第2話 足の指
ミズキがエノコに出会ってから何週間か経った頃。
先日の取引は上手く話がまとまり、営業部の同期からは感謝された。
会社としても、同行したミズキとしても喜ばしいことだったが、それはすなわちミズキがエノコと会う機会が無いことも意味している。
だが、ストーカーでもあるまいし、ミズキも仕事で偶然知っただけの女性を追いかけることはなく、エノコを知ったときの感覚は、その日だけの不思議な出来事として割り切った。
はずだったのだが――
今、ミズキはエノコと二人で居酒屋にいる。
「何名様でしょうか?」
「二人」
店員に対してエノコはVサインをつくってみせる。
二人は座敷タイプのテーブルに案内された。
エノコはヒールの短いカジュアルな靴を脱いで座ると、脚を組んで座り、そのまま白い靴下を脱ぐ。
ミズキはエノコが靴下を脱ぐ仕草をまじまじと見つめてしまった。
「やっぱり変かな、靴下脱ぐのって」
「変わってるとは思います。居酒屋でする人は少ないですし」
「キミのそう言う言い方、まあまあ好き」
エノコは何の気なしに言いながら、ミズキにメニューを開いて見せる。
ミズキがメニューを見ていると、エノコが話題を変えた。
「それにしても、まさかキミと出会うなんて。いつもと違う道も使ってみるもんだ」
「会うのも想定外でしたが、その場で飲みに誘われるのも想像できませんでした」
「私も」
言いながら酒と料理を注文する。
「初めて会ったとき、営業差し置いて話すの見て興味が湧いたんだ。どんな人なんだろうって」
「どうでした?」
「こんな短時間で答え出ないよ。でも、声かけたのは正解だったね。あ、ハイボールはアタシです」
店員が運んできた品を受け取りつつ、話を継続させる。
「正解?」
「うん。話してるの見てたのもそうだけど、会う前は、うちの担当がえらく機嫌よくて、こんなに機嫌よくさせるのってどんな人が来るんだって身構えてたくらいだし。それが話してみたら、結構付き合い良さそうだから面白くて」
本当はミズキもエノコに興味があったのだが、ここでそれは言えない。
なのでミズキは基本的に受け身で会話をすることになった。
受け身といっても、エノコに聞かれたことにはしっかりと答えたので彼女を不快にさせてはいないはずだ。
そうして時間は過ぎ、酒も料理も無くなったところで店を出ることにした。
エノコは靴下を履いてから靴に足を入れる。彼女が一瞬だけ表情を歪めたが、そのまま靴を履いた。
しかし、エノコは歩こうとした際に「痛っ」と漏らしてよろけてしまう。
「おあっと」
ミズキは咄嗟にエノコの体を掴んで抱きとめた。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫、ちょっと酔っちゃっただけ……ありがとう」
そう話すエノコだが、再び足を動かすとわずかに口元が動いた。
「足の調子、良くないんですか?」
「あはは……流石に気づくよね」
エノコは嘘が通せないと気づいたのか、座敷に腰掛けてゆっくりと靴を脱ぐ。彼女の靴下にはうっすらと朱が滲んでいた。
「怪我してるじゃないですか」
ミズキが鞄から少し大きめの絆創膏を取り出すと、エノコは何も言わずに靴下を脱いだ。
エノコの足の親指には擦ったような傷ができている。
靴と足が合っていないのだ。
「貼りますよ」
ミズキはエノコの足の指に絆創膏を貼る。
傷口を保護された足は幾分か楽そうだった。
「ありがとう」
「いえ、これくらいは。それより靴、替えた方がいいですよ」
「うん……」
エノコは再び座敷へと足を戻して座り直してしまう。
ミズキは無言でグラスに水を注ぐと、静かにエノコの方へと置いた。
エノコは水を口に含んで何秒かしてから飲み込むと、息を吐いてミズキの方を向く。
「実はね。この靴、私のお母さんが送ってくれたものなんだけど、何年も会ってなかったから私の足のサイズ間違えたみたいで。今日履いてみたら思いの外きつかった」
再度グラスの水を口に含む。飲み込んでは息を吐き出す。
「ねえ、来週空いてる?」
「ええ、空いてます」
「なら、少し付き合って」
エノコはミズキの返答を待たずにグラスの水を飲みほした。
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