第55話

「あれ、帰るの明後日じゃなかった?」

「ごめん、急だけど今日帰るね」

「あ、台風来るからか」

 テレビを付け、姉は朝食を食べ始めた。

「うん、天寧も早めに帰ってくるって言うから」

「あぁ、なるほど。台風にお礼言わなきゃだね」

「えっ」

「早く会いたいって顔に書いてあったもんね」

「そんなこと……あるけど」

「素直でよろしい、出勤のついでに駅まで送ろうか?」

「ありがとう、お姉ちゃん」




「お邪魔しまーす」

 荷物をいっぱい抱えた天寧がやってきた。

「荷物たくさんだね、ほぼ食料?」

 手渡された袋を覗いて冷蔵庫へ入れる。

「台風当日は部屋から出ないと思って」

「きっとベッドから出ない」

 そう言うと天寧はアハハと笑い「面白いね」と言った。

 割と真面目にそう思ったのにな。

「栞菜ちゃん、ご飯食べた? 私、お昼に食べ過ぎちゃって軽めでもいいかな」

「実家に行くとあれこれ食べさせられるよね、私も軽くでいい」

「わかった、作るね」

「手伝えることある?」

「ん?」

「私に出来ることあればだけど」

「栞菜ちゃんにしか出来ないことがあるの」

 そう言ってすり寄って「少しだけ」と見つめられた。

 その顔が妙に艶っぽくてドキリとしたけれど、表情には出なかったと思う。

 腕を広げると私の中に収まって腕が背中に回された。いつも天寧とのハグは安心して気分を落ち着けてくれるけれど、今日はドキドキが止まらない。バレちゃうな、これ。


「充電完了、さぁ作ります」

「あ、うん」

 いつもよりやや長めのハグを終えてキッチンへ向かう天寧。私も後をついていく。やる事がなければ眺めているだけでもいい。

「見られてるとやりにくいから、栞菜ちゃんはサラダ用の野菜洗って!」

「はーい、喜んで」

「ふふ、居酒屋みたいだね」

「レタス入りまーす、あとはキュウリとトマトと……ねぇツナも入れていい?」

「いいよ」

「どこにあるの?」

「そこの棚に入ってない?」

「あ、あった」

 取り出しながら、ふと天寧の方を向くと視線がぶつかったのでニヤけてしまった。私の家のキッチンなのに、天寧の方が把握してるってちょっと嬉しい。

 でも天寧はすぐに視線を逸らしてしまって、なんだかぎこちない。

 そんなにずっと天寧を見てる訳じゃないけど、やっぱりやりにくいんだろうか。チラチラ見るくらいにしておこう。

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