第1章・緑色の瞳の少女と青色の瞳の少女(2)
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「だーから! 私ゃ知らなかったんだって。何度言やあ分かるんだい。お役人さん!」
南の町、南門前の大通りに声が響き渡る。
客ではなく
役人はオニャを無感動な瞳で見下ろして言う。
「十年以上育ててきて、まったく気付かなかったってこと?」
「そう言ってるだろう! 今日の朝まで、私はあの子を人間として育ててきたんだ!」
オニャは腕を組み、役人から顔を
「最初からそう言ってるのに。あんた耳付いてんのかい? 大体、
怒鳴りつけても役人は微動だにしない。それどころか軽く肩を
「それには僕も同意見だな。正義を
「……」
投げ
「だ、大体! 役人ってのは二人一組が基本なんじゃないのかい? ひとりで来るなんて
オニャに言われて役人は今気付いたと言わんばかりに
「ああ、そうだ。通報を受けたはいいけど『天使』とか言われてシロの奴、
「……」
ため息をつく役人にオニャは
「結局。もうここに亜種はいないんだな」
それは、まるで独り言のようだった。
「……いないよ」
警戒しながら一応オニャは返事をした。すると役人は軽く息を吐き出して、オニャに向き直り言う。
「帰る」
「へ?」
「テン~!!」
町の中央側から駆け寄って来る人影が見えて、オニャに限らず
「シロ」
「テン! てんめえっ!!」
息はまだ完全に整ってはいなかったが後から来た役人、シロことスズシロは先に来ていた役人、テンの
「待ってろって言っただろうが!」
「待つって退屈だよね」
「ここで「そうですね」と俺が答えると思ったのか? 本気で思ったのか!? 退屈とか関係ねえから! お前の自由が許容されてるのはここが南の町だからだからな! 他んところでも通用すると思うなよ!」
「他のところでも平気な気がする」
「これだからボンボンは!! けど……その可能性を否定しきれない俺がいる!」
頭を抱えて叫ぶ役人と、よれた服を無感動に直す役人の温度差は見るからに激しい。
「また、大きな人が来たね」
「あんた……」
のんびりした声にオニャが振り返れば、最初からそこにいたのにオニャの気迫に存在を掻き消されていた夫、リトが立っていた。
オニャとリトの視線に気付いたスズシロが背を伸ばす。
「失礼! みっともないところをお見せした」
「亜種はもういないってさ」
「そりゃそうだろう。そんなこと通報を受けた時点で分かってたことだ。俺達がやるのは事後処理、事実確認と報告だ」
「つまらない」
「まあ、俺も本当に天使だったら見て見たかったけどなー」
スズシロは制服のポケットから携帯筆記具と手の平大に
「本当に天使だったのか」
「なんでぇ、お役人さん! 町民の言うことを
野次馬から声が上がる。
「ああ、恐ろしい!」
「あんなのが近所に
「いなくなってくれ
「お役人さん! 金一封はいつ貰えるんだい!」
「馬鹿言うな! 通報したのはこの俺だ!」
「何をっ。私だよ!」
口々にそんなことを言っているのはこの辺りではあまり見ない顔ばかりだった。反して口を閉じて困ったようにお互いの顔を見合っているのは朝に
「落ち着いて。落ち着いて!」
野次を飛ばしてくる野次馬を
「亜種を
「知らなかったんだ。亜種が
「何も知らないくせにっむがむが……」
我慢できなくなったオニャの口をリトが
「
オニャは思わず息を
「
「あ、あの子達はとても仲が良くて。それ以上言えることは何もないよ!」
「ふ~む……。もうちょっと
再びメモ帳を取り出して背中を丸めたスズシロにオニャはうっかり口を
「もうちょっと
「俺からも話しましょう」
あらぬ方からの思わぬ声にオニャとリト、スズシロが顔を上げる。
「誰?」
オニャの本気の疑問だった。アサツキはチラとオニャに目を
「誰だ?」
「天使が正体を
「学校の先生か」
「臨時ですが。こちらにも立ち寄るのでしょう。案内しますよ」
「あ、いや。その前に」
「この向かいの
「う~ん?」
「どっちでもいい。僕、先に帰っていい?」
「……ダメに決まってんだろ」
静かにしていたと思ったらトンデモないことを口走った相棒に、スズシロはがっくりと
「よし。学校が先だ。お前もちゃんと働け!」
「ええー」
「ええー。じゃない!」
役人が役人を言い
「
オニャがアサツキの瞳をこれでもかと覗き込んでいた。
「あ、あの? なにか?」
「……あんた、誰だい?」
「え?
