甘えるということ

第52話

「お先にシャワーどうぞ」

 そう言われ、タオルと一緒に渡された部屋着。Tシャツとダボっとしたハーフパンツは、両腕に抱えると微かに天寧の匂いがした。

 自分が何も持たずに飛び出して来たことに今更ながら気付いたけど、こうして色々貸してくれるから不自由はない。

「あれ」

 しっかり湯船に浸かって温まり脱衣所に出たら、脱いだ服と下着がない。たぶん今稼働している洗濯機の中なんだろうが。えっと、ノーパンでもいいかな、いいよね。借りた部屋着を身にまとう。


「私もお風呂入ってくるね、栞菜ちゃんは適当にくつろいでいて」

 そう言われ一人になる。クッションに寄りかかったり、ベッドに腰掛けたり。

 改めて見ると、突然の訪問なのに部屋も片付いているし、掃除も行き届いている。普段からちゃんと生活しているんだなぁと、そんなところも好ましく思う。

「あぁ」

 コテンと横になったら、天寧の匂いが強くなって包まれる感覚になる。

 他人のベッドなのに心地良い。


「栞菜ちゃん、寝てるの?」

 近づいてきたのが分かって、手を広げる。スッポリと腕の中に収まるとおでこをスリスリと擦り付けるからくすぐったくなる。

「ふふ、猫みたい」

「栞菜ちゃんの方がよっぽど」

「そ? あぁ……」

「どうしたの?」

「私ね、天寧に甘えてるんだと思うの」

「甘え?」

「私、今まで他人に嫌いなんて言葉使ったことないと思うの、だってそれ言ったら確実に関係悪くなるでしょ? 人付き合いが苦手だし距離の取り方もわからないし、常に壁を作っていたような気がする。だけど、本当に信頼できる人にはーーたとえばお姉ちゃんとかね、大嫌いとか平気で言ってた。昔から喧嘩はしょっちゅうだし、傷ついたり傷つけたりもしたけど、それでも何があっても嫌いにならない存在だったの。天寧にも、つい、そんな感じで言ってしまって、天寧なら分かってくれるって思っちゃって、甘えだと思う」

 私の背中に回されている天寧の腕にギュッと力が入った。

「私は甘えられて、光栄ですよ。私だって、何があっても絶対嫌いにならない自信あるから、安心して甘えて」

 あぁもう、ほんと、こういうところ。

 好きすぎておかしくなる。

「天寧、今日は無茶苦茶にしたい気分なんだけど、いい?」

「あ、そっちは甘えるんじゃないんだ」

「いい?」

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