第6章・トリオ(2)
「え?」
「ん?」
行き掛けていた標が振り返る。
「なんだ?」
「標。トリオが今どこにいるか知ってるの?」
「この時間なら家に居るだろ」
「ええー!?」
標が広場から出て行く。その後ろ姿が見えなくなって明羽は氷呂と夏芽と謝花を振り返って今一度叫ぶ。
「ええー!?」
「明羽ちゃん。落ち着いて」
夏芽が明羽を
「すごく裏切られた気分だよ!」
「そうよね。分かるわ」
「私達に探せって言っておいて!」
「そうよね。知ってたら家に押しかけて
「夏芽姉様。さすがにそれは」
「明羽も夏芽さんも少し落ち着いてください」
「氷呂は悔しくないの!?」
八つ当たり気味の明羽の言葉に氷呂はニコッと笑った。
「悔しい悔しくないで言ったら悔しいかな。一泡吹かせてやりたいね」
明羽は冷静になった。
「一泡吹かせるって、どうする?」
「そろそろいいかな」
氷呂がふっと標の消えた道に目を向けた。
「ああ、なるほど」
「そういうことか」
夏芽と謝花が納得する横で明羽は頭上に疑問符を浮かべた。コソコソと四人は路地を歩いていく。
「尾行とはね。あの一瞬でよく考えついたものだわ」
中央広場を出てからというもの夏芽は感嘆しきりだった。
「お褒めに
「いや、本当に。しっかし、あいつ。少し警戒してるわね」
「そうですね」
「ジグザグに進んでますね」
「そうなんだ」
聖獣の耳を持つ三人に明羽だけが話に付いて行けない。そして、聖獣が本気になったら隠し事なんて一切意味が無いのだと明羽は
「ん? 止まりましたかね?」
「一軒の家の前みたい」
「急ぎましょう」
走り出した三人に明羽が慌てる。
「ま、待ってー」
氷呂、夏芽、謝花が振り返ると徒歩に毛が付いた程度の速さで走る明羽の姿があった。
「面目ない」
「本当に足遅いわよね。明羽ちゃん」
「でも、これじゃ間に合わないですよ」
「飛んだ方が早いんじゃない? 明羽」
「この狭い路地を?」
明羽は否定し掛けたがやってみないことにはできないかどうかも分からないと翼を広げた。左側にのみ生える四枚の翼。
「明羽ちゃん。翼が壁にかかってるわ」
三人に心配されながら明羽は態勢を整える。
「やっぱりこんな狭いところじゃ飛べないかな?」
「ううん。大丈夫」
謝花の心配に明羽は首を横に振る。そして、イメージする。狭い路地に微かに風が流れ始めた。
「明羽」
「大丈夫だよ。氷呂。皐奏との特訓がこんなところで役に立つとは思わなかったけど」
「いつの間にか風を操るのが上手くなったのね」
夏芽の誉め言葉に明羽は小さく微笑む。氷呂、夏芽、謝花が走り、明羽は置いていかれないように飛んで、とある路地の角に辿り着くと四人は立ち止まる。
「間に合ったわね」
道の向こう側に標の後ろ姿が見えた。一軒の玄関口で中にいる誰かと話し込んでいるようだった。
「中まで見えないわね」
「もう一本向こうの道に移動してみる?」
「そうすると、玄関の斜め前ぐらいに出られるかな?」
「でも、そうなるとかなり近付くことになりますね。気付かれないかな?」
「なあに? みんな弱気ね。ここまで来て諦めるの?」
明羽は首を横に振る。
「よし。行くわよ!」
夏芽を先頭に明羽、氷呂、謝花は移動する。
「うーん。標の背中は近付いたけど。トリオの姿は見えないわね」
「思い切って突撃してみる?」
「謝花って時々大胆だよね」
「時々? じゃあ、やっぱり諦める? 標兄様は標兄様で頑張ってるみたいだし」
謝花の言葉に氷呂と夏芽が標の後ろ姿に目を向けた。明羽は耳を澄ましてもさっぱり聞こえないことは分かっていたので三人のアクションを大人しく待つ。
「本当だわー。有言実行しようと頑張ってるわ。あの男も真面目ね」
標をあの男呼ばわりする夏芽に明羽は小さく笑う。
