第50話

 部屋の中でぼんやりしていたら、着信音が聞こえてきた。

「あっ」

 一瞬出るのを躊躇ったけど、ずっと鳴り続いているから通話ボタンを押した。

「天寧! 良かった。住所教えて」

「じゅ、住所?」

「うん、バス停は聞いていたけど家の場所まではわからなくて」

「えっ」

「大丈夫、地図読むのは得意だから、住所でたどり着けると思うから」

「はい? 今どこにいるの?」

「今、バス降りたところ」

 あの先輩が、うちへ来ようとしてる?

「ちょっと待って。迎えに行くから、そこで待ってて」

「あ、うん、わかった」


 財布と鍵を握りしめて、部屋を飛び出した。

「あっ」

 途中でスマホを置いてきた事に気付いたけど、そのまま歩いた。

 最寄りのバス停に……

「本当にいた」

 それは不思議な光景だった。


「栞菜先輩」

「あ、早かった。おうち近いの?」

「はい……こっちです」

「あ……いいの?」

「え、ここまで来ておいて今さら遠慮する?」

「勢いで来ちゃったけど、ここで待ってる間に少し冷静になったら、いいのかなって思って」

 しおらしい。


 こんな表情は初めて見たかもしれない。

 さっき、先輩を見た時に感じたこと。

 部屋着のままだし、サンダルだし、バッグも持たずに、慌てて来たっていう感じがして、それが不思議だったんだ。


「栞菜せんぱ……栞菜ちゃん、来て」

「うん」

 そんなに遠くはないので無言で歩いた。先輩の履くサンダルの音を聞きながら。

「狭いですが、どうぞ」

「ありがとう、お邪魔します」

 先輩の部屋に比べたらかなり狭い1DK。

 座布団代わりのクッションに座ってもらう。

「あぁこれ、気持ちいい」

「人間をダメにするってやつです」

「あ……」

 何かを思い出したように、先輩はクッションから離れ、直接ラグに座った。

「天寧、ごめん」

 改まって頭を下げる姿を、私はまた不思議な気持ちで見つめた。

「嫌いっていうのは本心じゃなくて、その、なんと言えばいいのかーー」

「栞菜ちゃんが思ってること、ゆっくりでいいからなんでも話して」

「わかった」

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