第2章・砂漠の盗賊(3)
+++
「ああ!? 乗り込んじゃった!」
助手席から双眼鏡を覗き込んでいた
「どうする? 助けに行くか?」
「いいえ」
以外にも
「今回のことはあの子達が
「……無理してないか?」
「してないわ!」
「あ! 動き始めたわよ。
黒い鉄の群れが大型のトラックを中心にゆっくりと動き始めていた。
「さあ! 追い掛けるわよ。付かず離れず!」
「うすっ」
+++
コンテナの中は中央を通路に左右にふたり掛けの椅子が整然と並べられ、
「ほら。行け」
お頭に
「お頭!」
その老人は振り返ると唾を飛ばして叫び始める。
「お頭! 亜種を乗せるなんて正気の
「俺が狂ってるって言うのかー? そう思われてたとは知らなかった。ちょっとショックだな。でもまあ、俺はそれでも構わねえが」
「い、いえっ! そんなつもりではっ」
老人がチラリと
「ひいっ!」
「私、何もしてないよね?」
「ひぃえ!」
「
「うん。大丈夫」
「本当に大丈夫だよ」
「そう?」
「それにしても。どこに向かってるんだろう? こんな大所帯で。私達を乗せたからって行き先を変えた訳でもなさそう」
「そうだね。聞いてみようか」
「え?
「ねえ。お頭」
ギョッと座ったまま何人かが振り返った。お頭は
「お前達にお頭と呼ばれるのは妙な気分だ」
「だって名前知らないし」
「名乗るつもりはないぞ」
「じゃあ。お頭でいいよね。それともそこのお坊ちゃんって呼んだ方がいい?」
「亜種ごときがお頭に向かってなんて口をっ」
先程とはまた違う老人が立ち上がり掛けるのをお頭は片手を上げて制す。
「人間の感覚で亜種の年齢は図れない。こんな見た目でももしかしたらとんでもない年月を生きてる可能性だってある。どうなんだ? そこんところ?」
興味深そうに笑いながら聞いてくるお頭に
「ちょっと、言ってる意味が分からない。正確な年齢は分からないけど私も
「年下じゃねえか。だったら坊ちゃん呼ばわりされる覚えはないな」
「じゃあ。やっぱりお頭でいいよね」
「で、どこに向かってるの?」
「答える義理はないな」
「じゃあ、お頭は何歳なの?」
「じゃあってなんだ。じゃあって」
「私達より年上っていうから」
まっすぐ見つめてくる
「十八」
「うっそだー」
「お頭を嘘つき呼ばわりするつもり!?」
またまた違う老人が立ち上がり掛けてそれをお頭が手で制す。その様子に
「本当に十八歳なの!?」
「そう言ってる」
「……人間だって見た目で年齢
「それは暗に俺が老け顔だと言ってるな。ん?」
「
「お頭」
目付きの悪い男がお頭の側まで来て立ち止まる。
「次期に三つ目の補給場所です」
「そうか」
答えたお頭の表情は暗く、
「なんだろう? 何補給するか分からないけど、チャンスかな?」
「そうね。一瞬の隙も見逃さないよう気を張って行こう」
「うん」
「それは最終手段だな」
「もう大分
「俺がまだっつったらまだなんだよ」
目付きの悪い男が肩を
「まあ、いいでしょう。あなたのその二面性は嫌いじゃありません」
「そりゃ、どうも」
目付きの悪い男が歩き去って行く。コンテナと運転席に
「来い」
お頭に
「どうゆうこと? 補給じゃなかったのかな?」
「
「井戸?」
砂漠のど真ん中に小さな井戸が出っ張っていた。その井戸の中をお頭と目付きの悪い男。それに数人の黒服達が覗き込んでは首を横に振っている。
「……
「掘ったんだろうね。あの人達か他の誰かが」
「もうひとつ質問いい?」
「いいよ」
「オアシスでもない砂漠のど真ん中に水ってあるの?」
「あるよ。地下深くに」
「地下深く……。じゃあ、私達の足元のずっと下に水が流れてるってこと?」
「ここにはないね」
「え?」
「昔はあったかもしれないけど少なくとも今はない」
「……そうなんだ」
「盗賊が水不足って。割と深刻そうだし。どっかから奪うとか考えないのかな」
「私達は
急に側から聞こえた声に
「だ……ん?」
誰と言い掛けて
「あなた……」
少女は自分の口元に人差し指を立てて笑った。
「アンナ!」
お頭が
「何やってる。自分の車に戻れ」
「はい! お頭!」
アンナと呼ばれた少女は勢い良く手を上げていた。
「私がこのふたりを見張ります」
「はあ?」
お頭の
「何言ってんだ。許可できる訳ないだろ」
「そうだよ。アンナちゃん」
「危険だ」
「なんで志願なんて」
「ならば言わせていただきますが!」