「ほう」
「へー」
「そうなんだ」
「え」
三人の反応に置いてけぼりを食らった明羽がそわそわする。
「なに? なに?」
「明羽と氷呂を裂けてたのは本当に条件反射みたいなもので悪気はなかったみたいだよ。他にも色々言ってるけど」
「思わぬこと聞かれて動揺してるわ。要領を得てない」
「あ」
「え。今度は何? 氷呂?」
「私と明羽に嫌われてると思われてるかもしれないって言われてますます動揺してる」
「ここまで取り乱されちゃうと逆に可哀相になってくるわね」
「お、標兄様、改めてトリオに明羽と氷呂に会ってみないかって切り出してる」
「直接本人達に会って誤解を解かないかって。うまいわね。あいつ」
「悩んでますねえ」
「あともう一息よー。標」
「標兄様の裁量次第で私達は引き返しますよ。ね。明羽、氷呂」
「そうだなあ。会う機会が設けられるなら今無理して角が立つようなことしなくてもまあ、いいか。標にはまた別の仕返しを考えよう」
「そうだね」
トリオの出す答えを四人は息を殺して待つ。
「ああー」
「ああー」
夏芽と謝花が揃って頭を抱えた。
「トリオ、標さんから誤解だって伝えてくれるよう頼んじゃったね」
「そっかー」
「あ! 標兄様が食い下がってる!」
「でもトリオの意思は固かった!」
夏芽と謝花が再び項垂れた。明羽は少し考える。考えた末に地面を蹴った。
「明羽?」
こちらを見上げてくる氷呂に明羽は口の前に人差し指を立てた。そのまま明羽は上空へと飛び上がる。
「明羽ちゃん。諦めて帰っちゃった?」
「いえ。今のはとても帰る感じじゃなかったです」
「裏口から忍び込んでトリオの背後から急に話しかけたりして」
冗談交じりに笑いながら言った謝花に氷呂と夏芽は笑わなかった。土壁に叫び声が反響する。玄関口に立っていた標を押し退けて三人の男達が外に転がり出してきた。背丈は標とほとんど変わらないが標より細身の標と似たような黒い服を身にまとった三人組。ただ標のように背筋を伸ばして歩くような性格ではないようで三人は転がり出た先で集まって小さく震えていた。
「相変わらずね。あの三人。標をリスペクトはするけど理想に追い付けてない感じ」
「その三人が飛び出てきたってことは」
トリオが飛び出て来た家の中から明羽が現れる。
「ああ、やっぱり。私の予想当たっちゃったね」
謝花の側で氷呂が
「明羽?」
「いや。ごめん。ここまで驚かれるとは思わなくて」
「ごめんじゃねーよ。なんでここにいる?」
明羽は標を睨め付けてふいっと顔を背けた。トリオには悪いことをしたと思っていたが標に謝るつもりは明羽には毛頭なかった。
「あ?」
標の低い声に明羽の肩がちょっと跳ねる。けれどグッと堪えて明羽はそっぽを向き続ける。
「標が悪いんだからね。私達に探し出せって言っておいて、標はトリオがどこにいるか見当が付いてたんだから。それを黙ってて探し出せなんて。こっちは騙された気分だよ」
「あ? お前達にそう言った時は俺だってトリオがどこにいるかは分かってなかったよ。時間が経てば家に帰るだろうとは思ってたが。それに、お前達が自分達で見つけることに意味があると思ったから言わなかったんだ。想像力を働かせればトリオがいずれは家に帰ることも、もう一度俺に聞きに来るって選択肢もあったことも分かったと思うが?」
「ハア!? 何それ! 私に想像力がないって言いたいの!?」
「考えなしなところがあるとは思ってる」
「んなっ」
思い当たる節があって明羽は
「明羽。俺は待っててくれって言ったよな?」
「あの状況で待ってられる訳ないじゃん! そもそも標が回りくどいんだよ! そうじゃなかったら私達だってこんなことしなかったし!」
「私、達い?」
