第48話

「栞菜先輩、どうして?」

「早めに帰って来たから、迎えに来ちゃった。そしたら、なんだか懐かしくなっていろいろ思い出してた」

「え、何を?」

 社会に出ると学生時代が懐かしくなるものなのか。

「そんなの決まってるでしょ」

「ん?」


「天寧先輩、さようなら」

「え、あ、さよなら。またね」


 先輩との話の途中だったけれど、後輩に挨拶されて手を振った。

「先輩? 天寧が……」

 小さな呟きが聞こえ。

「へぇ、天寧先輩なんだ」

 今度はハッキリと聞こえた。

「そりゃ私だって、一応3年……」

 あぁ、そういえば出会った頃の栞菜先輩の年なのか、私はあんなにしっかりしてないけど。

「天寧、帰ろ」

 先輩は私と腕をクイっと組んで引っ張って歩く。周りを気にせず、くっついてくる。

「わっ、栞菜先輩?」

「ねぇ、アレ呼んで」

 歩調を緩め、今度は手を恋人繋ぎにして甘い声で囁く。

「うっ、ここで?」

「うん」


「栞菜ちゃん」


 ふっと先輩の頬が緩んで目尻が下がる。いつもはキリッとしている先輩が、なんともだらしなくーーじゃなかった、可愛らしい顔になる。

 そんな先輩を見て、私も体の真ん中辺があったかくなり、私は間違いなくだらしない顔になっている。


 いつ頃からか、甘い雰囲気になった時にだけ「栞菜ちゃん」と呼ぶようになった。そして、その度に先輩の反応がこんなんだから、更に甘いイチャイチャモードへ突入するのが今までのパターンで。

 部屋以外で呼ぶのも、呼んで欲しいと言われたのも初めてだけど、きっと久しぶりに会えたから甘えたいモードなのかな、私は寧ろ大歓迎だ。

 手を繋いだままゆっくりとバス停まで歩き乗車する。

 するとスッと手は離れ、視線も外された。あれ?

 先輩は窓の外を向いていて何かを考えているようだ。

 お仕事で疲れてるのかな、座れたから気が緩んだのかな?

「栞菜ちゃん?」

 一瞬だけ私の方を向いて、プイっと今度は前を向いた。

 え、怒ってる?

 イチャイチャモードはどこへ……

「さっきは呼んでって言ったのに」

「さっきは、後輩ちゃんが見てたから」

 んん?

 見られてたから、腕を組んだり手を繋いだってこと?

「なんで」

「天寧がモテたら困るもん」

「あはっ。そんなこと、あるわけないのに」

 学生時代の先輩じゃあるまいし。

 ないない、絶対ない。なーんだ、そんなことか。

 笑い飛ばしていたら、栞菜先輩に睨まれた。

 そんな顔も可愛いと思うのだから、たとえ万が一モテたって、他の人は眼中にないのにね。

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