第6章・トリオ(1)

 その日は珍しく朝から快晴だった。縄が縦横無尽に張られた中央広場で明羽あはねは顎に流れて来た汗を拭う。

「あっつー……」

「ここまで天気がいいのは本当に珍しいね。はい。明羽。次の持ってきたよ」

 氷呂ひろが洗い終わった洗濯物で一杯のたらいを明羽の足元に置く。いつもは定期的に行われる村総出の洗濯行事は今日があまりにもいい天気だった為、村人の満場一致で今日決行するが決まった。水浸みずびしになった石畳に太陽の光が反射して眩しい。偶の晴れ間に村人達の活気づいた声が聞こえてくる。明羽は洗濯物を手に取った。張られたロープにひっかける為に顔を上げると洗濯物の中にひと際大きな一枚の白い布が風に揺れる。太陽の光を反射して真っ白に輝くそれに明羽は舞い落ちる羽根の幻影を見る。

「明羽?」

「うん」

 明羽は手に持っていた洗濯物のしわを伸ばすように振り叩いた。


 村人総出の大仕事が終わると明羽と謝花じゃはなは広場の隅に腰を下ろして成果を眺める。

「壮観だねえ」

「だねー」

 中央広場を埋め尽くす色とりどりの布が風に揺れていた。広場がこんな状態なので謝花の青空教室も今日は臨時休校となっている。洗濯物の間を子供達が駆け抜けていく楽しそうな声が移動していく。別の方向からはまた違う子供達の声も聞こえてくる。

「氷呂ちゃん。がんばれー」

「がんばれ」

「氷呂姉。ガンバ!」

「う、うん。応援ありがとう。でも、ちょっと恥ずかしいかな」

 氷呂は今、村長の家の前に立っていた。側で村長が子供達と恥ずかしさに顔を赤くする氷呂に笑顔を向けている。眉間に皺を寄せて集中する氷呂に村長が二言三言言葉を掛ける。意識的に変身するのはいまだうまくいっていない。

「氷呂のああいう姿、珍しいよね。氷呂って勉強熱心でなんでもそつなく熟すし、そのうえ超然としてるというか達観しているというか」

「うん。だからつい甘えちゃうんだよね。しっかりしてるから」

「氷呂が必死になるのはいっつも明羽のことだけ!」

「そんなことないと思うけど」

「それ本気で言ってるんなら明羽は氷呂のこと何にも分かってないよ」

「え」

「だからね。ああやって、なかなかうまくいかなくて悩んでるの見ると氷呂も私と何も変わらない女の子だったんだなあって思っちゃう」

「氷呂はいつだって普通の女の子だよ?」

「ああ。明羽にとってはそうかもね」

 少し前から謝花の態度が少し冷たく感じる明羽は口をつぐむ。黙った明羽の瞳を謝花はジッと覗き込む。

「な、なにか?」

「必死になってても氷呂はかわいいよね」

「うん」

「変身する練習、帰って来てから一層真剣になったみたい。ねえ、明羽。出掛け先で何が……」

 言い掛けて謝花はグッと口を閉じた。明羽と氷呂が帰ってきてから謝花はずっと何があったのか聞きたいと思うのをこらえていた。ふたりから話してくれるのを待つと決めたにも拘らずうっかり口走りそうになる自分の意思の弱さに謝花は膝を抱える。けれど、そんなに言い辛いことなのだろうかと疑念を持っているのも事実だった。ひとり悶々もんもんとし始めた謝花を明羽は愛おしいと思う。

「謝花。ありがとう」

「うえ?」

「私の話、聞いてくれる? そして、覚えていてほしい」

 明羽の顔はどこか寂し気で謝花にとってそれは明羽の見慣れない顔だった。

「もう、何も残ってないんだ。形あるものは。だから、聞いてほしい。そして、覚えていてほしい。皐奏アースのこと。確かにあの人は存在していたんだって」

「あーす?」

 明羽は頷く。そして、ゆっくりと語り出す。

 真っ青な空を太陽が滑っていく。その側を月が付かず離れず寄り添い流れていく。影の位置が変わっていく。洗濯物が風に揺れてたなびく微かな音が響く。静かな午後だった。話し終えて明羽が謝花に目を向けると謝花はその瞳から大粒の涙をボロボロと零していた。

