第2章・砂漠の盗賊(3)

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「ああ!? 乗り込んじゃった!」

 助手席から双眼鏡を覗き込んでいた夏芽なつめが叫ぶ。黒い車の集団が地平線の上に乗って見える位置に停車する車の中。しな夏芽なつめそろって双眼鏡を覗き込んでいた。幌を取り払いオープンになっている車の運転席でしなあごの下に流れてくる汗をぬぐう。

「どうする? 助けに行くか?」

「いいえ」

 以外にも夏芽なつめは否定した。

「今回のことはあの子達がまねいた結果よ。少し、様子を見ましょう」

「……無理してないか?」

「してないわ!」

 夏芽なつめの強がりにしなはそうゆうことにしておくことにする。

「あ! 動き始めたわよ。しな!」

 黒い鉄の群れが大型のトラックを中心にゆっくりと動き始めていた。

「さあ! 追い掛けるわよ。付かず離れず!」

「うすっ」

 しなはゆっくりとアクセルを踏み込んだ。


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 コンテナの中は中央を通路に左右にふたり掛けの椅子が整然と並べられ、明羽あはねの予想通りに老人と子供ばかりが空き椅子なく座っていた。天窓からあふれんばかりに降り注ぐ光に人々の表情が良く見える。今、明羽あはね氷呂ひろおそれと恐怖、警戒心に満ちた目にさらされていた。特に老人達からの目線がするどい。外にいる明羽あはねを代わる代わるのぞき見てきた好奇心に満ち満ちた目とのあまりの差に明羽あはねは目をしばたいた。

「ほら。行け」

 お頭にうながされ、明羽あはね氷呂ひろれるコンテナの中、最奥さいおうもうけられたコの字型の席に座らされる。明羽あはね氷呂ひろが座ると通路を塞ぐようにお頭が明羽あはね氷呂ひろの前方に座った。誰も明羽あはね氷呂ひろを見てはいない。けれど、意識は間違いなく明羽あはね氷呂ひろに向けられていた。そこにいる誰もが明羽あはね氷呂ひろを意識していた。恐怖に不安に嫌悪けんおがコンテナの中に満ちていた。明羽あはねはふと気付く。そういえば、自分達を人間じゃないと知った人間と真正面から対峙たいじするのは初めてのことだと。重い沈黙に明羽あはね氷呂ひろが黙っていると、ガタッと前の方で勢いよく立ち上がった老人がいた。

「お頭!」

 その老人は振り返ると唾を飛ばして叫び始める。

「お頭! 亜種を乗せるなんて正気の沙汰さたとは思えませんぞ!」

「俺が狂ってるって言うのかー? そう思われてたとは知らなかった。ちょっとショックだな。でもまあ、俺はそれでも構わねえが」

「い、いえっ! そんなつもりではっ」

 老人がチラリと明羽あはねに目を向けた。明羽あはねは老人を見ていたので必然的に目が合う。と、老人が飛び退すさった。

「ひいっ!」

 明羽あはね怪訝けげんな顔になる。

「私、何もしてないよね?」

「ひぃえ!」

 明羽あはねが言葉を発すると老人はさらに飛び退すさり、転がるように席に座り直した。明羽あはねと老人のり取りにお頭が小さく笑う。

 明羽あはね氷呂ひろを乗せたトラックはゆるゆると進んで行く。天窓の向こうに見える雲一つない青い空と変わっていく光の加減をながめながら「このトラックはどこに向かっているんだろう」なんて明羽あはねが思いにふけっているとすぐ側からため息が聞こえてきた。

