第3章・湖のオアシス(1)
「昨日の流星群すごかったね!」
「あんなの初めて見ました」
「あそこまでのはなかなかないわよー。思わず車の外に出て
「ねー。
「見れてた見れてた。フロントガラス越しに見てた」
巻き上がる砂で帯を引きながら車はまっすぐに走り続ける。まっすぐまっすぐ脇目も振らず走り続けて、四人の乗った車は見慣れた嵐の起き続ける地帯を目の前に停止する。
「無理ね」
「無理だな」
「どうすっかなあ」
「村は大丈夫かな?」
「村は村長が守ってるから大丈夫よ」
「村長がって、村を包んでるあの膜があるから大丈夫ってこと?」
「そうよ」
「あんな薄っぺらいので大丈夫?」
「
「えへへ」
「村長の
「村のみんなを見てれば分かるよ!」
「え、何?」
「いいえ。分かってもらえてるならいいわ」
「さて、ここでいつまでも嵐を
そうと決まれば
「
「ん」
「あっちは南の町がある方だね」
「うん」
ふたりは
「おばちゃん達元気かな?」
四人を乗せた車は走り続ける。変わり映えのしない景色に時間感覚が軽くマヒして来た頃、
「見えて来たぞ」
「おお」
遠くから見ているとその大きさが良く分からなかったが近付く程にその大きさが実感できて
「ねえ。ここすごく広いよね?」
「まあ、そこそこな」
意を決して声を出した
「ぅ、わぁ」
目の前に広がった景色に
「
「そうだね。
「本当にオアシスよ。木々が
疑い始めた
「さあて、宿探すか。嵐が弱まるのが先か手持ちの金が尽きるのが先かって感じなんだが。……聞いてるか?」
「ふふ。聞いてないわね」
通り過ぎるもの通り過ぎるもの
「落ちるなよー」
と
車はオアシスの中央へと向かっていく。地面を踏むタイヤの感じが変わって
「砂じゃなくなった!?」
「このオアシスは中に行く程石畳が敷かれてるからな」
「
「そう? すごいとは思う」
「あれ?」
「それにしても何でここまで下りて来たのよ。中央付近の宿は
「まあ、そうなんだが。
「そうね。
「湖!」
「本で読んだことだけはあります」
「あの湖があるからこのオアシスはここまで栄えてるのよ。ここまで大きくなると色々なものが集まるからこのオアシスは特段何かに特化してるとか言えないんだけど。ただね。このオアシスには世にも珍しい特産物があるのよ」
「特産物?」
「なんですか?」
「この湖ではね、捕れるのよ。魚が!」
「さかな?」
「本で見たことだけはあります」
「魚な。あれはなかなかうまいよな」
「うまい!?」
「うまいって何? 食べ物なの?」
「危ないからちゃんと座ってろ」
「
「水の中を泳ぐ生き物だね。でも、私が呼んだ本にも食べることまでは書いてなかったな」
「……本当に食べるの?」
「お? 疑ってんな」
「ね! ね! 信じられないわよね!」
「とにかく宿探すぞー」
興奮した
日が
「想定以上だったな」
「ここまで
「このまま宿見つからなかったら?」
「オアシスで車中泊」
「ええ……」
「最悪の場合の話ね。とにかくもう一軒寄って見ましょう!」
「そうだな。それでダメだったら。外周に戻ってみよう。この時間になってくるとそっちも怪しいが」
気を取り成し、車は再び走り始める。
+++
とある宿屋に四人組の男女が駆け込んだ。
「悪いんだが! 一部屋でいい、空いてないか!?」
駆け込んだひとり、長身黒ずくめの青年を前に
「一部屋なら空いていますが!」
それを聞いた青年の顔が安堵に
「やった!」
青年の後ろでガッツポーズをしたのは色白の美しい女だ。少女はときめいたことなど一切おくびにも出さずにニッコリと営業スマイルを作って鍵を差し出す。
「どうぞ。二階の一番奥の部屋です。夕食はどうしますか? 料金追加でお部屋にお届けすることもできますが」
「いや、近くに食堂はあるか?」
「当宿と同じオーナーが経営している食堂が隣接していますよ」
宿の中を通って直接行けるというのでその道順を教えてもらって、青年は鍵を受け取った。
「二階の一番奥だったな」
「はい」
「よし!
