心からの言葉をあなたに

第58話

 ふと目を開けると、目の前に大好きな人の寝顔があった。まつ毛長いなぁ、綺麗だなぁ。自分はめんくいだとは思わないけど、彼女の顔は好き。ずっと見ていられるし、こんな無防備な顔を見られる私は幸せ者だと思う。彼女が身じろぎをし始めた、そろそろ起きるのかもしれない。目を開けて私を見つけ微笑むのを想像しながらその時を待つ、この数分が私の至福のときだ。


 うん、こんな感じでいいかな。

 次の章の冒頭の文章を、頭の中で考えていた。順調に交際を続けている二人の物語、そろそろ何かすれ違いや問題を起こさないと面白くないかなぁ、小説って難しいなぁ。


「うわっ」

 いつの間にか、栞菜ちゃんの顔が間近にあった。

「こっちの方が驚くわよ、またぼんやりして。寝てたわけじゃないわよね?」

「えっと、ちょっと考え事」

「ふぅん、私のこと?」

「えっ、違っ」

 違うけど、違わない。

 小説だけど、栞菜ちゃんをモデルにしているのは確かだから。

「なんだ、そっか。朝ごはん出来たよ」

「わっ、ありがとう! え、いつのまに?」

 栞菜ちゃんが引越しをして、私たちは遠距離恋愛になったけれど、こうやって会いに来てくれる。以前の栞菜ちゃんの部屋に比べれば断然狭いのだけど、私の部屋で週末を過ごしている。

 栞菜ちゃんは、最近料理を始めたようで作ってくれることがある。まだ簡単なものしか作れないって言うけれど、なかなか美味しくて、とても嬉しい。

「天寧が誰かのことを考えている間にね」

 少し棘のある声が聞こえる。

「ん? いや、違う違う。ぼーっとしてたのは、小説の文章を考えてたんだよ」

 栞菜ちゃん以外の人のことを考えたなんて思われたくないよ。

「へぇ、今書いてるの? サークルの?」

「ううん、サークルのじゃなくて個人的に書いてみたくて」

「へぇ」

「あっ、このスクランブルエッグ美味しい」

「ふぅん」

「トーストの焼き加減も最高」

「読んでみたいな」

「えっ」


「あ、コーヒー入れようか?」

「まだ途中だから」

「ミルクたっぷりだよね?」

「ちょっと恥ずかしいんだよね」

 二人の、噛み合わない会話を止めるようにコトンとマグカップが置かれた。

 私は湯気の立つコーヒーを一口啜る。

 栞菜ちゃんは伏目がちにパンを齧る。


 いつか完結した日には、読んでもらって感想を聞きたいと思っている。

 私と彼女の物語だから。

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