周囲の黒服達の声を
「今、この瞬間このふたりを気に掛けていた人は何人いました? 水も大事だけど。ほったらかしにして。こんなんじゃ簡単に逃げられちゃいますよ」
「……分かった」
「お頭!?」
黒服達の
「とりあえず、今ある水を少しずつ全員に回してくれ。少し休憩後、改めて出発する」
「お頭の決定を全員に回せ」
「応!」
黒服達が方々へ散って行く。
「さて」
アンナが
「私はアンナ。よろしくね」
「よろしく。アンナ。私は
「私は
「
本当に嬉しそうに笑うアンナに
「アンナ。あの、ひとつ聞いてもいいかな?」
「ちょっと待ってて。ふたりの分の水も貰ってくるから!」
「え……。いや、アンナ!?」
「私達は大丈夫……って行っちゃった」
見張ると言いながら
「お待たせ!」
アンナの手には小さなカップが三つ握られていた。アンナの勢いに負けて
「一口分だ」
「ごめんね。今水の補給の
アンナが謝ることではないだろうに、その優しい少女に
「
不安そうな顔をするアンナに
「アンナ。これ、私達に渡すって言って
「う……」
「アンナの分を三つに分けたの? それとも嘘をついた? 私達の為にそんな優しい嘘つかないで。見つかったらアンナが責められちゃう」
「私達のことは大丈夫だから」
「アンナが飲むか、もっと必要な人にあげて」
「でも……」
「アンナは知ってるでしょ。私達が人間より
アンナが勢いよく顔を上げた。
「やっぱり気付いてた? 私のこと」
「まあ、なんとなく」
「やっぱりそうなんだね」
「うん」
アンナは声を
「私は聖獣と人間の間の子なの」
アンナの言葉で疑念は確信に変わる。それにしても何故、こんな人間主義の集まりにアンナが
「お頭は知ってるよね?」
「副団長も知ってるよ。他の人達はこのこと知らないんだ。だからかな。お頭と副団長。私が
アンナは力強く言い切った。その後、出発の号令と共に
「アンナの奴……」
「突っぱねちゃえばいいのに」
「お前が言うのか」
アンナに甘いお頭と目付きの悪い男に
+++
「う~ん。さすがにあんなに囲まれた状態から逃げて来い! なんていうのは
「自殺行為だな」
「それにしてもなんか親しげに見えたわね。あの女の子と」
「
「まあ、そうなのよね。でも、
「ま、とりあえず。また動き始めたし。俺達も行くぞ。シートベルト
「分かったわ」
+++
ガタガタユラユラとコンテナは
「うぅ……」
「
「でも……」
「いいから」
「仲がいいんだな」
お頭が頬杖をついて
「ええ、まあ。
「
「そう見えますか?」
はぐらかすように答えた
「勘だがな」
「そうですか」
これで話は終わりと言わんばかりに
「
お頭の言葉に
「なんだ?」
「なかなか
「それは、友人以上の感情を持ってるということか?」
「そんなんじゃありません。もっと……そう、もっと根源的な話。
「役割、ねえ。それはどんな役割なんだ?」
お頭の問いに
「なんだ?」
「い、いえ……」
「まさか、あんなハッキリ言っといて分からないとかいうんじゃないだろうな」
目を泳がせ急に不安そうな表情を見せる
「分からない。思い出せない……。でも、確かに、大事な……」
「なんだなんだ
「そうかもしれません……」
「なんだ?」
お頭が立ち上がり通路を振り返るのと目付きの悪い男が運転席側から扉を開けるのは同時だった。
「何があった?」
「お頭。狩人です」
コンテナの中が
「
「
「んにゃ。大丈夫。何かあった?」
「狩人? どの狩人だ?」
「
「
「飛んでないのに
お頭が苦虫を
「狩人?」
「そうみたい」
お頭が通路を歩く。
「会いますか?」
「わざわざ俺達を止めたんだ。用事があるんだろうよ」
お頭の
「お頭!」
「なんだ?」
不機嫌そのもののお頭の声に老人は一瞬
「お頭! ちょうどいいじゃないですか。亜種を渡しちまいましょう!」
「却下だ」
「なんでっ!」
「貴族やら商人に売るならまだしも狩人に渡しても金にならないからだ」
お頭の言葉に老人は落胆したように座席に沈み込んだ。お頭が
「お前らはそこから一歩も動くなよ。何なら身じろぎひとつするな。今このトラックの近くにいる狩人は姿を見ただけで人間と亜種の区別が付く」
「何の用だ?」
お頭の見下ろす先に居たのは小柄で細身だが体格は良く、茶色の短毛、細い四本の足に二つに割れた
「やあ。お頭さん。元気そうで何より」
「お前も元気そうで残念だよ」
