第44話

「まだ梅雨は明けないのかなぁ」

 先輩の部屋の窓は大きくて、外がよく見える。今日はずっとシトシトと雨が降っていた。

「天寧は雨が嫌い?」

「そういう訳じゃないけど、ほら、もうすぐ七夕だから」

「だから?」

「一年に一度の逢瀬は晴れた方が嬉しいかなって、私も星空が見たいし」

 先輩はクスクスと笑いだした。私、変なこと言ったかな。

「天寧は優しいね」

 え、何が?

「彦星と織姫のデートの心配するなんて」

「あ、いや、その」

 本音はそこじゃないんだけどなっ。

「どうした?」

 じっと見つめてしまっていたらしく、さっきまで笑っていた先輩が真顔で近づいてきた。

「先輩と一緒に星空を眺めたくて」

 彦星と織姫のことを考えていたわけじゃない、ただの私の願望を漏らす。

「あー」

 先輩が目を伏せた。

 なんだぁって思われた? 優しくなんてないって幻滅されちゃった? やっぱり言わなきゃ良かった。

「ごめん」

「え?」

 なんで先輩が謝るの?

「その日、出社しなきゃいけなくて、次の日も特別な会議とかで土曜日なのに出社命令出てるの」

「あ、そうなんですね」

 お仕事なら仕方ないよね。

「せっかくの七夕なのに」

「いえ、大丈夫です。私こそ変なこと言ってごめんなさい。その日は向こうに泊まるんですか?」

「うん、そのつもり。電話するからね、お土産も買ってくるし、いい子にしてて」

「はい」

 寂しいけど、思いきり子供扱いされてる気がするけど、頭を撫でられ髪をわしゃわしゃしてくるから嬉しくてーーあれ、もしかしてペット扱い? でもいいや、先輩が楽しそうだから。




 七夕の夜、1人で見上げる夜空はどんよりとした曇り空だった。星は一つも見えないや。

 私の心も同じようにどんよりとしている。隣に先輩がいないからなのは明白で、先輩からの電話を今か今かと待っていた。


「そっちの天気はどう?」

 声を聞いた途端に気持ちは晴れるんだから、現金なものだ。

「曇ってます」

「あぁ、こっちもだよ」

「やっぱり星は見られないかぁ」

 一緒にじゃなくても、声を聞きながら天の川が見えたらロマンティックなのにな、なんて考えていた。

「まぁ、その方がいいんじゃないの?」

「え?」

 何がいいんだろう。

「だって、一年に一度のデートなんでしょ? 二人っきりで楽しみたいんじゃないかなぁ、お空のお二人さん」

「え、あっ、そういう……」

 先輩の考え方が素敵過ぎて、感動してしまった。

「先輩の、そういうところーー」

 好きですって言おうとしたら、電話の向こうが騒がしくなっていた。

 ガラガラと音がしたと思ったら。

「栞菜、ベランダで何してるの? お風呂お先ーー」

 という女の人の声が聞こえた。

 えっ、誰?

「あ、ありがとーーごめん天寧、また後で」

 そう言って通話は切れて、その日再びかかってくることはなかった。


 誰なんだろう、お友達? 職場の人?

 そういえばどこに泊まるかって聞いていなかった。

 私はホテルにでも宿泊するんだろうなと勝手に想像していただけだ。それは、先輩が誰かの家に泊まるというイメージがなかったから。

 だって、人と深く付き合うのは苦手だと言っていたし。

 え、待って! ということは、その人はよほど仲の良い人ってこと? 私より?

 私の心は、この夜空よりももっと深い暗闇の中へ堕ちていった。

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