標がサッと辺りを見回す。
「ヤバ」
夏芽がサッと顔を引っ込めるが時すでに遅く、標と一瞬目が合った。
「夏芽! なら、氷呂と謝花もいるな!」
夏芽はグッと建物の影に
「そんなに睨まないでよ」
「合点がいった。お前達が耳で俺の後を付けたな。明羽だけじゃ無理だ」
「また私のことバカにする!」
「これは事実だ!」
標に怒鳴られて明羽は今度こそ本当に肩を縮こまらせた。
「うぅ……」
涙目になる。
「待ってろって言ったのに。俺を信用できなかったってことだよな?」
「信用してなかった訳じゃない。それ以前に裏切られたみたいでショックだっただけ。だから、ちょっと」
「俺も裏切られた気分だよ」
「最初に裏切ったのは標じゃんか!」
「ああ!?」
「み、皆さん!」
「おおおぉぉおおぉ落ち着いてください!」
「れ、冷静になりましょう!」
先程まで三人で固まって蹲っていたトリオが立ち上がっていた。
「誰の為にこんなことになってると思ってる?」
「申し訳ございませんでしたあああああああぁぁぁ!」
標に睨まれてトリオは一糸乱れぬ動きで綺麗に土下座した。芸術の域に達している動きに明羽、氷呂、謝花は呆気に取られ、標は白けた顔になった。夏芽はというと普段とあまり変わらない顔。標が盛大なため息をつく。
「くそっ」
標は腕を組んでそっぽを向く。明羽は黙って俯いた。トリオは顔を上げないまま口上を述べる。
「僕達がポンコツなばっかりに!」
「明羽さんと氷呂さんに会うのが怖くて逃げ続けていたのも!」
「ヘタレで小心者で甲斐性なしで臆病者で
「標にはいつも気に掛けてもらってて!」
「僕達のくだらない相談にも嫌な顔ひとつせず聞いてくれるんです!」
「許してくれるし、受け入れてくれるんです!」
「みんな知ってる事だと思いますが!」
「標は頼れるし信頼に値する男です!」
「責は全て僕達にあります!」
「なので標を責めないでください!」
標が細く長い息を吐く。
「うん。知ってる」
明羽は小さく呟いた。明羽の呟きに標はちょっと眉を上げてから頭を掻く。トリオがパッと顔を上げる。その顔がとても嬉しそうに微笑む。
「分かってくれますか! 明羽さん!」
「そうなんです!」
「悪いのは全て僕達です!」
「そうじゃないでしょう」
夏芽がトリオの頭に三連続の手刀を落とした。
「明羽」
「んー」
近付いて来た氷呂に明羽は生返事を返す。氷呂が明羽の手を握ると明羽は肩から力を抜く。寄り添い合うふたりにトリオが見惚れていると氷呂がトリオに目を向けた。氷呂と目が合ったトリオが揃って固まる。
「こんにちは」
「こ、こんこんこん」
「こん、ん」
「ちは」
三人まとめてやっと挨拶になったトリオに氷呂は微笑む。あまりに美しい微笑みにトリオは言葉を忘れる。
「こちらは明羽。私は氷呂です。初めまして」
「知ってます知ってます知ってます」
「はじはじはじはじっ」
「初めまして!」
まともな返事をしたひとりに他のふたりが良くやったと言わんばかりにガッツポーズを握る。
「少し聞いてもいいですか?」
「は、はい!」
氷呂は未だ地面に両手をついているトリオに合わせるようにしゃがみ込む。その隣に明羽がいそいそとしゃがみ込む。氷呂を中心に明羽がしゃがみ込んだ反対側に何故か謝花もしゃがみ込む。
「私達に会うのが怖かったというのはどういう意味ですか?」
「意味」
トリオが顔を見合わせる。
「そのままの意味です」
「そのまま?」
明羽に見つめられてトリオは再び緊張した顔になる。
「えっと、そのまま、会うのが怖かったという意味です」
明羽は首を傾げる。
「私達、直接会うのは初めてだよね?」
「もちろんです!」
「私、あなた達に知らないところで何か怖がらせるようなことした?」