「そんなに目くじら立てなくてもいいじゃないか。僕は君達に危害を加えるつもりなんてこれっぽっちもないんだから」
「何の用だ?」
お頭は同じ質問を繰り返した。
「せっかちだなあ」
狩人は笑みを深くする。
「どうにも、気配がね」
「気配~?」
お頭はわざとらしく
「亜種。乗せてない?」
あまりに確信的な質問だった。けれどお頭もまた一切の
「ハッ。なんで俺が亜種なんざを俺と同じ空気を吸える場所に置いとかなきゃならないんだよ」
「ふ~ん?」
狩人は笑顔を絶やさない。コンテナ側面を狩人は視線でなぞる。一番奥に差し掛かったところで一度止め、今度は周囲に
「まあ、いいけどね。今回の目的は君達じゃないし。見逃してあげるよ」
「見逃すだ? いちゃもん付ける気満々だな。おい」
「見逃してあげるって言ってるのに。そんなに言うなら調べさせてもらおうかな?」
「……今回の目的だって?」
「話をすり替えたね。でも、いいよ。その質問には答えてあげる。これが面白い噂でさ」
「噂?」
「僕の話を
お頭は頬を引き
「
お頭は眉を
「……精霊?」
「そう。精霊。笑っちゃうよね。精霊なんて天使の次に伝説級だ。しかも、人間との間の子なんて。もう、笑い話だよ」
「その笑い話を聞いて、お前は西の町に行くって言うのか?
「ああ、お頭さんは精霊どうのこうのより僕が西の町に近付くのを
お頭が黙っていると狩人は深く深く笑う。
「聞かないでおいてあげるよ。ま、とにかく、予感がするんだよね。腹の底がざわつくような。だから、確かめに行くんだ」
「……引っ
「
まるで重みのない言葉を残し、狩人は振り返ることなく走り去って行った。そのスピードは速い。あっと言う間に小さくなったその背中にお頭は舌打ちする。
「しゅっぱ……」
「
号令を出そうとしたお頭を押し
「大丈夫だった? 今、狩人がいたとか……んぎゅ!」
「出発だ! アンナ、持ち場に戻れ!」
お頭はアンナを乱暴に見える
「お頭のケチッ!」
とコンテナの奥にまで響く元気な捨て
「アンナを見てると
「私も」
+++
「危なかったわね……」
「狩人はこっちに来てないな。大丈夫そうだ」
「ああ、もう。なんでこんなハラハラしなくちゃいけないのよ!」
「助けに行くか?」
「ま、まだ! まだよ!」
「そうかい」
今にも発狂しそうな
「……
「
「
「お、おう」
+++
狩人は去ったが不機嫌を隠そうともしないお頭を目の前に
「狩人と仲いいの?」
「お前の目は節穴か」
「ごめんなさい」
お頭のあまりに低い声に
「狩人に渡さないでくれてありがとう」
お頭が呆れた顔になった。
「お前。話が聞こえてなかった訳じゃないだろう。目だけじゃなくて耳まで節穴なのか?」
「
「ああ」
「もっと緊張感を持て」
「緊張感」
「そうだ。緊張感だ。後、危機感もだな」
「頑張る……」
「なんか。聞かされて来た話より全然怖くないね」
「青い子かわいい」
「アンナ姉ちゃんがすごくフレンドリーだったし」
子供達は
「
「そうだね。十分休めたし。
「私ももう大丈夫。後はタイミングだね」
「うん。
とは言ったものの
「イテテテ」
「
「はい……」
涙目になりながら
「なんだろう?」
「チャンスかな?」
「今度はどうした?」
お頭が通路を振り返る。近付いてくる目付きの悪い男の手には
「お頭。こちらへ」
目付きの悪い男は通路の中央辺りまで戻ると梯子で天窓のひとつを押し開ける。
「あの窓開くんだ」
なんて
「十一時の方角です」
「う~ん?」
上半身だけを窓の外に出したお頭が
「なんだあ?」
「どうも、商隊が盗賊に襲われてるようです」
「ふーん。……燃料は後どのぐらい残ってたか?」
「そうですね。補給しても良い頃合いかと。食料も備蓄が増えると嬉しいですね。水なんて持ってたら
「だよな~」
お頭の声が明らかに楽しそうなものに変わった。
「少数精鋭。人選はお前に任せる。実働班から選んでくれ。残りは非戦闘員の護衛。周囲への警戒も
「やっぱりあなたも行くんですね」
「当ー然!」
お頭は楽しそうに笑う。目付きの悪い男はため息をついた。お頭と入れ替わりで目付きの悪い男は
「伝令!」
良く通る声がお頭の意向を外の黒服達へ伝えていく。
トラックに追従していた中の軽トラックの荷台に掛けられていた布が外され、乗せられていた複数台の小型バイクが手際よく降ろされていく。その中にはひと際目立つ大きな一台があった。それに目付きの悪い男が
「どうぞ」
振り返りもせずに言った目付きの悪い男にお頭もまた返事をせずにその後ろにひらりと立ち乗った。お頭が黒服達を見回す。
「遠慮はいらない。奪えるものは奪い取れ! 邪魔するものは殺せ! 行くぞ!」
車と同様黒塗り一色の大型バイクを中心に複数台の小型バイクと二台の車を
「
「アンナ」
「やっぱり外に出して貰えたね。見送る時は必ず全員でって暗黙のルールなんだ」
「部外者も入ってていいのそれ?」
「実働隊が出てる間、非戦闘員の私達はお
「そうなんだ」
「後は基本的には自由時間。心配してばっかりも身体に悪いからね」
「なるほど」
アンナの話を聞きながら
「
「うん。ちょっと。ちっこいのに見られてるみたいで」
「ちっこいの」
「ちっこいの」
「さすが子供達。出会ったことのない種族に恐怖心より好奇心の方が
「へ?」
「アンナ。そんな無理
アンナの姿は
「早い……」
「早いね……」
数秒の内にアンナは三人の子供達を連れて戻って来た。
「ほらほら、みんな。こんな機会滅多にないよ。何なら二度とないよ!」
アンナに
「ほ、本当に亜種なの!?」
「えーと」
「そうだよー」
「なんの種族なの?」
「私は」
「
天使とうっかり言い掛けた
「さて、なんだと思う?」
「えっと、えっと」
「世界には七つの種族がいるから」
「人間と動物と……後なんだっけ!?」
七分の一の確率で正解引いちゃうじゃん。とか
「天使!」
まさかの正解を叫ばれて
「さあて、どうかな」
「ええ? 違うの? 当たってるの?」
「どっちい?」
「さーて、どうかな。試しに他の種族の名前も言ってごらん?」
子供達が一生懸命種族名を上げていく。なかなか七種族出て来なくて、やっとこさすべての種族の名が出ると、
「みんな
なんて
「
アンナまで感嘆していた。
+++
「なんだ!?」
「何者だ!」
予想外の乱入者に盗賊達が驚いた。
「気にするな! お前達に名乗るような名前は持っていない!」
小気味いいお頭の
「なんだこいつら!?」
「狂ってやがる!」
「逃げろ!」
盗賊達が奪った荷物も投げ捨てて次々と逃げ出していく。
「見逃しますか?」
「いや。例外はない」
「三時の方向!」
目付きの悪い男の指示に近場にいた数人が小型バイクを走らせた。
「あちらは大丈夫でしょう」
「そうだな。残党に注意しつつ使えそうなものを
残った黒服達が応じて散って行く。お頭もゆっくりと現場を
「長居はできないな」
「お頭」
「うん?」
呼ばれて振り返ると目付きの悪い男がお頭にこちらへ来るように
「生き残りがいたのか」
「この商隊を
「盗賊のダブルブッキングとか……。なんか、もう、むしろツイてるような気がしてきた……」
半泣きで
「やっと、やっと!
「お頭!」
「うん?」
背後からの黒服の声にお頭が振り返る。
「お師匠様ー!」
お頭の側を小柄な影が勢いよく駆け抜けた。お頭はその影を目で追い掛ける。商人に抱き付いた青年がひとりオイオイと泣いていた。
「お師匠様! 良かった! 生きてた! 生きてた!」
絶望の
「お、お前……」
「ずっと隠れてました……。ごめんなさい! ごめんなさい!」
「い、いいよ! 全然! 無事でよかった……。お前だけでも」
「他にもいますよ! でも、怪我してる奴もいて……」
お頭が振り返る。青年を連れて来た黒服が
「命に別状はなさそうですが出血が少し
「そうか」
「お師匠様! まだ、まだですよ! 行きましょう!」
青年が涙でボロボロの顔で勢いよく立ち上がる。
「と、盗賊がなんぼのもんじゃい! い、一度は逃げたが二度目は逃げないぞ! 俺達は行くんだ! 西の町に!」
青年の言葉に商人がその瞳に涙を浮かべて
「そうだな。行こう。まだ、
「……西の町?」
「ひゃあ!」
お頭の
「お前達の目的地は、故郷は西の町なのか?」
「だ、だったらなんだー!」
「お頭。怪我人を本隊の方に連れて行きます」
「ああ。先生に
黒服が応じると駆け去って行く。商人と青年が目を丸くして困惑したように固まった。そんなふたりの目線に合わせるようにお頭はしゃがみ込む。
「さて、おふたりさん。相談なんだが」
「そ、相談?」
お頭がニッと笑い、商人と青年はお頭の話を聞きながら
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