「うん」
「はい」
黒い服の青年と白い肌の女の後をふたりの少女が追い掛けて行く。男と女は恋人同士として、あのふたりの少女は他のふたりとは一体どういう関係なのだろうと受付の少女は四人を見送りながら思った。
+++
階段を上がって一番奥の部屋の扉を開けて、
「四人寝れるだけのスペースがあれば十分だよな。うん」
部屋の一番奥には窓がひとつあり、その下に小さな
「
「宿屋だからな。しかし、
「固い床で
「そうですね……」
それぞれが感想を言ったところで部屋の扉がノックされ、
「はい?」
「失礼します。追加のお布団を持って来たんですけど、開けて貰ってもいいでしょうか?」
声からそれが受け付けで対応してくれた少女であることが分かった。扉を開けると視界一杯の布、布、布。
「失礼します」
その布がゆっくり
「四人だとお三方は床で寝ることになりますよね。これ使ってください」
「ありがとう!」
「
「えっ」
自分と同い年ぐらいだが長い睫毛に縁取られた美しい青い瞳に見つめられて、少女はドギマギする。
「な、慣れてますから。ウチは基本おひとり様用の宿屋なんですが宿代の節約なのか相部屋を希望するお客様も多くて。四人で一部屋を希望したお客様は初めてですが」
少女は目の前の四人の顔を
「あの~。お客様方はどうゆうご関係なんですか?」
「え」
聞かれた四人はお互いの顔を見合わせた。友人知人、同郷、命の恩人、その関係性を表すのに最も適切な表現は何か。
「どうゆう……。そうだな。兄妹、みたいなもんか?」
「うん!」
「ご兄妹でしたか!」
少女は色白の女性と青い髪の少女が姉妹だというのはとてもしっくりくると思った。そう言われて見れば黒ずくめの青年と緑色の瞳の少女もどことなく似ている気がする。
「では、ごゆっくりお過ごしください」
安心した顔になって少女は深々と礼をすると部屋を出て行く。
「なんかすごく納得された気がするんだが」
「そだね」
「ちょっと、
「
「正確なところは分からないわ。でも、初めてあった時は私の方が背が高かった!」
「本当、いつの間に……」
「お前の目の前で少しずつデカくなった
「飯食いに行こうぜ」
「いらっしゃいませ!」
入り口で立ち尽くす
「四名様ですね!」
店の中の
「ああ」
「四名様ご案内!」
店中に響いた声に忙しそうに働いていた他の店員達がこれまた良く通る声で返事をした。
店内は広く、隅々まで人で埋め尽くされる中を
「すごい
「仕事終わりの宴会に
「みんなすごく楽しそうですね」
「お酒ってそんなにおいしいのかな?」
「頼んでみるか?」
「本気で言ってんの?」
どすの聞いた
「……冗談です」
「お待たせしました!」
「え、もう?」
料理を持って現れたお姉さんに
「お客様を待たせないのが当店の自慢です! 回転率も上がるしね。おっと、でも? 手抜きなんて一切してないよ。さあ、召し上がれ!」
そう言ってお姉さんが置いていった大皿の上に乗っているものを
「目があるよ?」
「取り分けるから皿貸せ」
「これ、何?」
「よくぞ聞いた。これが、魚だ! 正確には焼き魚の野菜あんかけ」
「こ、これが……」
「おい、おいしそうだけどっ」
「内臓は抜いてあるし、
そう言いながら
「いただきます!」
「
「
もぐもぐと口を動かす
「
「
使命感を得て、
「おいしい……」
「おいしいね」
そのおいしさを知ってしまった
後から焼きたてのパンもやって来て、まだ残っていた魚の身と野菜の
「
「大丈夫よ。野菜の
「食後酒なんていかがですか~?」
皿が空になるのを
「あー。いや。悪いが酒は……」
「いいえ! いただきましょう!」
「え……」
「ありがとうございます。軽めの果実酒ですが女性にも男性にも楽しめる
「じゃあ、一杯」
「いやいやいや。待て、
「あんたも飲んでいいわ。許す!」
「ええ~……」
食前では乗り気だった
「
「今日はもう車も運転しないですし。いいんじゃないですか?」
「いや、そういう問題じゃないんだよ」
「え、何?
「指摘されたこともないからそんなことはないと思うが。なんで楽しそうなんだ?