「そうじゃなくて……。あの子達のことを知ってた?」
アサツキは軽く目を見開いてから
「ええ、まあ。少し前に。
「そう。黙っててくれたんだね。ありがとうね」
「お礼を言われるようなことは何も。逃げる後押しをしてやることしかできませんでした」
「十分だよ!」
「ありがとうね。あの子達がどこかで生きていてくれるなら。それでいいさ。少しでも
「噂の村が実際にあることを祈るばかりです」
「噂の村?」
「聞いたことはありませんか? 人間以外の種族だけでできた村があると」
「その噂は聞いたことあるけどね。どこにあるかも分からないだろう?」
「当たりをつけました。これだけ噂は広まっているのに誰も知らない場所。人間が行き
アサツキの申し訳なさそうな顔にオニャはその背を思い切り張り飛ばしていた。
「いっ!?」
アサツキはあまりのことにオニャの顔を
「あたしらのことは心配しなくていい。あんたはあんたのことを考えな。お気を付けよ。
耳元で聞こえた言葉にアサツキは思わず苦笑した。
「俺の方は大丈夫です。俺は今日をもって仕事を辞めるので。まだ、数日は町にいると思いますが、出て行くので」
「そりゃ、またどうして……」
「友人の探し物が見つかったので知らせてやろうかと」
「へえ。わざわざ知らせる為に仕事まで辞めるなんて。よっぽど大事な友達なんだね」
解放された首に手をやりながらアサツキは苦虫を
「ただの
「そうかい?」
「
スズシロがオニャとアサツキに近付く。
「
「うん? それなら」
オニャはアサツキの
「お役人さん。早くこいつ連れてっておくれよ!」
「え、いや。連れてってもらうのは俺達の方……。えーと、この短時間に何があった?」
「なんか気に入らなくてね! そう、なんかね!」
あまりに雑な言い様にアサツキは
「何かって……」
スズシロも困った顔をするがオニャは
「なんかはなんかだよ!」
「あー。あるよなー」
「ウチの母ちゃんもなんか急に不機嫌になることあるよ」
「あれ、謎だよなー」
「行くの? 行かないの?」
「あ、ああ……」
テンに
「では、行きましょう」
スズシロがオニャとリトに
「まあ、いいけどね」
「テン! コラあ! ちゃんと付いて来い!」
「はいはい。今行くよ」
テンが付いて来ていないことに気付いたスズシロの呼び声に、テンは適当にも聞こえる返事をして歩き出した。
「お前。サボる気だったろう」
「そんなことないよ」
のんびり追い付いたテンと長身の役人スズシロ、アサツキの後ろ姿が再び遠ざかり始めて、オニャはやっと胸を
「嵐だ! 嵐が来るぞ! とんでもなくでかい嵐だ! 今のうちに食料とか買い溜めしとけ!」
門番が砂避けの壁の上から叫んでいた。
「大変だ……」
オニャが
「オニャっ」
とても聞き慣れた声にオニャは振り返る。
「キナ! あんた大丈夫だったかい?」
キナがオニャの元へ駆け寄っていた。見ると向かいの
「なんでか私の方に役人は来なかったから」
不安そうな親友の細い肩をオニャは
「安心おし。それについては私から説明できるから。けど、今はまず!」
自身の店を振り返る。
「持って行きな。キナ。保存食に手を付ける前にお食べ。門番のあの様子じゃ数日は確実に出歩けなくなりそうだ」
「ありがとう。オニャ」
「話は嵐が過ぎてからだね。さ、早くお帰り!」
「オニャもしっかりね」
キナが走り去って行くのを見て、嵐
「
「おわっ! なんだい!?」
「俺達にも」
「私達にも」
「売っておくれ!」
詰め寄って来た野次馬達の必死の目にオニャは
「よっしゃ!