「謝花!?」

 謝花がズビビッと鼻を啜る。

「ごめんね。明羽」

「え、え?」

「私、全然考えが足りてなかった。明羽がそんな大変なことになってて、だから氷呂が……」

「謝花」

「あー! 明羽ちゃんが謝花ちゃん泣かしてるー!!」

 洗濯物の間を走り回るのに飽きた子供達のひとりが明羽に向かって指を差していた。他の子供達も寄って来て子供達は軽い気持ちで明羽を責め立てる。明羽がげんなりしていると謝花が明羽の胸倉を掴んで引き寄せた。明羽の胸に自分の頭を押し付けて謝花は叫ぶ。

「違うもん! 明羽の所為じゃないもん! 私が自分の馬鹿さ加減になげいてるだけだもん!」

 擁護ようごした相手に怒鳴られて子供達はキョトンとした。自分の胸で泣き続ける謝花に明羽は少し考えてからその肩にそっと手を置く。なぐさめるように軽く叩いたり撫でたりする。明羽がふと顔を上げると氷呂と目が合った。氷呂は優しく微笑んだ。


   +++


「暗い……」

 その日、日が昇った筈の空はいつも以上に暗かった。

「風も強いし。今日はいつも以上に外は荒れてるみたいだね」

 朝の用事を全て済ませて明羽と氷呂は家の前に立っていた。

「明羽。今日の予定は?」

「畑の様子を見に行かなくちゃ。前に撒いた綿花の種。少しは収穫できそうなんだ。全然分かんなくて殆ど実にならなかったのが、はあ、ショックだ。でも」

 明羽は氷呂を見る。

「次はもっとうまくやるよ。絶対」

「うん。楽しみにしてる。でも、まずは目の前の楽しみだね」

「よし。行こう」

 ふたりは並んで歩き出す。道中、氷呂がとても楽しそうで明羽も釣られて楽しい気分になる。けれどだからこそ今回の成果は悔しくて、明羽は次こそはと決意を新たにするのだった。薄暗い道を進んでいると明羽と氷呂は道の先に長身の人影を見つける。

