第2章・砂漠の盗賊(1)
日が落ちて、満天の星が夜空を
「またどこかで一泊できたらと思ったんだけど。こう暗くっちゃあ、もうどこ走ってるか分からないわね」
「寒い……」
「しょうがない。砂漠のど真ん中になっちゃうけど幌を張って車中泊しましょう。
「うん」
「はい」
車を降りると
「そっち引っ張って」
「こう?」
「そうそう」
手早く作業を終えていく
「後部座席を倒して
「はい」
「いや、そこまでしなくても俺は大じょ……」
「よっ」
「はい。
「コレってなんだよ……」
「痛み止めよ! 黙って飲みなさい!」
「うぐっ」
無理やり口の中に
「はい。出来上がり。どう?」
「出来上がりって……。物みたいに。まあ、少しは楽になった」
「後はずっと安静にしてなさい。さ、
「……好きにしてくれ」
星が降りしきる中、闇に沈む大地の上で
「アチッ」
「気を付けて。
「十分に気を付けたつもりなんだけどね」
「うふふ」
ふたりのやり取りに
「
「出掛け先でなんかあった時に手当てできるように基本、車には一式乗せてあるのよ。私が個人的に持ち歩いてる物もあるけど」
「ちゃんと
「もちろんよ」
「
「私達の
落ち込む
「あれは怪我とはちょっと違うのよ。あれはどっちかって言うと疲労が行き過ぎちゃった感じでね。十分休めばさっさと治るものだから。ふたりがそこまで気にすることないわよ」
「私、
「
肩に掛けていた毛布が落ちても気にせず立ち上がった
「どうやって飲ませるつもりかしら?」
流れ込んできた冷たい空気に寝転がっていた
「んん?」
「
「ぬお!? なんだ!?」
「お茶持って来た」
「具合はどうですか?」
目の前に迫って来るふたりの少女に
「茶?」
「お茶」
「
「うん。だから飲ませたげる」
「いやいやいや」
「
「
「私は暑いのより寒い方が平気なので良ければ私のを使ってください」
「いやいやいや」
「両手に花で浮かれてんじゃないわよ」
「浮かれてねえよ」
幌を少しだけ開けた隙間から覗き込むように
「恥ずかしさと情けなさで一杯だよ」
「あら、そう。まともで良かったわ」
「俺はいつだってまともだよ」
「あはは」
「眠い……」
「
「あらあら。火の後始末をして私達ももう休みましょうか。その前にちょっと変わってくれる?」
「火の始末は私達がしておきます。後で確認お願いしますね」
「
「ほら」
「マジかよ」
「悪かったわね。無理をさせたわ」
「ん?」
「
「急にしおらしくなるな。調子狂うだろ」
「悔しいのよ。私には誰かを守る力がない。……ボーガンでも持とうかしら」
「ヤメロヤメロ。人間の使う武器なんて俺らが持つもんじゃねえよ。そもそも、俺とお前じゃ役割が違う。
「……そうね」
「……痛いんだが」
「腕じゃないだけいいでしょ」
「腕まで響いて痛いんだが」
「あら、そう。ごめんなさい?」
そう言いながらまた手の平を見せる
「頼りにしてるわ」
今度は叩くのではなく、拳を軽く
「だから調子狂うって。それに、言われなくたって分かってる」
「強くなりたいなあ……」
「
「ハッ!」
恥ずかしさに口をもごもごさせてから
「守られてばっかりじゃダメだよね。逃げてばっかりもダメだと思うんだ。強くなりたい。誰かを守れるぐらいになんて言わないから。せめて、自分の身ぐらい守れるようになりたい」
「そうだね」
残り火もしっかりと消して、立ち上がりながら
「そう言えば
「……どの時?」
「狩人が乗る鳥に
「私がやったの、か? あれ……」
「やっぱり意識してじゃなかったんだね。あれが狙ってできるようになればいいね。なんて」
「頑張る」
新たな目標ができて
フロントガラスから
「う~ん。イテ」
聞こえてきた声に
「ん、
「おはよう。
「おはよう。
「おはよう。
「
「飲む! 飲むって!」
外まで聞こえてくる声を聞きながら
幌を張ったままその古めかしい黒い車は走り始める。後方に砂の帯を引きながら明るくなった砂漠の上をまっすぐに走っていく。村を取り巻く嵐は出て来た時とほぼ変わらないやる気の無さで
「着いた……。着いたわ……。疲れた……。長時間の運転とか……。
「そりゃ、どうも……」
素直に
「おかえり。
「村長。ただいま!」
「ただいま帰りました」
「村長……。ただいまです……」
「村長ぅ……。ただいまぁ」
普段村長に対しては常に敬語を使っている
「
「あー。ええ。まあ……」
「狩人に見つかっちゃって!」
「そうだったのか。大変だったね。ふたりは改めて見つかってしまった訳だけど、また狩人に目を付けられたかな?」
「それは、大丈夫だと思います。ドンパチしたのはオアシスから離れてからでしたし。
「そうか。ともかくみんな無事でよかった。車は僕が車庫に戻しておくから。
瞬間、
「ありがとうございます! 村長! 助かります。ほら!