氷呂ひろ? 大丈夫?」

「うん。大丈夫」

 氷呂ひろ気丈きじょううなずいて見せたがその顔色はあまりよくない。明羽あはね氷呂ひろの前髪をいた。氷呂ひろが苦笑する。

「本当に大丈夫だよ」

「そう?」

「それにしても。どこに向かってるんだろう? こんな大所帯で。私達を乗せたからって行き先を変えた訳でもなさそう」

「そうだね。聞いてみようか」

「え? 明羽あはね。聞くって」

「ねえ。お頭」

 ギョッと座ったまま何人かが振り返った。お頭は明羽あはね一瞥いちべつくれて小さく鼻で笑う。

「お前達にお頭と呼ばれるのは妙な気分だ」

「だって名前知らないし」

「名乗るつもりはないぞ」

「じゃあ。お頭でいいよね。それともそこのお坊ちゃんって呼んだ方がいい?」

 明羽あはねの発言にコンテナの中がざわつく。

「亜種ごときがお頭に向かってなんて口をっ」

 先程とはまた違う老人が立ち上がり掛けるのをお頭は片手を上げて制す。

「人間の感覚で亜種の年齢は図れない。こんな見た目でももしかしたらとんでもない年月を生きてる可能性だってある。どうなんだ? そこんところ?」

 興味深そうに笑いながら聞いてくるお頭に明羽あはねは首をかしげた。

「ちょっと、言ってる意味が分からない。正確な年齢は分からないけど私も氷呂ひろも十五歳ぐらいだよ」

「年下じゃねえか。だったら坊ちゃん呼ばわりされる覚えはないな」

「じゃあ。やっぱりお頭でいいよね」

 明羽あはねのあっけらかんとした態度にお頭はつまらなそうに肩をすくめる。

「で、どこに向かってるの?」

「答える義理はないな」

「じゃあ、お頭は何歳なの?」

「じゃあってなんだ。じゃあって」

「私達より年上っていうから」

 まっすぐ見つめてくる明羽あはねの緑色の瞳を見つめてお頭は少し考えるようにあごに手をやってから答える。

「十八」

「うっそだー」

 明羽あはねは笑った。

「お頭を嘘つき呼ばわりするつもり!?」

 またまた違う老人が立ち上がり掛けてそれをお頭が手で制す。その様子に明羽あはねは目を丸くした。

「本当に十八歳なの!?」

「そう言ってる」

「……人間だって見た目で年齢はかれないじゃん」

「それは暗に俺が老け顔だと言ってるな。ん?」

明羽あはね

 氷呂ひろにやんわりたしなめられて明羽あはねは笑う。その時、通路をこちら側に向かって歩いてくる人影があった。

「お頭」

 目付きの悪い男がお頭の側まで来て立ち止まる。

「次期に三つ目の補給場所です」

「そうか」

 答えたお頭の表情は暗く、明羽あはねはこそっと氷呂ひろに話し掛ける。

「なんだろう? 何補給するか分からないけど、チャンスかな?」

「そうね。一瞬の隙も見逃さないよう気を張って行こう」

「うん」

 明羽あはねうなずいたがお頭と目付きの悪い男に見られていることに気付いて思わず目を反らす。目付きの悪い男がお頭に何か耳打ちした。お頭が眉間みけんしわを寄せた。

「それは最終手段だな」

「もう大分切羽詰せっぱつまっている状況だと思いますが。盗賊らしく決心する時では? 何の為にこのふたりを乗せたんです?」

「俺がまだっつったらまだなんだよ」

 目付きの悪い男が肩をすくめた。

「まあ、いいでしょう。あなたのその二面性は嫌いじゃありません」

「そりゃ、どうも」

 目付きの悪い男が歩き去って行く。コンテナと運転席につながる扉を開けて目付きの悪い男はその向こうに消えた。機嫌の悪そうなお頭を目の前に「何の相談をしていたのだろう」と明羽あはねは思う。悪い想像をしてしまって明羽あはねはそれを振り払うように首を振った。間もなく、トラックはゆっくりと停車した。

「来い」

 お頭にうながされて明羽あはね氷呂ひろはお頭の後を追ってコンテナを降りる。明羽あはねは目をしばたいた。眼前に広がる光景はどこまでも広がる砂漠で鉄の群れの黒い車から降りて来る以外の人の気配などまるでない。

「どうゆうこと? 補給じゃなかったのかな?」

明羽あはね。見て」

 氷呂ひろの指差す方に明羽あはねは目を向ける。

「井戸?」

 砂漠のど真ん中に小さな井戸が出っ張っていた。その井戸の中をお頭と目付きの悪い男。それに数人の黒服達が覗き込んでは首を横に振っている。

「……氷呂ひろ。こんな砂漠のど真ん中に井戸があるってどういうことだろう?」

「掘ったんだろうね。あの人達か他の誰かが」

「もうひとつ質問いい?」

「いいよ」

「オアシスでもない砂漠のど真ん中に水ってあるの?」

「あるよ。地下深くに」

「地下深く……。じゃあ、私達の足元のずっと下に水が流れてるってこと?」

「ここにはないね」

「え?」

「昔はあったかもしれないけど少なくとも今はない」

「……そうなんだ」

 氷呂ひろの言っていることに間違いなどないのでつまりあの井戸はれているということだ。だからお頭達は井戸をのぞき込んで首を振っていた。明羽あはねはそこで疑問が浮かんだ。お頭はここに着く前から浮かない顔をしていた。つまり、井戸がれていることを予期していたということだろう。そんなお頭達に明羽あはねは首をかしげる。