明羽の問い掛けにトリオが少し寂しそうに微笑む。
「明羽さんは他人に会うことを怖いと思ったことがないんですね」
「他人に会うのが、怖い?」
「そうです」
「
「僕達はいつだって不安だから」
「不安? 何が?」
「明羽」
「いや、だって」
分からないものは聞くしかないと明羽はトリオの返答を待つ。
「何が、ですか……」
「はっきりと言えることは何もないんだよな」
「何もかもというのが一番正しい答えな気がする」
「誰かに会って何を話せばいいか分からないとか」
「失礼なことをしていないだろうか」
「傷付けたりしていないだろうか」
「悲しませていたりしないだろうか」
「僕達はどこにいるのが正しい?」
「どこに行けばいい?」
「この人は僕達にとって敵だろうか?」
「僕達は傷付くのが怖い」
「今日という一日を何ごともなく過ごせるか不安だ」
「そんなにいっつも不安で一杯なの?」
驚いた顔をする明羽にトリオは静かに微笑む。
「自分のことなのに」
「自分達じゃどうにもできなくて」
「自分のことが自分で一番分からない」
「そうなんだ。取り合えず私達が何かした訳じゃないんだね?」
トリオが揃って頷く。
「これは僕達の問題で」
「じゃあ、私と友達になってくれる?」
「へ」
「私は三人と友達になりたい」
「こんな僕らではきっと、ご迷惑になるかと」
「どうでもいいなあ。私が友達だって言ったら私にとっては友達なんだよ。後は三人が頷いてくれればいい。最悪頷いてくれなくても私の中ではもう友達なので」
「え」
明羽が手を差し出す。トリオはその手を見つめた。
「握手」
「あ、ああ」
トリオはそれぞれに自分の手の平を何度も服に
「友達!」
明羽の笑顔にトリオは嬉しいんだか恥ずかしいんだか戸惑ってるんだか良く分からない顔になった。トリオの手を握る明羽の手の上に氷呂と謝花も手を重ねてきて、二、三回軽く振ってからそれぞれの手を離した。トリオが笑う。
「明羽さんも氷呂さんも標が話してくれた通りの人ですね」
「標?」
黙って事の成り行きを見ていた標の肩が跳ねるのを夏芽が見る。
「感情豊かで、好奇心
「人懐っこくて誰とでも仲良くなる」
「あんまり怖いもの知らずだからちょっと心配だけど可愛い可愛いって」
「お前らそこまでにしておこうか!」
「へえ」
「まあ」
「ほう」
「ふ~ん」
明羽、氷呂、夏芽、謝花が標を見てニヤリと笑った。
「お前ら覚えとけよ」
耳まで真っ赤にして震える標にトリオは笑う。
「ごめん、標」
「つい。今日はいつもと違うことが起こってるもんだから」
「非現実感が僕達の気を大きくしてるみたいだ」
「いつもそうならいいのに」
夏芽の言葉にはトリオは神妙に俯いた。
「なので、明羽さん。氷呂さん。実を言うと会ってみたいという気持ちがなかった訳ではないんです。標の話を聞いていればふたりが悪い人ではないのは分かっていたので」
「まだ言うか」
標の茶々入れも気にせずトリオは続ける。
「その気持ちよりも不安感の方が勝って自分達を守る方を優先してしまった。その所為で今回こんな騒動になってしまって。本当に申し訳」
「えい」
トリオの額が下がり切る前に明羽はそのデコを下からぺチンと叩いた。
「痛いです」
「うん。よく分かったから。もう謝んなくていいよ。私もごめんなさい。すごく驚かせちゃって」
「ああ」
家の中で急に後ろから話し掛けられたことを思い出してトリオは苦笑する。
「そうですね。すごくビックリしたのでもうやらないでもらえると」
「うん。誓う。もうやらない」
明羽は背後を振り返った。そこにいた標がちょっと身構えてから目を泳がせる。
「標。ごめんなさい」
「うん。俺も悪かった」
「仕返しももう必要なさそうだから考えないね」
「ん?」
