各地に伝えることだ。お前はそれを正しく果たした。それなのにお前は僕を責めている。何故か? お前には責任を果たす覚悟がなかったからだ。この行いが罪だというならば俺もお前も同罪だ」
ゆっくりと伝令役の役人の身体が
「さて、どうしようかな」
運び去られる役人になど目も
「トーリ様」
「ん?」
トーリが振り返ると赤い制服を着た女が
「見張りからの報告です。こちらに近付いてくる車が一台あるとのことです」
「車? 一台?」
トーリは考えを
「役人達は銃を扱えるようになったか?」
役人が
女は答える。
「引き金を引くのには慣れたようですが命中率はあまり。構える姿だけは様になったかと」
「脅しぐらいにはなるか。車が接近する方に構えさせろ。ただし僕の合図なしには撃ち始めるな。様子を見る」
女が合図を出すとそれを読み取った小隊長達が部下に指示を出していく。白い制服を夕日に真っ赤に染めた役人達が持ち慣れない銃を一方向へ構えると、それなりに
「誰が撃った! 命令ひとつ
整列する役人の中のひとりがビクリと肩を震わせる。けれど、他の役人達は凍り付いたように助手席から降りた男を
「トーリ!」
空気に、一筋の
「兄上」
ひとりふたりと役人達は
「あれは誰だ?」
「第二王子殿下を呼び捨てにしたぞ」
「赤い髪の男……指名手配中の男じゃないか?」
「城に
「天使の逃亡を助けたのは第一王子だろう」
「赤い髪の男は王子に手を貸した後、オアシスに逃げたっていう」
「ちょっと待て。俺はあの男を城で見たことがあるぞ。あれは、あの人は第一王子殿下だ」
誰かの言葉に役人達が一層ざわついた。小隊長達が
「兄上!」
リュウガとよく似た、けれど幼さの残る声が役人達の頭上を飛び越える。トーリの声に役人達は静まり返った。赤い髪の男が第一王子であることを確信した役人達は兄弟のやり取りを聞き漏らすまいと
「兄上! ご無事で何よりです! 父上が心配していますよ」
「トーリは心配してくれなかったのか?」
リュウガの緊張感のない
「もちろん。僕も心配しておりました。兄上」
リュウガの顔がパッと明るくなる。
「そうか。心配掛けて悪かったな。俺はこの通り元気だ。ピンピンしてる。それでだな。トーリ。俺はお前と話をしに来たんだ」
「話?」
トーリの頬が小さく引き
「トーリ。なんでこんなことしてる? 親父に言われたのか? そうなんだろ。お前は優しい奴だ。本当はこんなことしたくない筈だ。帰って親父に言ってやれ。本当はこんなことしたくないんだって!」
ひとりで
「悪い。ちょっと行ってくる。明羽と氷呂はくれぐれもそこを動くなよ」
「先生」
「大丈夫だ」
車の運転席からアサツキは降りる。運転席から降りて来た藍色の髪の男に役人達は目を丸くする。
「誰だ?」
役人達が再び
「トーリ様! お久しぶりです! 一度お会いしたことがあるだけなので覚えていらっしゃらないかもしれませんが」
トーリの肩がぴくりと反応する。
「アサツキさん」
その呟きは誰にも聞こえない。
アサツキはリュウガに近付き、リュウガは近付いてくるアサツキに嬉しそうに笑う。
「アサツキ」
「リュウガ。聞け。決め付けるな。トーリ様の話もちゃんと聞け」
「へ?」
トーリは
「兄上」
トーリの呼び掛けにアサツキとリュウガが顔を上げる。
「何か誤解があるようです。兄上。僕は僕の意思でここにいる」
「トーリ?」
リュウガの情けない声を聞きながらアサツキは
「リュウガ。リュウガ!」
「へ? お? なんだ?」
「なんか喋れ!」
「え? なんかって、何を?」
「なんでも……いや。お前は何の為にここに来た。思い出せ。全部言葉にしろ。トーリ様が何か言う前に!」
「ええ~と……?」
リュウガは
「トーリ」
そこにいた誰もがハッとリュウガに目を向けていた。それは最初の呼び掛けのようなまっすぐに走る声ではなく、その場を支配する声だった。隣にいるアサツキさえも驚いて目を見張る。
「トーリ。ここにいる全員にも聞いてほしい。俺は確かに天使を連れて城から逃げた。俺の行動はよく
役人達は顔を見合わせる。
「第一王子殿下は天使に
「親父達は亜種だからってひとりの女の子を床に押さえつけてその背中から翼をもぎ取ろうとしてた」
リュウガの言葉に役人達は
「いいか。よく聞けよ。亜種だって俺達と何も変わらない。痛いもんは痛いし、怖い時は
役人隊のざわつきは大きくなっていく。その中でもリュウガの声はハッキリとそこにいる者達の耳に届く。
「よく考えてくれ。この中に自分を、家族を、仲間を、大切な誰かを亜種に傷付けられた奴はいるか?」