「盗賊が水不足って。割と深刻そうだし。どっかから奪うとか考えないのかな」

「私達は誰彼だれかれ構わず襲ってる訳じゃないからねー」

 急に側から聞こえた声に明羽あはね氷呂ひろは飛び上がる。振り返れば明羽あはね氷呂ひろより少しお姉さんといったぐらいの少女が立っていた。

「だ……ん?」

 誰と言い掛けて明羽あはねは違和感を覚えた。氷呂ひろも同様の違和感を覚える。

「あなた……」

 少女は自分の口元に人差し指を立てて笑った。

「アンナ!」

 お頭が明羽あはね氷呂ひろに近付いて来ていた。

「何やってる。自分の車に戻れ」

「はい! お頭!」

 アンナと呼ばれた少女は勢い良く手を上げていた。

「私がこのふたりを見張ります」

「はあ?」

 お頭の怪訝けげんな声に明羽あはねは思わず心の中で同意してしまう。

「何言ってんだ。許可できる訳ないだろ」

「そうだよ。アンナちゃん」

「危険だ」

「なんで志願なんて」

「ならば言わせていただきますが!」

 周囲の黒服達の声をさえぎってアンナは続けて主張する。

「今、この瞬間このふたりを気に掛けていた人は何人いました? 水も大事だけど。ほったらかしにして。こんなんじゃ簡単に逃げられちゃいますよ」

 明羽あはね氷呂ひろはこのトラックに乗り込んだ時と同様に黒い自動車に囲まれているこの状況から逃げ出すのは無理だと早々にあきらめていたのだが。お頭がアンナを見つめて腕を組む。チラリと明羽あはね氷呂ひろを見て、お頭はアンナに目を戻す。アンナの強い意思を秘めた瞳にはかげりひとつ、らぎひとつない。

「……分かった」

「お頭!?」

 黒服達の抗議こうぎの目をお頭は無言で制す。お頭の決定に黒服達はまだ不安そうな顔をしていたが、皆大人しく従った。コンテナの中でもそうだったが明羽あはねは目の前の黒マントをまとった男がこれだけ多くの人から絶大な信頼を得ていることに心の中で感嘆する。この男はどんな人間なんだろうと明羽あはねは興味が湧いてきた。

「とりあえず、今ある水を少しずつ全員に回してくれ。少し休憩後、改めて出発する」

「お頭の決定を全員に回せ」

「応!」

 黒服達が方々へ散って行く。

「さて」

 アンナが明羽あはね氷呂ひろに向き直った。

「私はアンナ。よろしくね」

 屈託くったくのない笑顔に明羽あはね氷呂ひろ目配めくばせする。

「よろしく。アンナ。私は明羽あはね

「私は氷呂ひろ。よろしくね」

明羽あはね氷呂ひろ! よろしくね!」

 本当に嬉しそうに笑うアンナに明羽あはね氷呂ひろは問わずにはいられない。

「アンナ。あの、ひとつ聞いてもいいかな?」

「ちょっと待ってて。ふたりの分の水も貰ってくるから!」

「え……。いや、アンナ!?」

「私達は大丈夫……って行っちゃった」

 見張ると言いながら颯爽さっそうとどこかへ行ってしまったアンナに明羽あはね氷呂ひろ呆気あっけに取られながらも取り合えずその帰りを大人しく待つ。アンナは間もなく帰って来た。その足の速さに明羽あはね氷呂ひろ疑念ぎねんはますます増した。

「お待たせ!」

 アンナの手には小さなカップが三つ握られていた。アンナの勢いに負けて明羽あはね氷呂ひろが受け取ったカップの中身には底に薄らと水が張っているだけだった。

「一口分だ」

「ごめんね。今水の補給の目途めどが立たなくて。切り詰めてるんだ」

 アンナが謝ることではないだろうに、その優しい少女に明羽あはね氷呂ひろはカップをアンナに差し出す。

明羽あはね? 氷呂ひろ?」

 不安そうな顔をするアンナに明羽あはね氷呂ひろは安心させるように微笑ほほえむ。

「アンナ。これ、私達に渡すって言ってもらって来てないでしょう」

「う……」

「アンナの分を三つに分けたの? それとも嘘をついた? 私達の為にそんな優しい嘘つかないで。見つかったらアンナが責められちゃう」

「私達のことは大丈夫だから」

「アンナが飲むか、もっと必要な人にあげて」

「でも……」

「アンナは知ってるでしょ。私達が人間よりはるかに丈夫だってこと」

 アンナが勢いよく顔を上げた。

「やっぱり気付いてた? 私のこと」

「まあ、なんとなく」

「やっぱりそうなんだね」

「うん」

 アンナは声をひそめて言う。

「私は聖獣と人間の間の子なの」

 アンナの言葉で疑念は確信に変わる。それにしても何故、こんな人間主義の集まりにアンナがまぎれ込んでいるのか明羽あはねは疑問に思わずにはいられない。

「お頭は知ってるよね?」

「副団長も知ってるよ。他の人達はこのこと知らないんだ。だからかな。お頭と副団長。私が明羽あはね氷呂ひろの見張りに付くなんて我儘わがまま聞いてくれたのは。ここには私しかいないから。私しか人間じゃない種族はいないから。人間じゃない種族と話ができる機会はきっともうこの先ないと思うから。ふたりは私の我儘わがまま聞いてくれたんだと思う。だからね。明羽あはね氷呂ひろのことも悪いようにはしないと思うよ!」