標は明羽の言葉を口の中で
「それにしても、三人とも見事に標兄様と似たような格好だね」
トリオが揃って謝花に目を向けた。その瞳が爛々と輝き始める。
「よくぞ! 聞いてくれました!」
迫って来たトリオに謝花は身を引く。
「いや、聞いてない。何も聞いてない」
「標はすごい! すごいんですよ!」
「僕達の憧れなんだ!」
「いつも堂々としていて!」
「鍛えられた肉体!」
「鍛えられた精神!」
「格段の包容力!」
「強くて、
「いつだって自信に満ちていて」
「みんなに頼りにされるのも当然ですよね!」
「標は僕達の憧れ!」
「汗まで輝いて!」
「少しでも
「わわわ。もういいよう! 分かったからあ!!」
ずっと座り込んでいたので忘れていたがトリオは三人とも標とほとんど背丈が変わらない。長身の男三人に囲まれた謝花は実際より小さく見えた。
「トリオは標のことが大好きなんだね」
「言ってる場合じゃないよ。明羽。助けなきゃ」
「私に任せなさーい」
「夏芽さん?」
「明羽ちゃんと氷呂ちゃんの件も一件落着したし。次は私の番よ」
「え。夏芽さんもトリオに何か用があったの?」
明羽の問いには答えず夏芽がトリオに走り込んで行く。
「ここで会ったが百年目よ!」
「げ、夏芽が来た!」
「あの顔はなんか企んでるぞ!」
「逃げろ!」
「あ、ちょ、ちょっと!?」
走り出したトリオはあっと言う間に道の向こうまでその姿を小さくした。ますます小さくなっていくトリオの後ろ姿に夏芽は暫し放心していたがすぐに我を取り戻す。
「純血の聖獣には及ばないとはいえ。私の足の速さを見くびるんじゃないわよ!」
天使でもないのに風を起こして夏芽は走り去った。舞い上がった砂を明羽は手で払う。
「行っちゃった」
「今のは本気のスタートダッシュだったな」
「夏芽姉様。私の為に……」
謝花が感涙する間、明羽と氷呂と標は黙っていた。夏芽もトリオも行ってしまってどうしようかと残された四人が話していると横の道から夏芽だけが現れる。
「夏芽さん?」
戻って来た夏芽はヨロヨロと頼りない足取りで明羽と氷呂、標と謝花の側でガックリと膝から頽れた。驚いて四人が駆け寄る。
「……かった」
「ん?」
夏芽のあまりに小さな呟きに標が耳を近付けると夏芽が
「誰ひとりも捕まえられなかった。てか、追い付けなかった! あいつら逃げるの上手すぎよ! フェイントなんか掛けんじゃないわよ! まんまと引っ掛かったわよ! てゆうか三手に分かれた後でなんであんな示し合わせたような動きができる訳!? 連絡なんて取り合えてる筈がないのに!」
耳元で叫ばれた標が渋い顔になった。
「すごいな、トリオ。夏芽さんを撒いちゃったんだ」
「誰よりも村の構造を把握しているのはあいつらだろうからなあ」
「トリオを褒めてないで私を
「夏芽姉様! 私の為にありがとうございます!」
「え?」
謝花が感動に瞳を潤ませていた。それを見た夏芽は頷く。
「う、うん! 謝花ちゃんが無事で何よりだわ」
「夏芽姉様! どこまでも付いて行きます!」
「うん……」
「で、どうします? トリオをどうしても捕まえないといけないなら手伝いますよ?」
「私もです!」
氷呂と謝花の申し出に大分回復した夏芽は首を横に振った。
「いえ。いいわ。久しぶりだったけどちゃんと顔も見れたし。あれだけ走り回れるなら健康でしょう。私を撒けるくらいだから頭も正常だろうし」
「頭」
「メンタルの方もまあ、悪くはなっていないようだし。いいでしょう」
「夏芽さん。一緒に探すって言った時、鬱憤を晴らす為とか言ってたのに本当はトリオの健康観察の為だったの?」
「村のみんなの健康管理は私の仕事だもの。あの三人は本当に姿を見せないから。明羽ちゃん達が探すっていうなら丁度いいと思って」