しなだ」

「挨拶しなきゃ」

「だね。標ー!」

「おう。なんだなんだ?」

 突撃してきた明羽と氷呂に標が足を止めた。

「標。ここで何やってるの?」

 氷呂が明羽の脇腹を小突く。

「おはようございます。標さん」

「あはは。おはよう。明羽。氷呂。この道を来てるってことはふたりで畑に行くところか?」

「そう。標は?」

「俺は、昨日トリオが帰って来たからな。その収集物の仕分けと整理をしに行くところだ」

「とりお」

 明羽はこの村に来てから存在はチラついても未だにその姿を確認できていない村人がいることを思い出す。

「ちらほら話題には上るけど、私まだその三人に会えてないや」

「そうだったか? まあ、あの三人は極度の人見知りだからな。村の連中でも滅多に顔合わせないみたいだし。……それにしてもまだ一回もあったことなかったか」

「うん。もしかしたらすれ違うぐらいしたことはあるのかな? でも、村に見慣れない人いたら分かると思うんだけどなあ」

「まあ、機会があれば会えるだろ」

「ええ。そんな運任せみたいな。それで今まで会えてないんだけど? 紹介してくれないの? 今確実に村にいるんでしょ?」

「俺はあいつらの性格をよく知ってるんだ。だから無理やり合わせるのは気が引けるんだよ。お伺い立てても多分頷かないだろうし」

「ふ~ん。ねえ、標。その三人の種族は?」

「俺と同じ悪魔だよ」

「へえ! その三人も純血だったりするの?」

「お、鋭いな。そう、三人とも純血の悪魔なんだ」

「ほう」

 冗談半分で聞いた明羽は目を丸くする。

「悪魔の特徴として極度の人見知りはそのひとつでな」

「それは嘘だ」

「嘘じゃねえよ」

「嘘だ」

「……まあ、とにかくそういうことだから滅多にあの三人は人前に姿を現さないんだ。縁があれば会える筈だからあばいてやろうとか考えるなよ」

「はーい」

 明羽は元気よく返事をする。村の入り口方面へと歩き去る標を明羽と氷呂は見送る。

「明羽。何考えてるの?」

「暴かなけりゃいいんだねって、考えてる」

 氷呂がため息をついた。


 畑からの帰り道。氷呂は手の中でコロコロと転がる白い綿に始終ニコニコと笑っていた。

「それしか採れなかったのに嬉しそうだね。氷呂」

「嬉しいに決まってるよ。これは村で綿花が栽培できるって証明なんだから。今はこれだけだけど。楽しみにしてるね。明羽」

「頑張る」

「糸をる為の糸車を作らなくちゃ。布がたくさん織れるようになったら染色もしてみたいなあ」

「気が早いなあ」

 夢の広がる氷呂に明羽は苦笑する。

「で、明羽はこれからトリオを探しに行くの? 行くなら私も一緒に行くけど」

「うん。行こう」

 明羽と氷呂は一度家に帰って希少な綿花を大事に大事に棚に仕舞って、再び村の中へ繰り出す。歩きながら作戦会議をする。

「普段村で過ごしてて出会ったことがない以上、いつも通りにしてたって会えないよね」

「村の中で私達が行く場所って大体決まってるから。あまり行かない方へ行ってみようか」

 中央広場に差し掛かって明羽と氷呂はは立ち止まる。

「いつも行かない場所かあ」

「普段通ってる場所をまずあげてみる?」

「私は家に畑に中央広場」

「私は機織り機を置かせてもらってる集会所、それに村の入り口、夏芽なつめさんの診療所」

「偶に村長の家、標と夏芽さんの家、倉庫側も通ることはあるけど」

「私達思ったより村の中で行かないところたくさんありそうだね」

 意外な事実に明羽と氷呂は自覚する。自分達はまだまだ村のことを知らないのだと。湧き上がってきた好奇心に明羽は身震いする。

「氷呂。行こう。トリオを探しつつ探検だ!」

「子供みたいなこと言って」

 そういう氷呂も笑っていた。明羽と氷呂はまず村の入り口へと足を向ける。村長の守りがあるとはいえ、村は外側に行く程に砂の侵入を阻むように建物が密集する基本に忠実な造りになっている。そんな中、少しだけ広くなっている村の入り口は明羽と氷呂にとってすっかり見慣れた場所だった。

「近くに車庫がある筈だけど」

 ふたりは辺りをウロウロと歩き回る。

「あの大きさのものを仕舞うんだからそれなりに大きい筈なんだけどな」

「明羽」

 氷呂が小道の入り口に立っていた。

「こっちの奥」

「え? その道? 確かに村の外周にあるにしては広い道だけど車が通るには狭くない?」

 ふたりは揃って道を入っていく。曲がり角を抜けると鉛色の目がこちらを見据えていて明羽は思わず氷呂の後ろに隠れてしまう。それが点灯していない車のヘッドライトであることに気付いた明羽は少し恥ずかしそうに氷呂の背から出た。