 アンナは力強く言い切った。その後、出発の号令と共に明羽あはね氷呂ひろと共にコンテナに乗り込もうとしたアンナを目付きの悪い男がさえぎった。移動中は変わらずお頭が明羽あはね氷呂ひろを見張ることを告げられた時のアンナは分かりやすくショックを受ける。けれどアンナも簡単には引き下がらなかった。今後車を降りる度に明羽あはね氷呂ひろの見張りには自分がつくことをお頭と目付きの悪い男に確約させて、アンナは自分の車へと帰って行った。コンテナの定位置でお頭が蟀谷こめかみを押さえる。

「アンナの奴……」

「突っぱねちゃえばいいのに」

「お前が言うのか」

 アンナに甘いお頭と目付きの悪い男に明羽あはねは笑う。エンジンがうなり、トラックが再びゆっくりと動き始めた。


   +++


 夏芽なつめは今の今までのぞき込んでいた双眼鏡を下ろす。

「う~ん。さすがにあんなに囲まれた状態から逃げて来い! なんていうのはこくよね」

「自殺行為だな」

「それにしてもなんか親しげに見えたわね。あの女の子と」

明羽あはねだからなあ。すぐに誰とでも友達になりそうだが」

「まあ、そうなのよね。でも、氷呂ひろちゃんが警戒してるように見えなかったのはなんでかしら」

「ま、とりあえず。また動き始めたし。俺達も行くぞ。シートベルトめろ」

「分かったわ」

 夏芽なつめが座席に座るのを確認してしなはアクセルを踏む。


   +++


 ガタガタユラユラとコンテナはれる。その心地良いれに明羽あはねはうつらうつらし始める。

「うぅ……」

明羽あはね。寝ていいよ。ほら、寄り掛かって」

「でも……」

「いいから」

 氷呂ひろ明羽あはねを抱き寄せる。頭が氷呂ひろの肩に乗って明羽あはねは一瞬だけ眠気と戦ったが反抗むなしく重い目蓋まぶたを下ろした。明羽あはねはすぐに小さな寝息を立て始める。あんな長距離を飛んだのは初めてのはずだから疲れて当然だと氷呂ひろ明羽あはねの前髪をいた。氷呂ひろ氷呂ひろで不意に出そうになった欠伸あくびこれえる。

「仲がいいんだな」

 お頭が頬杖をついて明羽あはね氷呂ひろを見ていた。氷呂ひろは答えるべきかどうか少し迷ってから答える。

「ええ、まあ。明羽あはねと私はずっと一緒でしたから」

幼馴染おさななじみって奴か。にしては種族が違うようだが」

 氷呂ひろは慎重に言葉を選ぶ。

「そう見えますか?」

 はぐらかすように答えた氷呂ひろにお頭は不敵に笑う。

「勘だがな」

「そうですか」

 これで話は終わりと言わんばかりに氷呂ひろはそっぽを向く。明羽あはねに起きる気配はない。氷呂ひろ明羽あはねの左耳の後ろで結ばれた髪を時々愛おしそうにでた。結び目に刺さる髪飾りに付いた涙型の緑色の石がれる。似たような形にけずり出された青色の石が氷呂の手首でれるのをお頭は見た。

幼馴染おさななじみというだけには距離が近すぎないか?」

 お頭の言葉に氷呂ひろは笑う。

「なんだ?」

「なかなかするどいことをおっしゃるんだなと思いまして。明羽あはねは私にとって特別なんです。何物にも代えられないかけがえのないもの」

「それは、友人以上の感情を持ってるということか?」

「そんなんじゃありません。もっと……そう、もっと根源的な話。明羽あはねがいるから私はある。存在している。明羽あはねには大切な役割があって、私はそれを全うできるように支える役割を負っている」

