第3章・湖のオアシス(2)
先程まで人っ子ひとり歩いていなかった大通りは四人が湖を眺めている間に見渡す限りの黒山の人集りに
「い、いつの間に」
「はぐれるなよ」
「うん」
前を
「そこの
「お嬢さん!
「このイヤリングの石を見てごらん! いい色だろう? 娘さんに掛かっちゃあこの大振りの宝石も
「おや? 美人姉妹だね! どうだいお
「安くするよ!」
なんて言われて、
「う~ん」
と悩むようになっていた。
「
「だってー」
「
「なに?」
人でごった返しているにも関わらず大通りに一台の車が走り込んできていた。激しく何度もクラックションが鳴らされる。
「
「何ちんたらしてやがる! 邪魔だ!
車の前でひとりの少女が買ったばかりらしい布の束をばら
「
「
「オアシスによってはこんなに人まで雰囲気が違うんだね」
「そうだね」
隣で同意した
「何見てやがる!」
周囲に向かって
「行きましょう」
「
「ん?」
「
「そう?
「これが一番動きやすい服装だから。それに」
「それに?」
「スカートは
「それ、
「楽しんでるかしら」
「見てる分にはそれなりに楽しそうだけどな」
「
「んー?」
「種、かな?」
「正解! これは
「じゃあ、これを植えたら
「そう。村で栽培できないかな?」
「
「そっか。でも、まあ、これを買うことはきっとないから。忘れて。
「え? なんで?」
「だって、糸はお腹の足しにならないでしょう」
「
「ああ、それにはすごくお金が掛かりそう……」
「それにしてもこのオアシス、色々あるけど布系の割合が多いような」
「昔はそれが特産のオアシスだったのかもしれないね」
「ねえ、
「
「
「
「休憩するにはいい場所ね」
「ちょっと座るか」
四人はオアシス特有の大きな葉が
「いい風ね。あら?」
「
「どうかしましたか?」
「
「あ!」
「
突然走り出した
「これ!
楽器屋の前で
「どうしたの?
「
「意外だわ」
驚きを隠せない
「南の町にいた頃、
「
「はい」
「それでね。
「執念だな」
「
段々と声を小さくして目を泳がせた
「それで、どうしたの?」
「それでも、
「執念だなっ」
先程より声を大きくした
「その努力に
「音が少しズレてたのよね。これでヨシっと」
楽器を返された
「うん。私には分からない!」
「あらー」
「でも、
「そうだね」
「嬉しいこと言ってくれるじゃない」
「
「ん?
「ふっふっふっふっ」
「な、
「お姉さん。かわいい子にはつい
「はい?」
「聞かせて欲しいな。
「へ? へい!?」
「いいな。俺にも聞かせてくれ」
「
「無理! 無理無理無理無理無理! そうだ!
「
「そんなに嫌なの?」
ふたりの様子を見た
「じゃあ、人を呼びましょう」
「……はい?」
「これから
「
「
「すまん。
「もっと頑張ってよ!
「すまん!」
謝る
「
「ええ! さあ、
「本当にやるの?
「大勢の前でやるよりはっ」
「分かったわ。でも、付いて来れる?」
「
半泣きの
『歌を歌いましょう』
風が吹き抜ける。大地から天へと駆け上がる風だ。
『太陽と月が共に昇り、夜の闇を吹き払う
青い空から金の瞳と銀の瞳が見つめている
緑に
この美しい世界で私達は今、共にある
私は願う、この世界が
間奏に入り
『闇が世界を
漆黒に金の瞳も銀の瞳もないけれど
風は歌う、水は静まり、大地は眠る
この美しい世界で私達はいつまで共にあるだろう
私は願う、風が世界を
アップテンポの曲調。透明度の高い
「……この歌。こんな綺麗な歌だったかしら。もっと、こう、おどろおどろしいような印象があったんだけど」
「おどろおどろしい……? それは良く分からんが。歌い手によってこうも印象が変わるもんなんだなとは思った」
「誰と
「育ての親」
「ああ、あの人」
「
急に
「お前、
再びの
「結局、人集まっちゃったわね」
「なかなか良かったぞお! お嬢ちゃん達!」
前に進み出てきたおっちゃんは手に何かを
「なんだあ? 金を投げ入れる入れ物も用意してねえじゃねえか。しょうがねえ嬢ちゃん達だ!」
そう言うとおっちゃんはどこからともなく空き缶を取り出して
「また聞かせてくれ!」
それを皮切りに群衆が次々とその缶にカランカランとコインを投げ込んでいく。
「感動したよ!」
「美しい歌声だった!」
「今日は素晴らしい日だ!」
「楽器はもっと練習した方がいいな。次に期待してるぜ!」
缶の中はあっと言う間に一杯になった。
「ひと
なんて言う
「
「ううん。何でもない。
「
「ごめんなさい! 勝手に!」
「いいんです!」
「あなた様がいきなり楽器を持ち上げられた時はどうなさるおつもりだろうと冷や冷やいたしましたが。演奏を始められて驚きました!」
「ずっと見てたってことかしら?」
男が
「お姉様が「あら? 珍しい。楽器屋だわ」と
「そんなところから!? それなりに離れてたわよ? それに人影なんて見えなかった!」
「隠れておりました」
「隠れ……。なんで?」
「恥ずかしかったからでございます」
商売向いてないんじゃない? という言葉を
「あなた様が、お姉様が、妹様の手にした楽器の調律がうまく行っていないことをズバリ言い当てられて私、ドキリと
男は四人を兄妹だと思い込んでいるようだったが訂正するのも面倒だったので誰も指摘しない。
「音のズレている楽器を店頭に並べていることを知られ、私は恥ずかしかったのでございます」
「でも、出て来たわね」
「出て来ずにはいられませんでした! 感動したのでございます。妹様のあの歌声に!」
男に手で示された
「こちらの妹様の
男のフォローに
「ああ、うん……。それは自分でも認める」
「ありがとうございます。これで決心が付きました」
急に何の話だと四人は男の顔を見つめた。男は勝手に語り出す。
「実は先日。新しい調律師を
あまりにさらりと言ったので聞き流してしまいそうだったが男はハッキリとポンコツと言った。それだけ、
「勤務態度もすこぶる不真面目で。しかし、他に申し込んできてくれる者もおらず、どうしたものかと思っていたところだったのです。
「そうだったんだ。戻って来てくれるといいね」
「ありがとうございます」
「ところでその若い調律師は? 今いないの?」
「今日はまだ来ておりません。無断欠勤です。ですが、二度と来なくて良いと思っております」
「そ、そう……」
店の中を覗き込んでいた
「ところでその楽器」
「これ?」
「とても良いものですよ。持って行かれませんか?」
「え」
言葉に困る
「とても素晴らしい感動と決心をいただきました。なので、半額にいたします。いかがですか!」
「え、え……?」
「えーと。申し出はありがたいんだけど……」
「そうだ! お姉様! あなた様は素晴らしい耳をお持ちだ! ウチで働きませんか?」
「ええ!?」
「どうです? お姉様が引き受けてくださるというなら
「いやいやいや! 今さっき
「もちろん、彼にはこれからも共に働いてもらいたいと思っております。しかし! 彼の耳が
「いかがですって言われても!」
「これを手にすれば妹様は毎日練習ができて、練習できれば腕が上がることは間違いありません! さすれば、さらにあの歌に
「う」
「ぬう」
「およ? やややっ。お兄様っ。何をなさいます!」
「こうゆうところはさすが商売人と言ったところか。残念だが、俺達はこのオアシスの住人じゃないし、楽器を買う
「そうでしたか。それでは、お姉様のことは
「悪いな」
と肩をポンポンと叩く。
「残念でございます」
男はひとり、心の底からしょんぼりと
楽器屋を後にして四人は石畳を歩いていく。
「それにしても
「苦手?」
「
「もちろんよー。むしろ知らない人なんていないんじゃないかしら。種族とか関係なく昔から歌われてきた歌でしょう」
「そうなの?」
「南の町では聞いたことないです」
「南の町で歌う機会があったから練習したって言ってなかったっけ?」
「あの時は選曲も任されちゃって」
「あれには困りました。私達はこの歌しか知らなかったので」
「
「そうだったの。私的には凄く
「つーか。南の町で聞いたことないならお前達はどこでその歌覚えたんだ?」
「どこで……どこでって……。誰かが、歌ってて……」
「そう……。とても、綺麗な声が歌ってて……」
「痛い……」
「ま、いいじゃない。無理に思い出さなくったって。大事なことならきっとそのうち思い出せるわ」
「そうですね」
「うん」
「なんだか今日は空に向かって風が吹いてるわね。段々強くなってるような気もするし。ん?」
「どうしたの?
「ん?」
その黒は見る見るうちに大きくなり、時折内側に光を走らせながらオアシスを
「な、なにあれ?」
「積乱雲だわ」
「せきら?」
また風が吹いた。昼とは思えないその冷たさに
「なになに? 何が起こってるの? 冷たっ」
鼻の頭で
「水?」
「雨だ!」
誰かが叫んだ。次の瞬間、ポポッと地面に小さな染みができたと思ったらドッと真っ黒な空から水が降ってくる。
「
その怒号にも似た声に
「
「
「
「え? え?
「
「そう言われてもな……」
屋根の下には入ったが四人ともずぶ
「どうしたの?
