第2章・砂漠の盗賊(2)
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場所は変わる。とある酒場のカウンターでひとりの男がとぐろを巻いていた。その男の腰には一丁の拳銃と
「グリフ。その辺にしたらどうだ」
グリフことグリフィスはマスターの言葉に顔も上げない。
「対して飲んでないだろうが……」
「飲みもしねえのにいつまでも居座ってるからいい加減にしろって言ってんだよ」
その酒場は世界中に設けられた狩人達の
「マスター。グリフの奴は金がねえんだよ! 大目に見てやれ! ゲラゲラ!」
「お探しの片羽四枚の天使は見つかりましたかあ? ゲラゲラ!」
「純血の聖獣もセットだったよな。そんなうまい話があるか! ゲラゲラ!」
「他の狩人を
「お前らは飲み過ぎだ」
グリフィスが拳を握り締め、
「やあ。グリフ」
背後から聞こえてきた爽やかな声にグリフィスは椅子を蹴飛ばす勢いで立ち上がっていた。
「メ、メメ……」
振り返ればガタイのいいグリフィスとは対照的な線の細い男が物腰柔らかく立っていた。砂色の髪に人当たりの良い笑顔を顔に張り付けている。男を前にグリフィスは一歩
「な、何か用か? メメ」
けれど、目を合わせることはできず泳がせる。メメと呼ばれた狩人はグリフィスを見上げて、
「うん。用事という程のことでもないんだけどね」
「先生! なんとかっ、なんとかできましたよ! 先生に言われたこと、俺できました!」
扉を勢いよく押し開けて酒場に入ってきたその声にグリフィスは聞き覚えがあった。
「……ルイン?」
「へ?」
「ルイン! お前無事だったのか!?」
ボーガンを
「グリフの兄貴! はい! 俺自身死んだと思ったんですがね。
「元々ってお前……」
グリフィスはルインと行動を共にしている間、メメの
「だから一生を掛けてこの恩を返すと俺は決めたんです! どこまでも付いて行きますよ! 先生!」
「と、いう訳で。引き取ってくれる?」
「……ん?」
グリフィスの頭は大いに混乱した。ルインがメメに付いて行くと言った瞬間にメメはグリフィスにルインを引き取れと言った。グリフは混乱する。
「え、えっと……?」
「何言ってるんですか、先生! 俺は付いて行きますよー!」
メメの無言の笑顔がグリフィスはただただ怖い。
「移動中に砂漠から何かが出っ張ってたんだよ。普段はそんなことしないのに引っ張り出したらコレだよ。コレ。コレ、君と組んでたのでしょう。引き取ってくれるよね?」
メメの笑顔がさらに深くなってグリフィスは冷や汗を流し始めた。
「え……っと……」
グリフィスが答えられないでいるとメメは笑顔を引っ込めて考えるように口元に手を当てた。それを見たグリフィスは顔を青くする。
「あ、の……メメ。ちょっと待……」
「君」
「はい! 先生!」
「君はとても才能
ルインの顔がパアッと輝いた。
「僕の馬をちゃんと
「はい! 喜んで!」
「白い花を見つけて来て欲しい」
「白い……はな?」
ルインの目が点になった。構わずメメは続ける。爽やかな笑顔を絶やさずに。
「そう。白い花だ。かつてこの世界のどこにでも群生していたという、今ではおとぎ話にも出てこない花。それが存在していたらしいことすら知る者は今や一部の人間だけ。けれど僕は信じてるんだ。
「それが、先生の欲しいものなんですね?」
「ああ、そうだ。僕の信じるものを君は信じられないかな?」
「いってきます! 必ず見つけて戻ってきます!」
「ああ。見つかるまで戻って来ないでね」
「はい!!」
「ちょ、おい……」
グリフィスが止める間も無くルインは元気に酒場から駆け出して行く。
「さて、と」
「ちょ、ちょっと待て! メメ……」
グリフィスの引き止める声に振り返りもせず、メメは酒場を出て行った。グリフィスは意を決してその後を追う。酒場の裏に設けられている
「メメ」
聞こえない距離ではない筈なのだがメメは振り返らない。
「メメ!」
「なに?」
声だけが返って来る。グリフィスはメメに近付いた。
「メメ! どうするんだ。あんなこと言って。あいつ一生戻ってこないぞっ」
「そうなるように言ったんだよ。分からなかった?」
メメが笑う。これっぽっちも笑っていない目がグリフィスを見る。
「ああいうの本当に迷惑。ちゃんと
「
「ああ、君のことだからまた利用されたのかな?」
「ぐ……ぅ……」
図星だったのでグリフィスは二の句が
「悪ぶっちゃって。何度も言った気がするけど、君、狩人向いてないよ」
「狩人は俺の夢だったんだ。想像してたのとは、ちょっと、違ったが……」