「ビックリした……」

 幌の取り払われた車が二台仲良く土造りの箱の中に並んでいた。

「ここだけ少し広く造られてる」

「車を出し入れするのに必要だからだろうね」

「でも、それにしてはやっぱり狭くない? この広さで車の出し入れって出来るもんなの? 車は道やらなんやらに合わせて形変えられないのに」

「でも入ってるし」

「そうなんだけど」

「標さんの運転技術の賜物たまものなんだよ」

 氷呂も感心していたが明羽はそれ以上に標を見直した。

「標。すげえ」

「車庫がここにあるのは分かったね」

「うん」

「近くが倉庫だよね。行ってみよう」

「うん」

 明羽と氷呂は歩き出す。住居とほぼ大きさは変わらなかったが住居とは違い、大きな扉が備え付けられた建物が数戸並ぶ前で明羽と氷呂は立ち止まる。天井付近に僅かばかりの明かり取りの窓が設けられているだけの建物のかんぬきをふたりで抜く。両開きの戸がゆっくりと開く。

「開けちゃってよかったかな?」

「中を見るのは初めてだね」

「わ。暗い」

「天気も悪いからきっと普段以上に暗いね」

 せめてと両開きの戸を目一杯広く開けておく。

「目が慣れてくればもう少し見えるようになると思うんだけど」

 ふたりは奥へ立ち入っていく。

まきだ。角材もある」

 入り口付近の壁は薪が一面を占め、その側にちらほらと大小の角材が積まれていた。

「そうだよね。囲炉裏や篝火かがりびかまどにだって使う。気にしたことなかったけど誰かが調達しに行ってるんだよね。この辺とか新しそう」

 明羽と氷呂は蓄えられている諸々を蹴飛ばさないように更に奥へと進む。

「最近って言うともしかしたらこれもトリオが調達して来たのかも。明羽。私達もっと節約しなくちゃ」

「うん。でも氷呂は十分倹約家だと思うけど。私も気を付ける。あ」

 明羽は一番奥に麻袋が積まれているのを見つけて近付いた。中身は想像がついていたが少し覗くつもりで明羽はその口を小さく開く。するとザララッと金色の粒が零れて明羽は慌てた。

「あわわっ」

「何やってるの。明羽」

 大して焦った風もなく氷呂が麻袋を支えて、明羽は落ちてしまった小麦を丁寧に拾って元に戻した。麻袋を綺麗に積み直し、明羽は口元を綻ばせる。

「なあに? ニヤニヤして」

「いやあ。いつの間にかここまで蓄えられるまでになってたんだなあって思って」

「明羽と畑のみんなの頑張りのお蔭だね」

「えへへ。ん?」

 麻袋の後ろに明らかに質感の違うものが見えて明羽は覗き込んだ。

「なんだこれ。あ」

「それ」

「お酒だ」

「お酒だね」

「女衆に没収されたやつかな?」

「にしてはこの位置は隠しているようにしか見えないような」

「女衆が男衆に見つからないように隠してるのかも」

「ああ。有り得そう」

「なんにせよ」

「元に戻しておこう」

「そうしよう」

 男衆が隠したにせよ女衆が隠したにせよ、ふたりは酒瓶を元の位置に戻し、見なかったことにする。

 明羽と氷呂は暫く村の外側に添うように歩いていく。密集する建物に人ひとりがやっと通れる細い路地。薄暗いのは天気が悪いだけが原因ではないだろう。少しずつ道をずらして渦を巻くように最終的に中央広場に辿り着く算段をしながら明羽と氷呂は歩いていく。意図的に作られたのか偶然なのか狭い路地の途中には少しばかり道が広くなった場所があり、そこでは家が近くの子供達が度々遊んでいるのに明羽と氷呂は遭遇する。遊ぶ子供達に遭遇すると明羽と氷呂は嵐のように遊びに巻き込まれ、子供達が満足するまで付き合わされた。その度に気持ちの追い付かない明羽は開放される度に暫し放心状態で村の中を歩く羽目になった。明羽がふらふらしながら道を行った先にそれは突然現れる。俄かに視界が開けたかと思うと真っ先に目に飛び込んできたのは天辺に煙突を生やした建造物だ。