「ぉおう……」
ふたりの後ろ姿がどんどん小さくなっていく。
「僕は休めと言ったんだが。まあ、
「村長……」
「うん?」
村長が振り返ると
「
「
「いや……。
小さく手を振って否定する
「
見上げてくる薄紫色の瞳が優しくて
「うん。ありがとう。村長」
「ありがとうございます。村長」
「村長、車庫に車戻しておくって言ってたけどどうやって戻すんだろう?」
「どうって……人型になってでしょう」
「……そうか。そうだよね。村長も聖獣だもんね。人の姿も持ってるんだ」
「えー。どんな姿だろう。いつか見れるかなあ」
+++
その日もまた、太陽と月が共に天頂を目指している時間にも関わらず、村の上空は砂色に染められていた。
「気持ちいいなあ。カラッと晴れてたらもっと気持ち良かっただろうに」
「
「ぼーっとしてた訳じゃないよー」
「
ふたりが振り返れると
「おはよう。
「おっはよう。
「あ、うん! おはよう!」
「遅刻だよ」
「そうなの! ごめんね。寝坊しちゃって。今すぐ持ち場に……じゃなくって! ああ……じゃなくもないんだけど。ふたり共、外に出てる時に狩人に会ったって!!」
「ああ、うん」
何ともなく頷いた
「大丈夫? 怪我とかしてない? 元気?」
「平気平気。元気だよ。
「私達は大丈夫だから。落ち着いて」
「本当に? 本当の本当の本当に!?」
「本当の本当の本当に」
「
笑って
「呼んだか?」
「
「
「
「おう」
そこには
「……なんか
「
「みんなの視線が痛い……」
「そうですよね」
「大人しく引き
「その方がいいよ」
「なんか私達にできることがあったら言ってね!」
「おう。頼りにしてる」
洗濯ものの向こうから返ってきた声に
「
「どうかした?」
「……ねえ。本当に大丈夫だったの?」
「
「うん。
「何ともないから! ね!」
「疲れた……」
「そうだね……」
「……今日中に洗濯物乾くかな?」
「風があるから大丈夫だよ」
ちょっと面倒だが自分達のことを思ってくれる友達に
「この
「ならないわ」
診療所の中。
「何よ。何か文句ある? あるなら聞くけど?」
「聞いたところで……」
「ん?」
「いや、うん……」
「
「いや。外してくれと言ってる訳じゃ……」
「ん?」
「ナンデモナイデス」
「過ぎたことブツブツ言わないでよ。物理的に無理だったんだから」
それは
「とにかく安静にしてなさい。痛みが引いても完全に治るまで絶対、ソレ、外さないから」
「そうだな。
診療所の戸が完全に閉じたのを見届けて
「気にしてねえといいけど」
+++
「
「おはよう。
「おはよう。
「どうしたの?」
「夢を見てた」
「夢?」
「すごく綺麗な夢だった。でも……」
「起こさないほうが良かった?」
「そうだ! 私、畑に行かないといけないんだった!」
「
「うん!」
駆け足で畑に
「嬉しそうだね。
「そりゃあね。これとこれが収穫できたらアレを作ろうって話になってたから。という訳で、私はちょっくら行ってきます!」
「いってらっしゃい。僕も頃合いを見て行くよ。広場でだったよね」
「うん!」
「お待たせ! お!?」
そこには
「
「
「私達が想像してたよりずっとみんな楽しみにしてたみたい」
「
「
「もちろんだよう。で? で? それ? それが例の?」
「そうだよ。これが、塩菜と砂糖菜です!」
満を持して発表すると集まっていた村人達から歓声が上がった。
「
調理担当の女達が
「これが……」
「
「うん。そうなんだ」
「
「そうだね」
「パン以外も焼けるかな?」
「うまく出来るといいね」
「楽しみだなあ」
「じゃ、私も手伝ってくるから」
女達と
自室で腕を曲げたり伸ばしたり、両の手を軽く握ったり開いたりする。
「よし」
「
「おう」
「
顔を見合わせる子供達に
「何やってるの。
「……
標の目の前に
「どうし……」
「
子供達がこちらに手を振っているのが見えて
「いよっ」
「
「助かった……」
「ところで、
黙り込んで目を泳がせる
「
「おう……」
「
「やべ。片付けてくんの忘れてた」
「片付け……?」
「
あまりの剣幕で近付いてくる