「役割、ねえ。それはどんな役割なんだ?」

 お頭の問いに氷呂ひろは目を見張った。

「なんだ?」

「い、いえ……」

 うつむ氷呂ひろにお頭は眉をひそめる。

「まさか、あんなハッキリ言っといて分からないとかいうんじゃないだろうな」

 目を泳がせ急に不安そうな表情を見せる氷呂ひろにお頭は頭をいた。

「分からない。思い出せない……。でも、確かに、大事な……」

「なんだなんだ寝惚ねぼけてんのか?」

「そうかもしれません……」

 氷呂ひろ明羽あはねの手をそっと握った。ゆらりとコンテナがれた。ゆっくりと落ちる速度にお頭が顔を上げる。

「なんだ?」

 お頭が立ち上がり通路を振り返るのと目付きの悪い男が運転席側から扉を開けるのは同時だった。

「何があった?」

「お頭。狩人です」

 コンテナの中がにわかにさわがしくなる。氷呂ひろ明羽あはねを抱き寄せた。明羽あはね目蓋まぶたが震える。

氷呂ひろ?」

明羽あはね。ごめん。起こしちゃったね」

「んにゃ。大丈夫。何かあった?」

 明羽あはね目蓋まぶたこすりながら身体を起こすとお頭と目付きの悪い男の声が聞こえる。

「狩人? どの狩人だ?」

厄介やっかいな奴です」

厄介やっかい? 飛んでるのか?」

「飛んでないのに厄介やっかいな奴です」

 お頭が苦虫をつぶしたような顔になった。明羽あはね氷呂ひろの顔を見る。

「狩人?」

「そうみたい」

 お頭が通路を歩く。

「会いますか?」

「わざわざ俺達を止めたんだ。用事があるんだろうよ」

 お頭のまとう空気が張り詰めた。その威圧に周囲の人々が委縮いしゅくする。その圧の中、ひとりの老人が自分を奮い立たせて立ち上がった。

「お頭!」

「なんだ?」

 不機嫌そのもののお頭の声に老人は一瞬ひるんだが引き下がらない。

「お頭! ちょうどいいじゃないですか。亜種を渡しちまいましょう!」

「却下だ」

「なんでっ!」

「貴族やら商人に売るならまだしも狩人に渡しても金にならないからだ」

 お頭の言葉に老人は落胆したように座席に沈み込んだ。お頭が明羽あはね氷呂ひろを振り返る。

「お前らはそこから一歩も動くなよ。何なら身じろぎひとつするな。今このトラックの近くにいる狩人は姿を見ただけで人間と亜種の区別が付く」

 明羽あはね氷呂ひろの返事を聞く前にお頭は目付きの悪い男がタイミングよく開けた扉から外に身を乗り出した。けれどコンテナから降りることはなく、そこにいた狩人と同じ場所に立ちたくないと言わんばかりにお頭はギロリと外を見下ろした。

「何の用だ?」

 お頭の見下ろす先に居たのは小柄で細身だが体格は良く、茶色の短毛、細い四本の足に二つに割れたひづめ、盾のように大きな二本の角を持つ動物にまたがったひとりの青年だった。柔らかな砂色の髪を風に揺らしながら人当たりの良い笑顔を顔に張り付ける。

「やあ。お頭さん。元気そうで何より」

「お前も元気そうで残念だよ」

「そんなに目くじら立てなくてもいいじゃないか。僕は君達に危害を加えるつもりなんてこれっぽっちもないんだから」

「何の用だ?」

 お頭は同じ質問を繰り返した。

「せっかちだなあ」

 狩人は笑みを深くする。

「どうにも、気配がね」

「気配~?」

 お頭はわざとらしく胡乱うろんな声を上げた。けれど狩人は全く意に返さない。

「亜種。乗せてない?」

 あまりに確信的な質問だった。けれどお頭もまた一切の動揺どうようを見せない。

「ハッ。なんで俺が亜種なんざを俺と同じ空気を吸える場所に置いとかなきゃならないんだよ」

「ふ~ん?」

 狩人は笑顔を絶やさない。コンテナ側面を狩人は視線でなぞる。一番奥に差し掛かったところで一度止め、今度は周囲にはべる車の群れ中を泳ぎ、また一点で止まる。

「まあ、いいけどね。今回の目的は君達じゃないし。見逃してあげるよ」

「見逃すだ? いちゃもん付ける気満々だな。おい」

「見逃してあげるって言ってるのに。そんなに言うなら調べさせてもらおうかな?」

「……今回の目的だって?」

「話をすり替えたね。でも、いいよ。その質問には答えてあげる。これが面白い噂でさ」

「噂?」

「僕の話をさえぎる?」

 お頭は頬を引きらせながら口を閉じた。

懸命けんめいだね。聞いてよ! 西の町に精霊と人間の間の子がいるんだって!」

 お頭は眉をひそめた。

「……精霊?」

「そう。精霊。笑っちゃうよね。精霊なんて天使の次に伝説級だ。しかも、人間との間の子なんて。もう、笑い話だよ」

「その笑い話を聞いて、お前は西の町に行くって言うのか? 滑稽こっけいだな」

「ああ、お頭さんは精霊どうのこうのより僕が西の町に近付くのを懸念けねんしてるのか。お頭さん達は西側を拠点にしてるんだもんね。ああ、そうだ、そのお頭さん達がなんでこんな南くんだりまで下りて来てるのかそれも気になって止めたんだった。何かあった?」

 お頭が黙っていると狩人は深く深く笑う。

「聞かないでおいてあげるよ。ま、とにかく、予感がするんだよね。腹の底がざわつくような。だから、確かめに行くんだ」

「……引っき回すなよ」

善処ぜんしょするよ」

 まるで重みのない言葉を残し、狩人は振り返ることなく走り去って行った。そのスピードは速い。あっと言う間に小さくなったその背中にお頭は舌打ちする。

「しゅっぱ……」

明羽あはね! 氷呂ひろ!」

 号令を出そうとしたお頭を押し退けて乗り込んできたのはアンナだった。

「大丈夫だった? 今、狩人がいたとか……んぎゅ!」

「出発だ! アンナ、持ち場に戻れ!」

 お頭はアンナを乱暴に見える手捌てさばきでコンテナから追いやった。コンテナの外に投げ飛ばされたアンナはしかし、

「お頭のケチッ!」

 とコンテナの奥にまで響く元気な捨て台詞ぜりふを吐いて去って行った。しばししの後、明羽あはね氷呂ひろは笑う。明羽あはね氷呂ひろだけではなくコンテナの中にやわらかな笑い声がこぼれた。