「石窯だ! いつだったかこれでクッキー焼いたよね。焼いたの私じゃないけど」

「あったね。懐かしい。明羽は今、私じゃないって言ったけどあれが実現したのは畑で調味料になる野菜ができたからでしょう」

「まあね」

 明羽は誇らしくて胸を張る。村に石窯はここにしかないのでパンを焼く時は行列ができるのだが、側にある調理場を覗き込んでも今は誰もいなかった。明羽と氷呂は村の中の探検を続ける。とある家の前に差し掛かってふたりは立ち止まる。

「標さんと夏芽さんの家」

「夏芽さんは診療所にいるとして、標は今いないみたいだね」

 人気のない建物を見上げていると吹く風に交じって聞こえてきた音に明羽が氷呂よりも早く反応した。

「んん!?」

「明羽!」

 走り出した明羽を氷呂が追い掛ける。道を抜ければはっきりと聞こえてくる繊細に爪弾かれる弦の音。一軒の家の前に小さな人集りができていた。『それ』は娯楽の少ない村の中でしっかりと娯楽として根付いていた。曲が終わり、観客達が拍手を送る。

「ありがとう! みんな!」

 野太い声に先程より大きな拍手が送られた。極太の腕に太く短い指が握るのは半球型の胴、短いさお、ぴんと張られた六本の弦が特徴的な弦楽器。筋骨隆々きんこつりゅうりゅうのおじさんから繊細な音楽が流れて来たのを目の当たりにした明羽はがっくりと地面に両手を付いた。