ワアッと歓声が上がると同時に店頭へ詰め掛ける野次馬達。
「押すんじゃない! 押すんじゃないよ! ひとり
オニャの
「嵐だってさ」
「こんな時に……」
「どうしますか?」
「どうするもこうするも」
スズシロは頭を
「町の人達の安全が最優先だ。すまない。先生。学校への聞き込みはまた、嵐が過ぎてから」
「ええ。校長達には俺から伝えておきましょう」
「先生も気を付けてくれ。ほら、テン! 見回りしながら詰め所に戻るぞ!」
「はーい」
「なんでお前はそうやる気のない!」
「お気を付けて」
走り去るスズシロとテンをアサツキは見送った。
「さて、嵐が過ぎるまで足止めだな。その後に時間を取られるのは面倒だな。……バックレるか」
アサツキは学校に向かって駆け出した。
+++
晴れ渡っていた筈の空は急激に
+++
場所は変わる。町以外で人の住むことのできる場所。世界に点在するオアシスのひとつ、南の町の程近くにあるオアシスでも、その嵐は良く見えた。
「やべえ! 嵐! 嵐が来るぞ!!」
「嵐い? 砂嵐ひとつで
「それがっ! 正直、俺は生まれて
「なあにが生まれて
「まったくだな。ハハハ」
窓際でカードゲームに
「こいつは……」
「やべえな……」
「この
「
小さなオアシスの
「旅の人。あんたは泊まってくか? 数日足止め食らっちまうことになるが」
「ん」
カウンターでひとりお茶を飲んでいた
「いや。俺は今すぐ出るよ」
「本気か? 今出たら確実に巻き込まれるぞ」
「こんな小さなオアシスじゃ自分達の
「しかしなあ……」
「俺は結構、強運の持ち主なんだぜ」
「けどなあ……」
「じゃあな。マスター。ごっそさん」
「あっ。……行っちまった」
実際、
「これは、ヤバいな」
と言いながらエンジンを掛けるとゆっくりと走り出す。
「
+++
「ゲホッ! ゲホッ!」
「
腕の中の
「
「こんな……こんな
「……
倒れる
「……歩かなくちゃ」
「はあ……ハア……はあ……」
「
「
「……私、私……何の為に……」
「……
耳元に聞こえた声に
「
「大丈夫……。大丈夫だよ……」
消え入りそうな声に
「何が、何が大丈夫だっていうの……」
返事はなかった。
「
+++
「これはまずい。マジでまずい」
後部座席を
「おおっと! ……突っ込むんじゃなくて回避する方を選択するべきだったか。でも、今日あたり帰らないと食りょ、ギャア!!」
視界不良の中、
「な、何だ!?」
「翼?」
青年は砂が吹き込んで来るのを構わずドアを押し開けた。
車の目の前にはふたりの少女が
ひとりはすれ違えば
+++
集まった人々は
「
「子供をふたり拾ったらしいな」
「あぁ。こんな時に村の人口を増やすなんて」
「そのふたりは本当に私達の仲間なの?」
「人間など
「もう村には水も食料もほとんど残っていないのに」
「あと何日、
ため息をついた人影達には頭から角が生えていたり、三角形の耳が生えていたり、服の
+++
目蓋を震わせて
+++
集会が開かれていた。平屋だけの小さな集落の中。他よりも少しばかり大きく建てられた建物から集まった人々が
「やっぱりここを離れて、もっと大きな水脈のあるところへ移りましょう」
「もう、それしかないのか……」
「けど、ここと同じぐらい人間に見つかりにくい場所なんてあるのかしら?」
「だが、もう、この話し合いも何回目だ? 早く決めないと井戸の水が
人々はザワザワと言葉を交わす。
誰かがため息をついた。人々の視線が集中する。室内の一番奥、他より一段高く作られたその場所には大の大人と変わらない体格の白い獣が座していた。
「村長」
声を掛けたのは
「大丈夫ですか?」
「え? あ、ああ……」
白い獣が瞳を揺らす。
「すまない……」
「村長が謝ることなんて何もありませんよ」
「しかし、私が決断できなかったものだから。その機を
「ここは村長が一から作った村なんですから。簡単に捨てられてもこっちも困ります。あなたにとって、その程度だったのかと」
「けれど、大事なのはこの地よりもここにいるみんなだよ。先のことが何も決まっていなくとも、ともかく行動すべきだったのかもしれない」
「人間に見つかるリスクを