グリフィスの尻すぼみになる言葉にメメの顔から表情が消える。
「メメ。えーと、つまり俺が何を言いたかったって……」
グリフィス自身も良く分からなくなってきた時、グリフィスの視界がメメの馬の角で一杯になった。
「へ? ぐえっ!」
肋骨に響く衝撃を受けてひっくり返る寸前、グリフィスはメメが目を丸くする、世にも珍しい光景を見た。
「イッテええ……」
青い空が涙に滲む。
「ふっ……ハハハ! アハハハハ! グリフ、君。相変わらずだね! 相変わらず動物に
「……」
響いた笑い声にグリフィスは痛む胸を押して上体を起こした。
メメが笑っていた。
先程までの張り付けただけの笑みとはまるで違う、心の底から
「じゃあね。グリフ。また、どこかで」
人当たりの良い笑みを顔に張り付けたメメが去り、グリフィスは服に付いた砂を落としながら酒場に戻る。と、その場にいた狩人達がグリフィスを見て神妙な顔付きになっていた。
「なんだよ……」
言いながらグリフィスはカウンター席に戻る。カランという音に目を向ければマスターがグリフィスの前に氷の浮かぶ茶色い液体がなみなみと注がれたグラスを置いていた。
「世界中で、お前の
「?」
急になんの話だとグリフが疑問符を浮かべるとマスターが呆れた顔になる。
「片羽四枚の天使に純血の聖獣の話だよ」
「ああ……」
「何故信じられたかってな。あのメメが、狩人の中でも1、2を争う実力を持つあのメメが、お前の名前だけは憶えてるからだよ」
「俺の名前だけってことはねえだろ」
「気付いてねえのかよ」
マスターに
「まあ、いい。お前を知ってる奴はお前がまるで実力なんてないのを知ってるから信じやしなかったが。お前を知らない奴はあのメメが名前を憶えてる奴が言うことならってことで、まことしやかにあの話は広まったんだよ。しかも、今の馬鹿笑い。あのメメが声上げて笑うなんて……。お前は一体何者なんだよ」
「何者って、別に……。俺は……ただの同期だよ」
グリフィスはメメと初めて出会った時の情景を思い出す。試験場に集まったのは十代の若者ばかりでメメもその例外ではなく。その場ではその時三十になったばかりのグリフィスだけがただただ浮いていた。
現在に意識を戻して、グリフィスは深いため息をついた。
+++
明かり取りの窓を塞ぐ木戸の隙間から忍び込む朝日に
「ふわあぁ~。……明るい?」
まだ冷え込んでいるであろう外気を気にせず
「おお」
パリッとした快晴には程遠かったが上空を舞う砂の量が普段に比べて明らかに少ない。
「ふむ」
「
「おはよう。
「おはよう。
「ご飯~ご飯~。今日のご飯は何かな~」
「いいニオ~イ!」
「どうぞ召し上がれ」
「お~いし~」
「パンは作り置きのを温めただけだけど。良かった」
「絶妙な温め加減だよ!」
「それはどうも」
「誰もいない。誰もいない。よし」
「
「ふおぅっ!」
「え、ええーと……。何やってると思う?」
我ながら酷い返答だと
「クイズ!? えっとえっと……。待って、ゼッタイ当てるから!」
楽しそうに考える女の子に痛む胸を
「分かった! かくれんぼでしょう! どう? 当たった?
「うん! そう! 正解! すごいなあ。当てられちゃったなあ。そう! かくれんぼしてるんだ。だから私とここで会ったことは秘密にしといてね」
「わかった! がんばってね。
「うん! ありがとう!」
去って行く女の子の姿が見えなくなるまで手を振り、
「よし。行くか」
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白い三角形の耳がピクピクと動く。自室の
「
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洗い場から戻って来た
「
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村長は頭で戸を押し開けて広場に出る。
「
「はい? あ、村長。どうしました? は! 私の授業うるさかったですか!?」
「いやいや。そんなこと一度も思ったことないから」
勝手に慌てふためく
「邪魔してすまないね。ちょっと確認したいことがあって。
「あ、
そう言葉を発した子供の目線を追って村長と
「なんか探してるのかな?」
「
村長が呼ぶと
「こんにちは。村長。
「
「……」
「やはり……」
「
授業に参加していた女の子が三人を見上げていた。
「かくれんぼ?」
「うん! 村の入り口の方で見掛けたんだー」
「誰……誰とかくれんぼしてたか分かる?」
「ダレと……。あれ~。そういえば。
「あ、あれ?