「アンナを見てると謝花じゃはなを思い出すよ」

「私も」

 なごやかなコンテナの中、明羽あはねはふと視線を感じ、見渡すとこちらを背もたれ越しにのぞく小さな瞳と目が合った。子供は明羽あはねと目が合うと慌てたように引っ込んだ。明羽あはねは首をかしげる。


   +++


「危なかったわね……」

「狩人はこっちに来てないな。大丈夫そうだ」

 夏芽なつめしなが双眼鏡を覗き込んだまま会話する。

「ああ、もう。なんでこんなハラハラしなくちゃいけないのよ!」

「助けに行くか?」

「ま、まだ! まだよ!」

「そうかい」

 今にも発狂しそうな夏芽なつめを尻目にしなは遠ざかって行く狩人に双眼鏡を向ける。その狩人と双眼鏡越しに目が合ってしなはギョッとした。狩人が不敵に笑うのを見てしなは思わず双眼鏡を下ろした。

「……偶然ぐうぜんだよな」

 しなは双眼鏡を覗いていたから狩人を視認できていた。裸眼らがんの狩人が視認できる距離にしな達はいない。

偶然ぐうぜん……」

しな! ほら、行くわよ! 動き出した!」

「お、おう」

 しなは双眼鏡を手放してハンドルを握った。


   +++


 狩人は去ったが不機嫌を隠そうともしないお頭を目の前に明羽あはねはまるで臆さない。

「狩人と仲いいの?」

「お前の目は節穴か」

「ごめんなさい」

 お頭のあまりに低い声に明羽あはねは思わず謝っていた。けれど、黙っていられずに口を開く。

「狩人に渡さないでくれてありがとう」

 お頭が呆れた顔になった。

「お前。話が聞こえてなかった訳じゃないだろう。目だけじゃなくて耳まで節穴なのか?」

 明羽あはねは首をかしげる。

明羽あはね。お頭はお金にならないから私達を狩人には渡さないって言ってたでしょう」

「ああ」

 氷呂ひろのフォローに明羽あはねうなずく。すっかり緊張感のなくなっている明羽あはねにお頭は思わず口走る。

「もっと緊張感を持て」

「緊張感」

「そうだ。緊張感だ。後、危機感もだな」

「頑張る……」

 明羽あはねの返事にお頭は蟀谷こめかみを押さえた。そんな明羽あはねとお頭のやり取りを背もたれ越しに警戒心ではなくあふれる好奇心から聞き耳を立てている者達がいた。

「なんか。聞かされて来た話より全然怖くないね」

「青い子かわいい」

「アンナ姉ちゃんがすごくフレンドリーだったし」

 子供達はうなずき合う。それから子供達は三人そろってそっと背もたれ越しにコンテナの奥をうかがう。コンテナの側面にそなえ付けられた扉の極近くに座る子供達は明羽あはねがコンテナに乗せられる前、目付きの悪い男に吟味ぎんみされている時に代わる代わる顔を出した面々だった。れるコンテナの中、しばらく経って氷呂ひろ明羽あはねに小声で耳打ちする。

明羽あはね。そろそろ本気で逃げ出すことを考えなきゃ」

「そうだね。十分休めたし。氷呂ひろはどう?」

「私ももう大丈夫。後はタイミングだね」

「うん。気張きばらなくちゃ」

 とは言ったものの明羽あはねはすっかり緊張感も危機感も薄れてしまっていて、なんかもうお頭に直接帰るむねを伝えてしまおうかなんて気分になっていた。そんな明羽あはねの感情を察した氷呂ひろ明羽あはねの耳を引っ張る。