「誰が外していいって言った!? 言ってみろ!」
「ダ、ダレモイッテナイデス……」
「あら本当?」
先程の剣幕が嘘のように
「じゃあ、なん
「……」
「完全に治るまで外さないって言ったでしょう! 今朝だって注意したっていうのに! アンタの耳は
「そ、それはちょっと勘弁……ああぁぁ……」
「……今朝?」
取り残された
「
「おぉっ?」
いつの間にそこにいたのか子供達が
「し、知らないって、何が?」
「
衝撃の事実に
「聞いてない!」
「みんなー。おやつだよー。ここにいない人を呼んできて」
「おやつ!?」
「なんか甘い匂いするよ!」
「こらあ。ここにいない人を呼んで来てって言ったでしょう?」
「
「知らなかったの?」
「知ってたの!?」
目を向ければ
「え? なに? どういうこと?」
「別に不思議な事なんてないでしょう。村ではみんなシェアハウスしてるんだから」
「それで納得しちゃっていいもんなのか……」
「何もないなんてことはないと思うよ! 私は!」
「あのふたりがくっついたらビッグカップルだよね!」
「どうだろうね?」
「ノーコメント!」
そうこうしているうちに広場にぞくぞくと村人達が集まって来る。敷物を敷いてその上でくつろぎ始めるみんなに配られたのは、ひと口大の大きさに成形されてサクッと焼き上げられた焼き菓子だ。
「お、おいしそう……」
想像以上のものが出て来て
「すごい、すごいね。食べていいかな?」
「どうぞどうぞ」
「お、おいしい!」
あちらこちらからも感嘆の声が聞こえてくる。滅多にない甘味に村人達のテンションは高い。会話も弾むようで色々な声が聞こえくる。
「畑の収穫量が安定して来て調味料系の野菜も育て始めたとは聞いてたが」
「こんなものまで食べられるようになるとは思わなかったわあ」
「これから少しずつ
「それはすごい!」
聞こえてきた畑発案者の男性と村人達の会話に
「そうなの?」
「うん!」
「おいしいものはみんなと一緒に」
「素晴らしい考えだわ」
「また機会を見てやりたいわねえ」
「やりましょうよ!」
村の女集の楽しそうな笑い声が聞こえてくる。
「初めて作った
みんなが楽しそうで
「キャアアァ――――――――――!」
突然の悲鳴に
「なにごと!?」
口を
「あら。大変」
「どうしたの?」
「兄ちゃんがっ。兄ちゃんがボクのとったあああぁぁ!!」
「こうゆうのは早い者順なんだよ! 遅いお前が悪い!」
どうやらお菓子を
「もう、お兄ちゃんなんだから。
「兄ちゃんだから兄ちゃんだからって、なんで俺ばっかり我慢しなきゃいけないんだよう!」
男の子まで泣き始めてしまう。先程までの
「ああ、もう。どうしよう……」
「どうにか他のものに気を反らせないか?」
「残ってる菓子を集めてみるかい?」
聞こえてきた提案に声を掛け合って村人達は子供達の前に残っている菓子を集めてみる。
「ほら。残ってるのやるから。お前ら泣き止め」
「いらない!」
「あっ!」
「こら……」
「コラアアアアァァアァァァ――――――!!!」
誰かが怒るよりも先に少し離れたところから様子を
「食べ物を
男の子は驚きのあまり口をパクパクさせることしかできない。周りにいるどの村人も同じような状態だったが。
「
「うっ……重い」
やや正気に戻り掛けたがもう後戻りはできないので
「反省したか?」
「た、高い……」
「反省した!?」
「し、した! 反省した!」
「復唱! 二度と食べ物を
「に、二度と食べ物を……そ? そまつ? にしたりしません!!」
「よし!」
確約させて
「兄ちゃん……。いいなあ」
聞こえてきた声に
「あはねちゃん! あはねちゃん! つぎボクも!」
「じゃあ、その次、ワタシい!」
「!?」
わらわらと集まってくる子供達に
『もう少し頑張って』
「……」
「あはねちゃん! あはねちゃん!」
「分かった、分かったからっ! ひとりずつね!」
「
確かにあの包帯ぐるぐる巻きの姿はどう見たって格好良くはなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます