第1章・緑色の瞳の少女と青色の瞳の少女(7)
「お、戻って来た」
「どう? いいの出来た?」
「何やってんだ。お前達」
若旦那が
「若旦那の査定を手伝おうと思って」
「俺達も少しは分かるようになってきたし!」
「ほほう?」
若旦那の目が座る。
「ところでお前ら、今日のノルマはどうした?」
「終わりやした!」
「自信あります!」
「見せてみろ」
ふたりは同じような箱を取り出す。その中には
「どれどれ?」
「値段はいくらにした?」
若いのふたりは元気よく答える。
「やり直しだ」
「やり直しじゃぞい」
やり直しを告げられたふたりは分かり
「悪かったな。未熟者の相手させちまって」
「いいえ。結構面白かったわよ。まるで石に命があるみたいに話すの」
「石が光ってるように見える時があるとか言ってたな。そうゆう時はどんな形に
「でも、本当にそう見えるのは
「ほう。ふたり共そう言ってたか?」
「いや。片方だけだな」
「もうひとりはそんなの見えたことないって言ってたわね」
「……そうか」
「でも、その子。この石の中ではそれが一番高いと思うって言ってたわよ」
「自信なさげな
若旦那は
「そうか」
「もっと優しくしてやったらどうだ? 期待の新人なんだろ」
「いやいや。ここで優しくしたって意味ねえよ。
「まあ、そうよね」
「
「ね」
「私達だけで先に見せ合いっこしようか」
「そうだね」
「あ!
カウンター席を降りて
「金具の不具合とかあったら言うてくれ。すぐに直すぞい」
誰もいなくなったカウンター席に店主が腰を下ろした。
ひっくり返されたふたつの布袋からそれぞれにコロンと飾りが転がり出る。
机の上に置かれた涙型の石に光が透過して、緑と青の影が浮かぶ。
「石の形が一緒だな」
「
「え? なあに?」
「どうした? ふたりとも」
差し込む太陽の光が緑色の石の中で集まり、炎のようにゆらりと
赤く染まり始めた空に月が浮いていて、その月の光が石の中できらきらチラチラと火花のように散った。
「綺麗……」
「その手首飾りね。片手でも簡単に付けられるように、おじーちゃんと相談しながら加工してもらったんだ」
「へえ」
「うん。すごく付けやすい」
最初の一度だけでも
「
手首飾りを巻き終えた
「うんうん。似合うわ。ふたりとも」
「イメージぴったりだな」
「華やかさがプラスされて可愛さ倍増ね!」
「うん。かわいいかわいい」
「よし。
「早かったな」
「超特急で終わらせた。今回はこんなもんだな。持ってけ」
そう言って若旦那がカウンターの上に置いたのはドシッという効果音が似合いそうな袋だ。
「多くないか?」
「いや。
そう言ったのはカウンター席に座る店主だ。
「燃料石はいつもとまあ、変わらんが」
「原石類には珍しいのがいくつか交ざってた。それに」
「お嬢ちゃん達にモニターしてもらって問題点もいくつか見えて来た。これからやってくのにのに生かさせてもらうぞい」
「そうか。まあ、なんだ。くれるっていうのを返すのもな」
「そうそう」
「その通りだぞい」
「ありがとう。助かる」
「じー様! 若旦那! 大変だ」
「なんだ。
「狩人が来てるらしい」
「狩人お?」
店主が
「このオアシスに? 何しに? こんなところに亜種がいる訳ないだろうに」
「さて、用事も済んだし帰るか」
「ええ。そうね。長々とお邪魔するのも迷惑だわ。さ、
「ぅ、うん」
「はい」
「ええ? 今から帰るのか?」
「もう暗くなるぜ?
若いのふたりは
「そういう訳にもいかねんだわ。また来る。じゃあな」
「またおいで」
と言ってくれた店主に、少し先を歩いていた
+++
オアシスの中にある一軒の大衆食堂の中。人々がザワザワと思い思いにくつろいでいる店内でドンッと
広い店内のごく中央に位置する丸テーブルにふたりの男が座っていた。
ひとりは体格はいいが
「
「ああ!
ふたりの周りには
「
ルインは小さくため息をつく。正直、
グリフィスの言葉を適当に聞き流しながら店の外に目を向けたルインは目を見張る。もうじき世界は人間には
目立つ四人組だった。黒い服に身を包んだ背の高い男。通り過ぎる度に男も女も関係なく振り返る色白の美しい女。そして、ふたりの少女。見た目はどちらも十代
ルインがこのふたりの少女の顔を忘れる訳がなかった。ルインは向かいで机に
「さすが……」
グリフィスはルインの小さな
「兄貴! ほら、あそこ!」
ルインが指差した先をグリフィスは見る。店の外、そこを歩く者の姿が視界に入った時、グリフィスは目を大きく見開く。目をこすり、今一度見る。グリフィスの目に映った四人組はふたりに気付く様子もなく店の前を通り過ぎて行った。
「い、い、い、今……」
「そうだよ、グリフの兄貴! 片羽四枚の天使だよ! 純血の聖獣ちゃんも一緒だったぜ!」
「生きてた……。生きてたんだ、あの嵐の中……」
「さすが亜種!」
「ああ! こうしちゃいられねえ。行くぞ! ルイン!」
「
机の上に
「ちょっと! お
「うるせぇ! 俺を誰だと思ってる!!」
銃持ちの狩人グリフィスは振り返ることなく店を駆け出て行った。店員は
「くっそ狩人が!」
お客達がギョッとする中、他の店員達が
+++
場所は
「あーあ。
「宿とって泊まればいいのにな。金掛かるの嫌なら泊めるのに」
若いのふたりは手を動かしながら器用に口を動かす。
「夜の砂漠に野宿すんのかな? 信じられねぇ」
「つか、
「南の町じゃねぇの? 南から来てんだろ? 近場に住んでる感じじゃないし」
「妙な
若いのふたりが振り返ると店主がふたりの側に立っていた。
「上客に変わりはないんだからな。お前達、もう帰っていいぞ」
「へーい」
「でも、気になるよな」
「今度来た時、根掘り葉掘り聞いてみようぜ!」
帰り
「これ、宿題な。明日までに正しく査定して来い」
明日までと言われてふたりは二の句が
+++
通りは家へ帰る
「
「離れないで。
「うん」
「なんだかこのオアシス、石関係を扱っているお店が多い気がします」
「あら。良く気付いたわね。
「その話はまた後でな」
「顔を知られていない限り見つかる可能性は低いと思うが、警戒するに超したことはないからな。のんびりはしてられないぞ」
駐車場には歩くのに困らない程度に
「村には明日着くとして、来る時に寄ったオアシスのどこかでまた一泊するぞ」
「はーい」
「はい」
どこかホッとしたような
「
「ここまで来れば大丈夫かしらね」
助手席に座る
「気温が下がって来たな。一回どっかで停車して
「
「
「へ? 何?」
「いいから! 早く!」
「狩人だわ。どうしてバレたのかしら」
「あの狩人だ」
「ん?
「南の町で私達を捕まえようとしてきた狩人です」
「
「オアシスに来てた狩人って、あいつらだったんだ」
「あいつらは私達の顔を知っています。きっと、それで」
「そうだったの。よりによってね。運がいいのか間が悪いのか。でも、大丈夫よ。あの狩人は空を飛ぶ動物に乗ってないから」
「この車はいろいろ改造してあるのよ。地を走る動物が追い付けないくらいのスピードは出るようになってるの。
長い毛が全身を覆い、垂れた長い耳の後ろに太く短い角が生えている。四つ足の動物は長い毛を振り乱し、息を上げながら砂漠の上を走っていた。その背に
「ちっ。スピード上げやがった」
遠ざかっていく車に
「くそっ! またこれか! あの車改造してやがる。この『馬』じゃ追いつけねぇ!」
余談だが狩人は移動手段に使っている動物を二種に分けて呼ぶ。空を飛ぶものを『鳥』、地を駆けるものを『馬』と。
「組合の奴等を見返せると思ったのによっ。くそっ、くそっ」
グリフィスが
「『鳥』じゃないと追い付けないか」
背後から突然響いた高い笛の
「は?」
グリフィスは間の抜けた声を上げた。頭上すれすれまで降りて来た鳥にルインは四つ足の動物の背に器用に立ち上がると
「はえ……?」
バサリと翼が空気を打つ。その光景をグリフィスはただただ見上げることしかできない。
「悪いね、グリフ。あの天使と聖獣は俺が貰うよ」
グリフィスは
「お前……どうして……鳥に乗ってる?」
「俺には実績があるから」
「……は?」
「俺、今年で二十一だけど、狩人暦は十年近いんだよね」
「…………は?」
ルインは
「兄貴は本当にすごいよ。そもそも持ってる運の質が他人と違う。組合で初めて見かけた時は驚いたよ。こんな人間いるのかって」
その言葉に嘘はないようにグリフィスには見えた。
「でもさ。あんた、技術がないんだよ。
無邪気な笑顔を向けられてもグリフィスは口を開けたままルインを見上げることしかできない。何度か口を開閉して、
「なんで……。だって、お前。初めて会った時、新人だからって俺に付いてきて……」
「あはは。何言ってんの? 狩人はそもそも基本、単独行動だろう? どいつもこいつも
ルインは首を横に振った。
「兄貴。お別れだ! 目の前にはかつてないレア度MAXどころか振り切れてる大物! あんたはもう用済みだ!」
翼を
「ま、待てっ! 俺の獲物だぞ!」
かつて兄貴と呼ばれていた狩人グリフィスは自分の乗る動物の足を速めようとするがそのスピードは一向に上がらない。
「くそ! くそっ! なんでだよ!」
グリフィスは涙目になっていた。バカにされた悔しさと苦楽を共にしてきた筈の相棒に裏切られた空しさから
少し時間は
「何?」
「嘘でしょう……」
「まずいな」
「どうしましょう」
「いざとなったら
その
「何、言ってんの?
「そんな事、私達しませんよ!」
「
「ええ。無理」
きっぱりと
「でも、
その
「
「天使はどれぐらいの速さで飛べるんだろうな?」
「どうかしらね」
「片翼だしねえ……」
「
「え!?」
「そっか。
「それ、鳥に乗った狩人?」
「あら、すごいじゃない。なら、いざという時は大丈夫ね」
「
「ななな、何!?」
宙に吹き飛ばされた砂がバラバラと地に落ちる光景が後方に遠ざかって行く。
「ごめん。
「大丈夫」
鳥に
「どれ、もう一発」
そう言うと鳥に
「野郎、当てる気は無いな。こっちのスピードを落とすのが目的か」
「う、わっ!」
「
「ダメよ!
強い力に体全体が持っていかれ、翼の付け根に激しい痛みが走り、背中の肉が引きつる感覚に
「わざわざ
「くそっ!」
止まった車から狩人がどんどんと遠ざかって行く。
「追いかけ……」
「ちょ、ちょっと……。
「分かってる!」
「さて、本当は聖獣ちゃんも欲しかったんだけど。天使は捕まえたから。まぁ、良しとするか」
「
真下から聞こえてきた
「
「あれ? 聖獣ちゃん追いかけて来てるじゃないか。いいね。さすが純血の聖獣。その足の強さと速さには感服するよ。このまま聖獣ちゃんにも付いて来てもらおう」
ルインの笑い声に
車で
「……ダメだ。追いつけねぇ」
「
「はあ!? お前が運転したって変わんないぞ」
「分かってるわよ! あんたはあの鳥、撃ち落として!」
ヒステリックに叫ぶ
「正気か!?」
「こんな時に冗談なんて言わないわよ!」
そう
「
「何よ、その目は。分かってるわよ。無茶なことを言ってることぐらい。でも、隙ができるかもしれない。だから、構えるぐらいしなさいよ!」
ふたりは
「分かった」
「はぁ。大分遠いな」
前方に点の様に飛ぶ鳥との距離を見て
「こりゃ。かなり圧縮しないと届かないぞ」
「できないの?」
「
「
「イヤだ! 追いかけて欲しくなかったら早く降りてきて!」
「そんな……。できたらやってるよ……」
「がんばる」
「あれ? そんな髪飾り付けてたっけ? 付けてなかったよね。でも、うん、悪くない。女の子は飾り付けると値段が跳ね上がるから」
ルインの言葉に
「これは、そんなものの為に付けてるんじゃない!」
突風が吹いた。ルインが
「今!」
ルインは言い知れぬ圧力を感じて振り返る。
「なっ……」
ルインが肩越しに黒い球体を見た瞬間に
「い……たた」
「
「うん、大丈夫」
「大丈夫か?」
そう
「ええ。大丈夫」
「大丈夫よ。
「何が起こったんだと思う?」
「分からない」
太陽は地平線に半分姿を隠していた。エンジン音が近付いてきて
「お待たせ。
「角だ!」
「本当だ」
「ああ、うん」
「すごい……」
「ということは、さっきのは
「察しがいいわね。その通りよ。さ、ふたり共、乗って乗って。さっさとここから離れましょう」
「なんだ、今のは!?」
荒っぽい声に四人が顔を向けると、毛の長い四つ足の動物に
「そういえば、珍しくふたり組みの狩人だったわね」
「何をしたんだ、テメエら! 消えたぞ、あいつ!」
「……うるせえな」
酷く不機嫌な声だった。全員の視線が向けられた先で
「俺があいつを闇に落とした」
「や、闇……?」
「ああ、闇だ。その先にあるものが生か死か。自分の目で確かめに行ってみるか? 今すぐ同じ場所に落としてやるよ」
「お、覚えてろよ!」
そんなありきたりな捨て
「走れ!」
グリフィスが命令してやっと動物はゆっくりと走り出した。走り出すが足元はおぼつかず。とても最高速には達していない。狩人が
「もう、体力残ってないでしょうに」
「……腕が痛え」
「でしょうね!」
暗闇に沈もうとする砂漠に
「どうした?」
「えっと。
「あら!? まだ、言ってなかったかしら?」
「
「悪魔! へえ」
「じゃあ、あの角が」
「そうね。悪魔の特徴と言えるわね。それから、存在する物なんでも呑み込んじゃう闇の塊みたいなものを作り出せるんだけど。空気も吸収しちゃうから一瞬音も聞こえなくなっちゃうのよね。音が急に消えると耳の奥が痛んじゃってねー」
「闇に落としたって言ってたけど……。殺しちゃったの?」
もう身体を動かす気力もないのか
「いや、死んではいない筈だ。どこに行ったかは分かんねえんだけどな」
「分かんないの? だって、さっき……」
「そう。分からないんだ。さっきのは
「え」
「俺が二週間探し回っても見つけられなくて。絶望し掛けて呆然としているところにその人は帰ってきた。ボロボロになってな」
「良かったね!」
「良かったと、言えるのか……。その後すっげぇ怒られたんだ。血走った目で『闇を見たぞ……』とか重低音で言われてみろ。普段口数少なくて
その時の事を思い出したのか
「……
「うん。ごめん」
「たく。お前、知らねぇから……」
「さ。後はもう帰るだけよー」
「うん」
了
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