棟梁とうりょう――――――――――――!」

 明羽の心からの嘆きに棟梁は首を傾げた。気を取り直して明羽と氷呂は再び村の中を歩く。

「それにしても驚いた。棟梁、素面しらふでも楽器を持ったら性格変わるようになったのかな。寡黙かもくな人だと思ってたのに」

「酔ったら陽気な性格に代わるのは知ってたけど。酔ってるようには見えなかったよね」

「そうだよね。ああ。練習、私も練習しなきゃ……」

 ショックからなかなか立ち直れそうにない明羽の背を氷呂がポンポンと叩いて慰める。そのまま歩き続けると謝花の家の前に差し掛かる。

「おや。明羽ちゃんと氷呂ちゃんじゃないか」

「こんにちは」

「こんにちは」

「こんにちは。ふたりがウチの前を通るなんて珍しいわね」

「ちょっと散歩中というか」

「村の中を見て回ってるんです」

「今更って思われるかもしれないけど」

「そんなこと思わないわよー。ね、あんた」

「ああ」

 謝花の両親の顔は朗らかでその幸せそうな顔に明羽と氷呂は安堵する。そして、明羽は少しの切なさも覚える。

「謝花は?」

「あの子は今夏芽ちゃんのところに行ってるわ」

「いろいろ勉強しているようだ」

 明羽と氷呂は謝花の両親に別れを告げて再び歩き出す。

「ふたり共すごく幸せそうだったね」

「そうだね」

 明羽は氷呂に手を握り返されて自分から氷呂の手を握っていたことに気付く。

「……おばちゃんのこと思い出しちゃった」

「私もだよ」

 明羽はぼんやりとオニャとキナの顔を思い出す。

「明羽」

「うん」

「南の町で過ごしていたことが私の中で過去になりつつある気がするの」

「うん」

「少し、怖い」

「うん」

 寂しさが胸を突き上げて明羽は氷呂の手を握る手に少し力を込めた。

「でも、忘れない」

「うん。そうだね」

 手を繋いだままふたりは自分達の家の前を通り掛かる。通り過ぎ様に明羽と氷呂は少しだけその家を仰ぎ見た。少しだけ仰ぎ見て通り過ぎ、見慣れた通りに立ち止まる。

「どうする? あっちに行ったら中央広場だけど」

「まだあっち行ってないよね。行こう。氷呂」

「うん。行こう。明羽」

 明羽と氷呂は中央広場へ続く道を横断する。歩いていくと家二軒分をぶち抜く大きさの建物が見えてくる。

「集会所だ」

「ということはここら辺は村長の家の裏当たりだね」

「氷呂。機織はたおり機見てく?」

「そうしようかな」

「あ。明羽。氷呂。入るのはちょっと待ってくれるかい?」

 明羽と氷呂が声に驚いて見れば集会所の入り口にほうきを手にした白髪の少年が立っていた。

「村長!」

「やあ。明羽。氷呂。こんにちは」

「こんにちは」

「何やってるの? 村長」

 明羽の問いに村長は笑う。

「見て分からないかな?」

「あはは。そうだね。村長自ら掃除してるの?」

「そうだよ。私だって偶には働かなくちゃ」

「偶にはってー。村長はずっとみんなの為に働いてるじゃん」

「そうかな? まだまだできることがあるんじゃないかと思ってるんだけど」

「むしろ村長は働き過ぎです」

 氷呂の神妙な顔に明羽は可笑おかしそうに笑い、村長は困ったように笑う。

「まったくだな。もっと言ってやってくれ」

「標! 標もいたんだ」

「いたんだな。これが」

 村長の背後から現れた標の手にも箒が握られている。

「標さんもお掃除ですか?」

「村長が集会所の掃除するっていうから手伝いにな」

 明羽は集会所の中を覗き込んだ。明かり取りの窓はあれど生憎あいにくの天気に集会所の中は薄暗い。

「ふたりで掃除してたの?」

「いや。さっきまでトリオも一緒だったんだが驚異的な勘と反射神経を発揮して逃げてった」

 標の言葉に明羽ははたと何故自分が村の中を歩き回っていたのかを思い出す。

「そうだった。私達トリオを探してたんだ。普通に探検しちゃったよ。油断したなあ」

「探検?」

「普段トリオに会わないから。じゃあ、あんまり足を向けない方に行ってみようと思って村の中を歩き回ってたんだ」

「そんなことしてたのか」

「結構楽しかったです」

「そりゃ、はは。良かったな」

 標がほがらかに笑った。

「そんなに会いたいのか?」

 標に止められるのは分かっていたが明羽は頷く。

「うん」

「そうか。なら、しょうがない。まだ、近くにいると思うから探してみろ」

「いいの?」

 予想に反して許可が下りたことに明羽は目をしばたく。

「明羽に色々聞かれてから少し考えたんだ。村のみんなはさ、トリオが姿を見せないことに慣れちまってるんだよな。わざわざ探したりしないんだ。探し出してでも会いたいと思ってくれる奴らもいるって知ったら、あいつらどんな顔するかなって。ちょっと思った」

 村長がうれいに満ちたため息をつく。

「村の為に一生懸命貢献こうけんしてくれてる三人だというのに。存在感が薄いのは少し寂しいことだね」

「ま、人見知りなのも事実だからお手柔らかにな」

 明羽は自身の胸に手を置いた。

「分かった! 程々にしながら必ず見つけるね」

「では僕達は掃除の続きをしよう」

「はい」

 標と村長に別れを告げて明羽と氷呂は再び歩き出す。トリオを探すことを公然と認められた明羽は意気揚々いきようようと道を行く。

「さて、まだ近くにいるとは言われたけど。どうしよっかな!」

「驚異的な勘と反射神経を持ち合わせた相手だもんね。なんにせよ。まずは見つけなくちゃだね」

「だね」

「捕まえる方法は後で考えようか」

「捕まえるて」

「でも、そうでしょう?」

「まあ、確かに。見つけただけじゃ逃げられるよね。話をするには捕まえなくちゃか」

 さて、どうしようかと明羽と氷呂はいつの間にか立ち止まって揃ってうなっていた。

「悩みの深そうな唸り声が聞こえると思ったら。明羽ちゃんと氷呂ちゃんじゃない。どうしたの?」

 建物の影から出て来た夏芽が明羽と氷呂に近寄る。

「夏芽さんだ」

「あ、ここ診療所の裏ですね」

「そうゆうこと」

「明羽。氷呂」

「謝花」

 夏芽の後ろからワンテンポ遅れて謝花も現れる。

「何かあった?」

 心配そうな顔をする謝花に明羽と氷呂は安心させるように微笑む。

「ちょっとトリオを探してるんだ」

「謝花は勉強はかどってる?」

 謝花が苦虫を噛み潰したような顔になった。

「薬草の種類とかいっぱいあって全然覚えられないのー」

「でも一個ずつ着実に身に着けてるわよ」

「本当ですか!? 夏芽姉様!」

「ええ。この調子でまだまだ色々仕込んでくから。覚悟して」

「は、はい! 頑張ります!」

「すごいね、謝花」

「頑張ってるね」

「えへへ。ところで明羽、氷呂。トリオを探してるって言った?」

「言った」

 明羽と謝花の言葉を受けて夏芽が言う。

「トリオってあの超絶人見知り純血悪魔三人組のことよね? それ以外有り得ないと思うけど」

「夏芽さんは会ったことあるんですか?」

「そりゃ。私は今のところこの村唯一の医者よ。会ったこともあるし喋ったこともあるわよ」

「なんかすごい通り名付いてるね」

「私は話したことはないけど見掛けたことはあるかな」

「ええ!?」

「わっ!」

 明羽が驚いた声を上げ、その声に謝花も驚いた。

「……そんなに驚く?」

「ご、ごめん。自分でも思ったより大きな声出ちゃった。ええ……。でも、謝花と私達って村に来た時期あんまり変わらないよね?」

「明羽ちゃんと氷呂ちゃんってまだトリオに会ったことないの? 見たこともないの?」

「ないんです。だから今トリオが村にいるって聞いて。探してるんです」

「なるほどね~」

 夏芽が考えるように顎に手を置いた。

「しかし、一度も見たこともないっていうのは妙な話ね。避けられてるんじゃない?」

 夏芽は笑ったが明羽はショックを受けた顔になる。

「あ、あら? 思い当たる節でもあったのかしら?」

「さっき集会所で標さんと村長が掃除をしているところに行きあったんですけど」

「私達が来るまではトリオも一緒に掃除してたって言うんだよね」

「私達が近付くのに気付いて逃げちゃったらしいんです」

「あらまあ。本格的に避けられてるのね」

「そうなのかなあ?」

 明羽は腕を組んで唇をとがらせる。

「まだ会ったこともないのに。知らないうちに何かやったかな?」

「避けられてるだけで嫌われてる訳じゃないと思うけど」

 夏芽の言葉に謝花が同意を示す。

「明羽と氷呂は嫌でも目立つから」

「あの三人にとってはそれだけでも避けるには十分な理由かもね。あはは」

「笑い事じゃなーい」

 不満だったが夏芽の「嫌われてる訳じゃない」という言葉を信じることにして明羽は顔を上げた。

「ちょっと聞きたいことあるんだけどさ。純血の悪魔の特徴に人見知りとか言われたんだけど、信憑性ないよね?」

「一般的にはそうだと言われてるわね」

 明羽の目が点になった。

「どこの一般!? いやいやいや。だって標が」

「アイツがおかしいのよ」

「ハッキリ言われちゃった。ごめん、標」