「そうだったんですね。さすが夏芽姉様! 見習います!」
「うん……。ありがとうね。謝花ちゃん」
夏芽は鬱憤を晴らすことが第一の目的で健康観察が二の次だったことは黙っておくことにした。
「じゃ、帰りましょうか」
夏芽の号令で明羽、氷呂、標、夏芽、謝花は解散した。
「行ったか?」
「行った」
「ああ! 疲れた!」
五人が確実にいなくなったのを確認してトリオは自分達の家の前に戻ってくる。汗で濡れる服をパタパタさせたり落ちてきた汗を拭ったりしながら深呼吸する。
「はああああ。しんどかった」
「夏芽の奴。本気で追い掛けてきやがってえ」
「全力で走ったの久しぶりだな」
「疲れた」
「頑張った」
「僕達、頑張ったよな」
「明羽さんと氷呂さん。いい人達だったな」
「……そうだな」
三人は玄関の前に腰を下ろし、並んで地面を見つめる。
「僕達にわざわざ会いに来てくれたんだな」
「探してくれてたんだな」
「僕達は逃げてたのに」
暫し地面を見つめてから三人は立ち上がる。
その日は夜まで嵐が猛威を振るい、普段よりも強めの風が村の中に吹いていた。けれど、中央広場ではいつものように
「あんまり飲むとまた女房達に怒られるぞ。ほどほどにしとけよ」
見回りに来た標に既に出来上がり始めている男達が盃を突き出した。
「標! お前も飲め!」
「いや。俺は飲めねえから」
「何腑抜けたこと言ってやがる! ひとりだけ
「絡むなよ。知ってるだろ? 俺が酒を飲んだら夏芽に殺される」
陽気だった男達の顔がすっと静かになった。
「そうだったな」
標は黎にこの村に連れて来られた時のことを思い出す。当時の村は今より人口も少なくて純血の悪魔はひとりもいなかった。村にとって初めての純血の悪魔だった標は大層歓迎されて祝い酒を振る舞われたのだが、その時標は初めて自分の声のことを知ったのだった。というのも黎のところにはそういう嗜好品の
「あれは見事なアッパーカットだった」
「一瞬で昏倒したもんなあ。標」
「忘れてくれ。目が覚めたら朝だったとか羞恥しかない」
男達が標の肩をポンポンと叩いた。静かに去って行く男達を見送って標が小さなため息をつく。と、広場の隅が
「なんだ?」
標が駆け寄って行くとそこには村人達に引き
「お前達」
「あ、標」
「こんばん、わ?」
「本当は自分達からみんなの輪に交ざりたいと思ってたんだけど」
「もたもたしてたら見つかった……」
「トリオじゃないか!」
トリオの姿に気付いた他の村人達も近付いてくる。
「本当だ。トリオだ!」
「久しぶりに見たなあ」
「そんな隅っこにいないで」
「さあ!」
トリオはあっと言う間に広場の中心、井戸の側に連れて行かれる。
「よく来たな」
標に
「本当だよ!」
「今までどうしてたんだ?」
「急に姿を現すなんてどんな心境の変化だ?」
「それは」
「えっと」
「その」
トリオが考えていると村人のひとりがトリオの前にずいっと盃を差し出した。
「まあ、いい! 記念日だ! 飲め!」
「あ」
標が止める間も無く、
「いただきます!」
トリオは盃の中身を
明羽と氷呂は囲炉裏の後始末を終えて、さあ、寝ようと寝床に潜り込んだところだった。
「あ」
「どうしたの? 氷呂」
「夏芽さんの怒鳴り声が聞こえる」
「広場の方?」
「そう」
「集会で何かあったのかな? 集会って言うかただの酒盛りだけど」
「そうみたい」
「聞き逃せないぐらい夏芽さん怒ってるんだ?」
明羽と氷呂は暫し黙り込む。
「寝るか」
「そうだね」
何があったか聞けそうだったら明日聞いてみようと明羽は目蓋を閉じた。
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