「いや~。笑い
「すみません。
面白がる
「俺がどうのというよりな。なんと言えばいいのか……」
「じゃあ。お言葉に甘えさせてもらって。飲むぞ。
「ええ!」
「おいしい!」
悩んでいることを忘れるぐらいにおいしかったらしく、
「え、どうしよう。本当においしい。一本買って帰ろうかしら」
「そんなに?」
「
「ん?」
その瞬間、
「ん? んんん?」
「うん」
「な、
「ああっ! 覚悟してたのに。やっぱりダメだった!」
「お前が良い
「うわっ」
「
「な、なにそれ!」
「耳が……」
「
「む、ムズムズする」
「
「え?」
「え?」
「えっと……。そうだね」
「思ってもないことを口にするなって
「そうだね。ごめん」
「
「そうですね。
「この声聞いて平気でいてくれるのは
「その時は
「えー。いいなー」
「ダメよ」
「何がダメ?」
「私なら本当に平気ですよ」
「悪魔の飲み会になんて参加しちゃダメよ」
「なるほど。こうなるのって
「そうゆうこと。正しく悪魔の
「やめておきます」
「そうか。残念だな」
標の声にぞわぞわと背中を何かが駆け抜けて
「悪魔の
「ん? どうした。
「あああぁ! もう限界!」
「あんたもう
「ええ~」
「
「返事!」
「はい」
「お会計!」
八つ当たり気味の
「おかえりなさい。どうでしたか? お口に合いました?」
「すごくおいしかったよ!」
全力で答えた
「良かったです。あ、そうだ。宿に宿泊なさってるお客様が食堂でお食事なさるとお食事代が半額になるんですけど……」
言って、少女は最初に言っておくべきだったと四人の顔を見て思った。それほどに衝撃的な顔をしていたのだ。主に
「どうにかならないか!?」
「返金いたしましょう!」
部屋に戻ると
「あんたの声も役に立つ時があるのね」
「そりゃどーも」
その声はほぼほぼ普段の
「お酒もう抜けちゃったの?」
「一杯だけだったし。そんなに強い酒じゃなかったからな」
あんなのが何日も続くような状態を想像して、
「冗談じゃないわよ!」
力が入ったのか隠していた尻尾がピョンと飛び出す。
「次の日に残るような飲み方したら私があんたを殺すからね!」
「俺は酒を飲むのも
「今日はもう寝るわよ。
「おい。誰が
尻尾を元に戻していた
「あんたに決まってるでしょう? 何?
「俺が悪かった」
「足出っ張っちゃてるね」
「まあ、問題ないさ」
肩を
「じゃあ、明かり消しますね」
「水が流れてる?」
「湖から聞こえて来てるのよ。あれだけ大きくなると波が立つから。夜になると結構遠くまで聞こえたりするのよね」
「へえ」
「湖。見に行きたいな」
「今行っても真っ暗なだけだよ。
「明日にしましょうね」
「うん! 明日!」
楽しみだと、待ちきれないと言わんばかりに
「もう、
「楽しみだね。
「そうだね」
小さく笑った
夜明けと共に目を覚ました四人は湖を見に行く為に受付に降りて来ていた。まだ、ひんやりと冷たい空気の中、少し厚着をした少女が早起きな客の為に受付に待機していた。
「おはようございます。観光ですか?」
「ああ、湖を見に行ってくる」
「何か?」
「は、へっ? いいえ! なんでも! 今日もご利用ですね?」
「ああ。そのつもりなんだ。よろしく頼む」
「はい。承知いたしました。いってらっしゃいませ!」
四人の姿が見えなくなって少女は営業スマイルを引っ込める。
「昨日の夜はあんなに魅力的に見えたのに……」
「ねえねえ。このまま下って行ったら湖の側に出られるかな?」
「そうだな。基本的にどこからでも近付けたと思……」
「行ってくる!」
「ぐえ」
「あ、ごめん。
「だ、大丈夫」
「ひとりで走って行かないで。はぐれると困るから」
「はい」
立ち止まった
「湖まで競争よ!」
「え……ええ!?
「よっしゃ! 負けないよ!」
「
「おーい。あんまりはしゃぐなよ。近所迷惑……」
途中まで言って
「……
「ほーら。
真っ白なきめの
「なんで、俺が、一番、疲れてんだ?」
「はあ。走ったー」
「いい運動になりましたね」
日が少しずつその高度を上げ始めていた。
「うあああぁぁ、もう! なんでみんな私を置いていくんだよー! 悔しい! 飛んだら私が一番……」
「今、自分がどこにいるか忘れた訳じゃないよな? 言葉には細心の注意を払え?」
「ごふぇんなさい」
「何やってるんだろう」
「漁だな。魚を捕ってるんだ。気温が上がると魚は影に隠れるからな。今が漁をするには一番いい時間なんだ」
魚と言われて
「っっっ!? こ、こ、これ! さかっさかなっ!」
「ああ。魚だな。昨日俺達が食ったのもこの湖で採れた奴だからな」
「ごめん、ごめんよ。私は昨日、君の仲間を食べてしまったよ……」
けれど魚は尾ヒレをひらめかせ、
「動いてる……。泳いでる……。生きてる……。うーん……」
「私、思うんだ」
「ん?」
「世界で一番美しい生き物は聖獣だと思う」
「……そう」
「うん。
「いきなりどうしたの?」
「思ったから言っとこうと思って」
「そう」
「いいわねー。私も一度は言われてみたいわー」
「悪い……。
「別にあんたに言って欲しいなんて思ってないわよ」
「はあ。嵐、早く弱まらないかしら」
「……う~ん。まだ、かなあ?」
「
「へ?」
「な、なに?」
「なに? はこっちのセリフよ」
「
「
「あ、あれ? 私、なんでそう思ったんだろう?」
「まあ、いいわ。
「でも、手持ちはあまりないからよっぽどじゃないと買い物はしないわよ。そのつもりでね」
「ハーイ」
「はい」
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