「
「一生に何度か出くわせば大したもんなのに既に三回目か。すごいな。お前達」
「感心してる場合?」
「寒い……」
「
「これ、使っておくんな」
「えーとえーとっ……。ちょっと待って! 体温の上昇が急すぎるっ」
「
「とにかく動かさないようにして、水分補給とか欠かさないようにして。熱が下がるのに三日、その後動けるようになるまで七日は掛かりました」
「そんなに、ここには泊まっていられないわね」
宿の少女に頼み込めば
「……村に帰ろう」
「でも、
「この状況でそんなこと言ってられねえだろ」
「……そうね」
「
宿に戻って
「世話になった」
「え? え?」
今夜も泊まると言っていたお客の急な変更に少女は戸惑う。戸惑っている間に四人の姿は見えなくなっていた。
一台の車が壊れるんじゃないかというスピードで砂漠を
「突っ込むぞ!」
「クソッ」
「……なん、だ?」
「なにが……?」
「今! 今のうちよ。
「お? あ、ああ! そうだな!」
白い獣が空を見上げていた。薄暗い村の中。村長は中央広場で太陽の光が届かない程の茶色に染まる空を見上げていた。白い三角形の耳がぴくりと動く。村長は駆け出していた。村の入り口に一台の黒い車が停車していた。
「
村長が駆け寄っている途中で車のドアが開き、四人が降りてくる。
「四人とも無事……
「何があった?」
「村長。すみません。また後で報告に行きます」
「
「……生きてる」
「三回目。三回目だよ。
「聞・い・て・る・の?」
「聞いてます! 聞いてます!」
「ごめん。
「それを分かってないって言うんだよ」
「ごめんね。
「もう
「うん」
言われるままに目を閉じた
「
「
「大丈夫よ。
子供達から歓声が上がった。
「良かった。良かったよ~」
「あ!
子供の指差した方に皆が顔を向けると、皆がいる方へ向かって歩いてくる
「
「みんな、集まってどうしたんですか?」
「
「あ、すみません。
「あら。じゃあ、出直すわ」
「
「
寄って
「ありがとう。みんな。
「
「え」
思わぬ言葉に
「私は、大丈夫だよ?」
「でも、元気ないよね」
「落ち込んでるよね」
「ハキがない」
「オーラが
断定してくる子供達に
「そう言えば少し顔色が悪いような」
「そんなことないよ」
「
「どれ、
「脈は正常。体温も平熱。でも、そうね。顔色が少し悪いかしら。身体的な不調じゃないなら精神的なものだと考えられるけど」
「そう、ですね。私に
段々と止まらなくなる
「どうしたんだい? みんな集まって」
「あ、ええっと……」
なんと説明したものかと
「
その一言に村長はひとつ頷いた。
「そうだね。
「はい!」
「ところで、
名指しされた三人が背筋を伸ばす。
「時間が経ってしまっていて申し訳ないんだが。君達が帰って来た時のことを聞きたいんだ」
「帰って来た時、ですか?」
「あの時、村の周りは
「ああ! 確かに、
「無理があったのは分かってたんですが。一瞬、死を覚悟しましたね」
「一時的にだが風が
「そうです、そうです。そうなんです!」
「幸運でした」
「アレを君達は自然現象だと思うかい?」
「え」
「まあ、不自然と言えば不自然に感じなくもないですが」
「村に着いた途端、ぶり返したものね」
「
「
「へ」
「
「
「
「そうか。そうだよな。やはり、偶然かな。すまない。妙なことを聞いた」
「いえ」
「早く元気な姿を見せてくれるように
「はい」
白い獣は長い尾を
「村長。あんまり
「でも、俺達に言えることなんて、さっき話したことぐらいしかないよな」
「
「ありがとうございました。
「ああ」
「いやいや。いいのよ」
「
見たものを骨抜きにする笑顔を置き
「ごめん。起こしちゃったね」
「ううん。
「ん?」
「あのね。花って、どんなだろう?」
「花?」
「うん。歌に出てくる」
「ああ。オアシスで歌った」
「うん」
「ちょっと待って」
「それ、どうしたの?」
「村長に借りたの。村長に本はありますかって聞いたら少しだけならって。そしたら貸してくれて」
「いつの間に」
「割と最近だけどね。
「う……。こ、高価なものなのにね」
「ええ。だから本当に数冊あるうちの一冊だよ。それでね。私、南の町で似たような本を貸本屋さんで借りたことがあって」
「え? 同じ本?」
「ううん。内容は似てるけど別の本だね」
「そうだよね。本って基本一点ものだもんね」
「それでね。
「これが、花」
「うん。今はもうどこにもないけど、大昔はきっとたくさん咲いていたんだろうね。それこそ、大地を
「
「うん」
「
「うん」
「
「うん」
「
「うん。
「お願いだから無茶をしないで。行動を起こす時は一歩立ち止まって良く考えて。お願いだから、ひとりでどこかに行ったりしないで」
「うん」
「……言っても、分かんないだろうけど」
「ええ!? いや、今回のことは本当に反省してるよ?」
「そ、そんなに私って信用なかった?」
「信じてるよ。
「だったら……」
「それとこれとは別なの」
「どれとどれ!?」
「寝る……」
「うん。おやすみ。
「おやすみ。
「
「うん?」
「いまいち伝わってないような気がするから言っとくね。
「知ってるよ?」
と
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