「みんな……」
「けど、さすがにそろそろな」
ひとりの言葉に幾つものため息が零れた。
「そろそろ、しんどいよな……」
「……決断の時か」
白い獣がそこにいる人々の顔を見渡して立ち上がろうとした時、人々を押し退けて部屋に駆け込んで来る影があった。
「村長!」
それは集会が開かれている間、子供達の世話を任されたひとりだった。その男は子供をひとり腕に抱え、もうひとりの手を引いた状態で叫ぶ。
「井戸がっ!」
男の言葉に室内にどよめきが走った。
「井戸!?」
「井戸がどうした?」
「とうとう
「
「……。……。……?」
黙り込んでしまった大人達に変わり、男が連れて来た子供達が言う。
「お水がね、ぶわーって」
「井戸からザバザバーって」
「ぶわーだよ」
「ザバーだよ」
半泣きの男と対照的に冷静な子供達の言葉に大人達は顔を見合わせた。
「昨日まで涸れ掛けてた井戸がか?」
「今、
子供の言葉に半泣きだった男がハッとした。
「そ、そうだ。俺達の中じゃ
「すぐに行こう」
人々の間を
村
「これは……」
白い獣が歩く度に足元で水が跳ねる。
「
水の
「村長~! 助けてくださいぃ~!! 何がどうなってるのやらああああ!!!」
「
「うおおおおぉぉおぉぉぉ!! 村長ぅぅ!!」
「じゃ、
「
少女は村長の後ろに現れた
「うおおおおぉぉおぉぉぉ!!
「
白い獣と
「な、なんだこれ?」
「……どうなってる?」
「水が……」
「と、止めないとっ」
「止めるって……どうやって?」
「どう……」
人々が
人々の視線を一身に集めた少女はふと顔を向ける。青い髪が動きに合わせて揺れた。水の流れる音が響く中、少女はどこか
「綺麗な水」
少女は人々には目も
「村長」
「村長は井戸の水を増やせたりって……」
「できる訳ないだろう……」
白い獣もまた少女の消えた先を見つめたまま答える。
「操ることはできても無いところから出すなんて、できないよ」
「そうですよね。できたらやってますよね」
「
白い獣と
「
「はい。友達、です。南の町で一緒だった……。
「俺が三日前、帰ってくる際に倒れてるのを見つけて」
「倒れてた!?」
少女は
「どうゆうこと? どうして? ふたりは私と違って人間のことを怖がってなかった」
「それはふたりに聞いてみないことには……。
「
「あー。そうだな。多分そうだな」
「こうしちゃいられない!
「そうだな。何故かあの先には
+++
診察台の上、少女がうつ伏せに寝かせられていた。その側では少女の左背にのみ生える四枚の翼を
「キイイイイイィィィィ!! どんなに配合を変えても私の
女性の隣にはいつの間にか青い髪の少女が立っていた。
女性は思わず先程蹴り上げたばかりの丸椅子を胸の前に抱え上げる。
「あぶ、あぶ……」
言葉は形にならなかったが冷静さを取り戻すことができた女性は見る。突然現れた青い髪の少女はうつ
「
青い髪の少女は緑を帯びた黒髪の少女の黒く変色した一翼に手を伸ばす。
「遅くなってごめんね」
傷口に触れた少女の指先から青い光が
「ここ。ここに入れてちょうだい!」
少女は
「よっしゃ! これでとことん解析できるわ!!」
そんな女性の側で少女がふらりとよろめいた。青い髪の少女は診察台の側に倒れ込むとすやすやと
「良かった。痛み止めが
女性がホッと息をつく。毒の
「……」
女性は丸椅子に腰を下ろす。本来これは診察に来た患者用の椅子で、自身がいつも座る椅子は壁際に
「私。何もできなかったわ」
「落ち込んでるのか?」
見れば
「いいえ。今何もできなかったからって、出来ないままになんてしないわ。私を誰だと思ってるのかしら?」
「それでこそ
「で、何の用?
「その瞬間に俺は死んでるな。違えよ。青い髪の子がこっちに向かってくのが見えたもんでな。もしかしたら、ここかと思って来たんだが……そのまさかだったみたいだな」
「
診察台の上で眠る少女と足元で静かな寝息を立てる少女を見て、ふわふわの黄色い髪の少女は唇を震わせる。
「知り合い?」
「間違いないか?」
「はい。
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