突然駆け出した
「
「え?」
「すぐに!」
「は、はい!」
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「
村長は叫ぶが
「年には勝てないか……」
「
「何考えてんのあの子達は!?」
「すぐに追い掛けます」
「頼んだ」
まもなく村から一台の黒い車が
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真っ青な空に太陽と月が浮かんでいた。いつもよりずっと近くに感じる太陽と月に
「すごい……」
「オアシスだ」
「私、本当に今、自由に飛んでるんだ。自由に、飛んでもいいんだ」
きっかけは数日前の村の皆で焼き菓子をつついたあの日。
+++
青と白が二分する景色の中を走る一台の黒い車があった。後方に茶色い帯を引きながら走る車を運転するのは
「あの子達どこ行ったのかしら」
「見当もつかないな」
「
「どうだろうな。ただ、何故かふたりは間違いなく一緒にいる気がするんだよな」
「同感。そこだけは私も自信あるわ。自分でも謎だけど」
「まったくだな」
「ん?」
「どうした。
「んん?」
また光ったそれはひらひらと宙に舞っているようだった。
「
「近付く?」
「あっちで何かが光ってるのよ」
「何か、な。了解。お前の勘を俺は信じるぜ」
「いいから早く」
「へいへい」
「……羽根だわ」
「羽根? って、まさか
「分からない。でも、不自然過ぎる。あの白さ、天使の羽根に間違いないと思うけど。なんか、ひらひらと……ずっとあのあたりをひらひらと……。不自然だわ。もっと近付いて」
「
「もうちょっと……。ん?」
その羽根はある程度近付くとふわりと離れて行った。近付くとまたふわり。
「何かしら。
「どうする?
「いいわ。追い掛けてやろうじゃない。
「根拠は?」
「勘よ!」
「上等!」
+++
「ふう。はあ。これ以上は無理。限界」
額の汗を
「うう~ん。よし。帰るか!」
元気よく言って
「飛べないのにどうやって帰るんだよ……」
調子に乗っていたと
「
「オアシスを探そう」
「……」
「は、初めのいーっ歩!」
カラ元気を振り
地平線に浮かんだかと思うとあれよあれよという間に近付いて来たそれを、目の前で止まったそれを、
トラックだった。
それもかなり大きなトラックだ。人ひとりとかふたりとそんなレベルの大きさではない。ドッドッドッドッという規則的な重低音が空気を震わせ、
「女の子だ」
「いい加減にしろ。出て来るな。中で大人しくしていろ」
「副団が怒った~」
丁度こちらを
「亜種だな」
「その態度は
「亜種か」
「間違いないでしょう。こんなところに独り。周囲には移動用の乗り物どころか人の気配もない。置いて行かれたにしては落ち着き過ぎている。自らの足でここまで来たのでしょう」
足じゃないけどね。と
「外見だけではどの種族かまでは分かりませんが」
「ふむ」
意志の強そうな目が近付いてきて、
「どうしますか? お頭」
目付きの悪い男の発した言葉から
「そうだな」
お頭が背筋を伸ばした。その瞳から解放されて
「いくらで売れっかな?」
「種族が分からないことには何とも」
「そうだよな」
胸を
「
「
先程よりも近くにはっきりと聞こえた声に
「ひ、
聖獣である
「おいおいおい」
「どこから……」
突然目の前に現れた青い髪の少女にお頭と目付きの悪い男が目を見張る。
「
「はいっ!」
「
飛んできた
「ご、ごめんなさい……。反対されると思って……」
「反対? 私が?
「それはそれで、ちょっと……」
「分かった?」
「はい!」
「まあ。あんまり危ないことをするようなら全力で止めさせてもらうけどね」
「……」
「とにかく。黙ってどっか行っちゃうのだけはヤメテ。せめて一言ちょうだい。そうしないと賛成も反対もできないんだから」
良く見れば
「ごめん。
「分かればよろしい。さあ、帰ろう」
「いや~。驚いた。だが、まあ。品が増えたと
品という言葉に
「
「いひゃい」
「冗談言わないで。
「……ごめんなひゃい」
解放された頬を
「あなたがリーダーですね。
「その言い分が本当に通ると思ってるのか? 本気で思ってるなら大した脳みそだな」
「ふたりをコンテナに乗せろ」
「お頭」
「そう目くじら立てるなって。俺が直々に見張るってだけだ」
「その必要性を……」
「俺の決定が不服か?」
笑いながら言うお頭に目付きの悪い男がため息をつく。
「どうなっても知ったこっちゃありませんからね」
「俺が間違えたことあるか?」
「たくさんありますねえ」
お頭は苦笑する。
「でも、最後には全部丸く収めて来ただろ」
目付きの悪い男が今度は
「ふたりを乗せて出発する!」
黒服達が
「
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