先程までのざわめきが嘘のようにしんと静まり返る。リュウガの横顔を見てアサツキはごくりと唾を飲み込んだ。その横顔は間違うことなく人を
「違うからと理解できないからと、
役人達が息を呑む。
「その美しさたるや言葉でなんか言い
自信に満ちた、それでいて楽しそうなリュウガに役人達の中から銃を降ろす者が現れる。中には捨てる者さえ出始める。数人の役人がリュウガに向かって一歩を踏み出そうとした時、恐ろしい程
「五対の翼を持つ天使ですか。そうですね。兄上はずっと探していましたよね。ところで、兄上が逃がしたという片羽四枚の天使はどうしました?」
リュウガが
「あれ?」
リュウガは頭を掻く。この時リュウガは胸の内がざらつくような、冷え込むような初めての感覚に
「えーと。明羽のことだったよな。一緒に来てる」
「リュウガ」
アサツキがリュウガの腕を引いた。
「アサツキ?」
「クフッ!」
笑いを
「クックックックッ。一緒に来てる。そうですか。兄上。ひとつお尋ねしても?」
「ん、お? おう! なんでも聞け! なんでも答えてやるぞ。俺はお前のお兄ちゃんだからな」
「兄上は僕を
「おう! そうだぞ。トーリがやりたくもないことやらされてるみたいだったから止めに来たんだ」
「つまり僕の為と?」
「そうだ!」
「どういう風の吹き回しですか。ずっとほったらかしだった
「ほったらかしい!?」
リュウガは
「トーリ! 何言ってんだ! 俺はいつだってトーリのこと考えてたし、忘れたことなんてないぞ!」
「天使のことを考えている時もですか?」
リュウガは黙り込み、アサツキは
「リュウガ。そこで黙るのはまずい……」
「兄上はどうやら亜種に
トーリの指示に一小隊が車を取り囲む為に走り出す。アサツキとリュウガにも役人達が駆け寄る。役人達に銃を突き付けられ、アサツキとリュウガは身動きが取れなくなった。
「明羽。氷呂っ」
アサツキが切羽詰まった顔を車に向ける。車を取り囲んだ役人達は銃を
「ヤメロ!」
「リュウガ!」
自分に銃を構える役人に掴み掛かろうとしたリュウガをアサツキは止める。
「この人数はお前でも無理だ。
「でもよっ。アサツキ。このままじゃ明羽と氷呂が!」
アサツキとリュウガが言い合っていると車にしっかりと張られていた筈の幌が
「先生!」
「明羽! 逃げろ!」
「でも、先生!」
「でもじゃない!」
眼下から叫ぶアサツキの姿に南の町から逃げる際に見たオニャの姿が重なって、明羽は唇を噛む。また逃げることしかできないのかと明羽はきつく目を閉じる。
「先生……」
「明羽っ」
明羽とアサツキが言い合うのを遠くに見ながら元王直属親衛隊隊長の男は
「あの、天使!!」
元隊長は明羽から目の前のトーリの無防備な細い背中に目を移す。元隊長は肺一杯に息を吸い込んだ。
「亜種が第二王子殿下を狙っている! 総員、構えろ!」
ご多分に漏れず、天使の姿に呆けていたトーリの護衛隊員達は目覚めたように動き出す。隊長でもない男の言葉に一糸乱れぬ動きをする。元隊長は鮮やかな赤色の制服を着た者達の中に
アサツキが明羽に叫んでいる間、リュウガはトーリに向かって叫ぶ。
「トーリ! トーリ! 俺は洗脳なんかされてないぞ! トーリ! 俺の話を聞けー!」
「聞いていますとも。兄上」
ニッコリと笑うトーリにリュウガは自分の言葉が一切伝わっていないことに悲しくなる。そして、リュウガはトーリの後ろから近づく男に気付き、違和感を覚えた。
「トーリ……トーリ! 後ろ!」
元隊長はナイフを構えてトーリに走り込んでいた。元隊長は考える。第二王子は亜種の未知の力によって殺された。空いてしまった総指揮官の座に、代わって自分が座り第二王子を殺した天使を捕まえた上、遂行中の作戦も見事に成し遂げる。汚名を返上し、王からの信頼を取り戻す。計画の成功を疑わず、元隊長はニヤリと笑った。ナイフが人知れずトーリの背に深々と突き刺さる……というところでトーリはくるりと身を
「へ?」
勢いの終着点を見失った元隊長は転落防止の柵を危うく飛び越し掛けた。
「くそっ」
前のめりにはなったがなんとか踏ん張った元隊長の足をトーリが蹴り
「あーあ」
それを
「前進する。兵器に火を入れろ」
「今ですか?」
「今すぐだ」
女は肩を
箱から落ちた元隊長は頭を振って髪についた砂を落とす。
「くそ! くそ! あのクソ
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