「イテテテ」

明羽あはね。言いたくないけどお頭の忠告に私も賛成だわ。緊張感を持って」

「はい……」

 涙目になりながら明羽あはねは痛む耳を押さえた。そんなことをしていたら再びトラックが減速を始め、ゆっくりと完全に停車する。

「なんだろう?」

「チャンスかな?」

 明羽あはね氷呂ひろつぶやく。

「今度はどうした?」

 お頭が通路を振り返る。近付いてくる目付きの悪い男の手には梯子はしごと望遠鏡が握られていた。

「お頭。こちらへ」

 目付きの悪い男は通路の中央辺りまで戻ると梯子で天窓のひとつを押し開ける。

「あの窓開くんだ」

 なんて明羽あはね氷呂ひろと共にその光景を注意深くながめる。目付きの悪い男が開いた窓のふち梯子はしごを立て掛けると、お頭が望遠鏡を持ってそれを上る。

「十一時の方角です」

「う~ん?」

 上半身だけを窓の外に出したお頭がうなる。望遠鏡を覗き込んで何かを見ているらしいことは明羽あはねにも察しはついた。が、

「なんだあ?」

「どうも、商隊が盗賊に襲われてるようです」

「ふーん。……燃料は後どのぐらい残ってたか?」

「そうですね。補給しても良い頃合いかと。食料も備蓄が増えると嬉しいですね。水なんて持ってたらもうけものかと」

「だよな~」

 お頭の声が明らかに楽しそうなものに変わった。梯子はしごを下りながら目付きの悪い男へ望遠鏡を返しつつお頭は指示を出していく。

「少数精鋭。人選はお前に任せる。実働班から選んでくれ。残りは非戦闘員の護衛。周囲への警戒もおこたるな。俺のバイクの用意も忘れるなよ」

「やっぱりあなたも行くんですね」

「当ー然!」

 お頭は楽しそうに笑う。目付きの悪い男はため息をついた。お頭と入れ替わりで目付きの悪い男は梯子はしごを上る。

「伝令!」

 良く通る声がお頭の意向を外の黒服達へ伝えていく。

 トラックに追従していた中の軽トラックの荷台に掛けられていた布が外され、乗せられていた複数台の小型バイクが手際よく降ろされていく。その中にはひと際目立つ大きな一台があった。それに目付きの悪い男がまたがる。

「どうぞ」

 振り返りもせずに言った目付きの悪い男にお頭もまた返事をせずにその後ろにひらりと立ち乗った。お頭が黒服達を見回す。

「遠慮はいらない。奪えるものは奪い取れ! 邪魔するものは殺せ! 行くぞ!」

 車と同様黒塗り一色の大型バイクを中心に複数台の小型バイクと二台の車を殿しんがりにお頭達は走り出す。その場に残される者達がその背にエールを送った。何故か明羽あはね氷呂ひろもトラックから降ろされ、その光景をながめる。

明羽あはね氷呂ひろ

「アンナ」

「やっぱり外に出して貰えたね。見送る時は必ず全員でって暗黙のルールなんだ」

「部外者も入ってていいのそれ?」

 明羽あはねの疑問にアンナは笑う。

「実働隊が出てる間、非戦闘員の私達はおつとめ中のみんなの無事を祈りながら、帰って来た時にすぐおいしいもの食べられるようにご飯の準備したり、怪我した仲間が出た時の為に手当てや薬の準備したり、それから寝床ねどこの用意とかしておくんだ」

「そうなんだ」

「後は基本的には自由時間。心配してばっかりも身体に悪いからね」

「なるほど」

 アンナの話を聞きながら明羽あはねは視線を感じていた。アンナが明るく話しかけてくれる所為せいか最初こそ嫌悪感に満ち満ちた目を向けられていたが今となってはそれも薄まり、根強くこちらをにらんでいるのは明羽達と同じコンテナに乗っていた老人ばかり。けれど、今向けられているのはその老人達からのするどい視線ではなかった。明羽あはねはそちらに目を向ける。明羽あはねと目が合うと小さな影が明羽あはねの目線から逃げるように隠れた。明羽あはねの様子に氷呂ひろは気付く。

明羽あはね? どうかした?」

「うん。ちょっと。ちっこいのに見られてるみたいで」

「ちっこいの」

「ちっこいの」

 氷呂ひろの復唱に明羽あはねうなずく。

「さすが子供達。出会ったことのない種族に恐怖心より好奇心の方がまさってるんだ。呼んで来るね」

「へ?」

「アンナ。そんな無理りみたいなのは……」

 アンナの姿はすでにない。

「早い……」

「早いね……」

 数秒の内にアンナは三人の子供達を連れて戻って来た。

「ほらほら、みんな。こんな機会滅多にないよ。何なら二度とないよ!」

 アンナにうながされるままに付いて来た子供達はアンナの後ろに隠れて明羽あはね氷呂ひろの様子をうかがう。子供達の目に明羽あはね氷呂ひろもまたその様子をうかがった。勇気を振り絞ったひとりが前に出る。