 ここにはいない標に明羽は目を伏せた。

「そっか。明羽ちゃんと氷呂ちゃんにとって悪魔って言ったら標が基準なのねえ」

「そうですね。とても頼もしい種族だと思ってます」

「ま、頼もしいのは事実ね。筋力強いし、運動神経良いし、種族特有の力も強い方よね」

「夏芽さんが標を褒めてる。珍しい」

「標を褒めてるんじゃなくて悪魔という種族を褒めてるの。自信過剰なところがあるのは偶に傷よね」

「自信過剰? 誰のこと?」

「まあとにかく。悪魔の特徴にしても、まあ、あの三人は特に顕著けんちょよね」

 夏芽が改めて明羽と氷呂を見下ろす。

「明羽ちゃんと氷呂ちゃんのふたりで捕まえられるかしら」

「え、それはどういうこと」

「ふたりじゃ厳しいってことですか?」

「相手はあの三人だもの」

 夏芽の言い方に明羽と氷呂は黙り込む。トリオを知っている夏芽に言われて明羽は急に自信がなくなってきた。

「よーし。私も一緒に探すわ」

「へ?」

「実のところ私も結構逃げられてるのよね。日頃の鬱憤うっぷんを晴らすいい機会だわ」

 夏芽が準備運動を始める。

「私達は助かるけど」

 明羽が言って氷呂は謝花に目を向ける。確か今夏芽は謝花に色々教えているところではなかったか。氷呂の無言の気遣いに謝花がニコッと笑う。

「私も行くよ」

「でも、謝花」

「夏芽姉様はもう行く気だし」

「確かに」

「それに夏芽姉様いつも忙しいのに私にも時間割いてくれて、少しでも休息になるなら」

「なるほど」

「私も息抜きしたいし」

 こうしてトリオ探しに夏芽と謝花が加わって四人は村の中心へと向かう。広場に足を踏み入れて夏芽は腰に手を当てた。

「さあて。こっからどうやって見つけてやろうかしら!」

「夏芽さん。ノリノリだあ」

「はい。夏芽姉様。目に見えない相手を捕まえるには逃げ場を失くすように追い込むのが一番だと思います」

「謝花?」

 思わぬガチな発言に明羽が謝花に顔を向ける。

「え、そんな本気の心構えだった?」

「やるからには全力でやるよ。侮ってもらっちゃあ困るな。明羽は本気じゃないの?」

「本気です」

 明羽は気を引き締め直した。言い出しっぺは自分なのにこのままではすっかりお株を奪われてしまう。

「いい案ね。謝花ちゃん。でも、それを実行するには四人じゃ難しいわね」

「みんなに協力を求めるとかどうですか?」

「情報がれて本人達に警戒されるのも面倒だわ。できるだけ油断させておきたいわよね」

「油断」

「物騒なことを堂々と言ってんなよ」

 急に割り込んできた声に明羽は振り返る。標がいつの間にか側に立っていた。

「あら、標。褒められないわね。盗み聞きなんて」

「聞かれたくないならもう少しボリューム落として話せよな」

「標。掃除終わったの?」

「終わった」

 標がそこにいる面々の顔を順繰じゅんぐりに見る。

「なんで増えた?」

 渋面じゅうめんの標に明羽は目を瞬いた。公然と認めてもらった筈なのになんだか雲行きが怪しい。

「まずかった?」

「人数が増えるのはあんまりな。事が大きくなるのもよくない。あいつら注目なんてされたら多分死ぬ」

「……そこまで?」

「標さん。それ、もう人見知りの域超えてませんか?」

「そうかもな。まあ、とにかく明羽と氷呂までなら看過かんかできたが夏芽と謝花まで加わっちまったらな。見過ごすことはできないな」

「ええー」

 夏芽は不満を隠さない。

「俺はあいつらのことも守ってやりたい」

「ブーブー」

「けど、明羽と氷呂には頼んだ手前このまま手を引いてくれというのも勝手な話になっちまうから」

「イー!」

「うるせえな」

 標に睨まれて夏芽がそっぽを向いた。

「なので、俺が責任取ってお前達に会ってくれるようトリオに話を付けてくる」

「え、でも、前にそれやっても頷いてくれないだろうって言ってなかったっけ?」

「あの時は俺も乗り気じゃなかったからな」

「標がその気になったらトリオは私達に会ってくれるの?」

「可能性はあると思う。多分」

「多分」

「今から行ってくるからここで大人しく待っててくれ」

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