「ほ、本当に亜種なの!?」

「えーと」

「そうだよー」

 明羽あはねが何と答えるべきかと考えている間に氷呂ひろが答えた。子供達が小さな歓声を上げた。敷居が下がったのか他の子供達も前へ出てくる。

「なんの種族なの?」

「私は」

明羽あはね

 天使とうっかり言い掛けた明羽あはね氷呂ひろが制する。なんて無垢むく誘導尋問ゆうどうじんもんだと明羽あはねはスッと口を閉じた。

「さて、なんだと思う?」

 氷呂ひろのクイズ形式に子供達の目がキラキラと輝いた。

「えっと、えっと」

「世界には七つの種族がいるから」

「人間と動物と……後なんだっけ!?」

 七分の一の確率で正解引いちゃうじゃん。とか明羽あはねは思ったのだが、子供達が相談している声を聞きながらそんな警戒しなくてもよさそうだと気を抜いてしまう。

「天使!」

 まさかの正解を叫ばれて明羽あはねは硬直した。それを氷呂ひろがはぐらかす。

「さあて、どうかな」

「ええ? 違うの? 当たってるの?」

「どっちい?」

「さーて、どうかな。試しに他の種族の名前も言ってごらん?」

 子供達が一生懸命種族名を上げていく。なかなか七種族出て来なくて、やっとこさすべての種族の名が出ると、

「みんなかしこいね」

 なんて氷呂ひろが子供達をめた。すると子供達が得意な顔になる。見事に主旨しゅしをすり替える氷呂ひろ手腕しゅわん明羽あはねはぐうの音も出ない。

氷呂ひろ。うまいね」

 アンナまで感嘆していた。


   +++


 明羽あはね氷呂ひろが、というか主に氷呂ひろが子供達と交流を深めている間、目付きの悪い男が運転し、お頭が後ろで立ち乗りする大型バイクは略奪りゃくだつが繰り返される光景に正面から突っ込んでいた。

「なんだ!?」

「何者だ!」

 予想外の乱入者に盗賊達が驚いた。

「気にするな! お前達に名乗るような名前は持っていない!」

 小気味いいお頭の啖呵たんかを皮切りに追従していた黒服達が銃とナイフを持って盗賊達を蹂躙じゅうりんしていく。そこには容赦ようしゃ慈悲じひ躊躇ちゅうちょもなかった。あまりにも一方的な殺戮さつりくが繰り広げられる。

「なんだこいつら!?」

「狂ってやがる!」

「逃げろ!」

 盗賊達が奪った荷物も投げ捨てて次々と逃げ出していく。

「見逃しますか?」

「いや。例外はない」

「三時の方向!」

 目付きの悪い男の指示に近場にいた数人が小型バイクを走らせた。

「あちらは大丈夫でしょう」

「そうだな。残党に注意しつつ使えそうなものを頂戴ちょうだいしていくぞ」

 残った黒服達が応じて散って行く。お頭もゆっくりと現場をり歩く。逃げ場のない砂漠で盗賊に襲われた商隊の有様はひどいものだった。商人達が乗って来たであろうトラックはひとつ残らず火が放たれ使い物にならなくなっている。タイヤの燃える嫌な臭いが周囲に立ち込めていた。離れたところの一台が今まさに爆発炎上する。

「長居はできないな」

「お頭」

「うん?」

 呼ばれて振り返ると目付きの悪い男がお頭にこちらへ来るようにうながした。お頭が付いて行くとそこには青い顔で座り込む男がいた。

「生き残りがいたのか」

「この商隊をひきいていた者のようです」

「盗賊のダブルブッキングとか……。なんか、もう、むしろツイてるような気がしてきた……」

 半泣きで自嘲じちょう気味に笑っていた商人がガバッと地面にする。

「やっと、やっと! 目途めどが立ったのに! やっと、これからは故郷を拠点に、他と取引繰り返しながら地盤じばん固めて流通広げて、少しでもみんなの暮らしが楽になるようにって! まだ、始まってもいないのに……。終わった……。ここまで成るのにだって随分ずいぶんな時間が掛かっちまったのに……」

「お頭!」

「うん?」

 背後からの黒服の声にお頭が振り返る。

「お師匠様ー!」

 お頭の側を小柄な影が勢いよく駆け抜けた。お頭はその影を目で追い掛ける。商人に抱き付いた青年がひとりオイオイと泣いていた。

「お師匠様! 良かった! 生きてた! 生きてた!」

 絶望のふちにいた商人の瞳にゆっくりと光が戻ってくる。

「お、お前……」

「ずっと隠れてました……。ごめんなさい! ごめんなさい!」

「い、いいよ! 全然! 無事でよかった……。お前だけでも」

「他にもいますよ! でも、怪我してる奴もいて……」

 お頭が振り返る。青年を連れて来た黒服がうなずく。

「命に別状はなさそうですが出血が少しひどい者が何人か」

「そうか」

「お師匠様! まだ、まだですよ! 行きましょう!」

 青年が涙でボロボロの顔で勢いよく立ち上がる。

「と、盗賊がなんぼのもんじゃい! い、一度は逃げたが二度目は逃げないぞ! 俺達は行くんだ! 西の町に!」

 青年の言葉に商人がその瞳に涙を浮かべてうなずいた。

「そうだな。行こう。まだ、あきらめられないよな!」

「……西の町?」

「ひゃあ!」

 お頭のつぶやきに青年は立ち上がり掛けた商人に飛び付いた。商人は再び地面にする羽目になった。

「お前達の目的地は、故郷は西の町なのか?」

「だ、だったらなんだー!」

「お頭。怪我人を本隊の方に連れて行きます」

「ああ。先生にてもらえ」

 黒服が応じると駆け去って行く。商人と青年が目を丸くして困惑したように固まった。そんなふたりの目線に合わせるようにお頭はしゃがみ込む。

「さて、おふたりさん。相談なんだが」

「そ、相談?」

 お頭がニッと笑い、商人と青年はお頭の話を聞きながら始終しじゅうポカンと口を開けていた。

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