第39話

 玄関がパタンと閉まってから、しばらく放心していた。

 私はまた自分勝手な行動をしたんじゃないか? 呆れて帰ってしまったんじゃないか?

 思い返せば、プレゼントを貰ってお礼も言わず勝手にパクパク食べてしまったんだよね。

 最悪じゃないの、本当に自分自身が嫌になる。

 せめて美味しいの一言でも言っていれば……言ったっけ? いや、『甘い』とは言った気がする、私にとっては褒め言葉だけど通じただろうか。

 どうしよう、何か行動を起こさなければ……今までの自分を変えたいのだから。

 以前の私なら、失言しようが呆れられようが、これが私なんだからって開き直って何もしなかった、でも天寧相手にそんなことしたくない。嫌われたくない。


 スマホを手に取り考えた。今はまだ家には着いていないよね。通話では迷惑だろうからと、つい最近交換したIDのトーク画面を見つめる。

 何を書けばいいんだろう、文芸サークルに入っているくせに語彙力……

 えっと、そうだ。マフィン美味しかったよって伝えなきゃ、そういえば手作り感あったけど、そうなのかな。

 送信してすぐに返事が来た。

 え、本当に手作りなんだって凄いな。

 食べるのは大好きだけど、作ろうと思ったことなんてないもの、え、また作ってくれるって? なんだか催促しちゃったみたい。

 メッセージのやり取りを読み直して反省するが、最後は喜んでいるスタンプが返ってきているからこれでいいんだよね。

 嬉しい……私は、勝手に緩む頬の筋肉に手を当てた。

 その後はたまに、挨拶のメッセージやスタンプを送ってくれるようになって、そういうのは今までになかったからとても新鮮だった。会えない日でも存在を近くに感じられるから。



 その日はサークルの後にゼミの教授に呼ばれていた。幸い、大した用事でもなかったのですぐに解放され、急いだらなんとかバスに乗り込むことが出来た。

 あ、いたいた。良かった、間に合って。

 今日のサークルで読んだ天寧の作品の感想を伝えたかったから、追いつけてホッとした。 

 とても良く書けていたと思う、読めばすぐに映像がイメージ出来るような、そんな文章で。いつもの天寧の作品よりはシリアスだったけど、それでも温かみのある文章だった。

 頑張って書いたと思うから、メッセージじゃなくて直接労いたい。

 声をかけたら、とても驚いていた。


「なんで私の作品だと思ったんですか?」

 え、なんでって? そんなの分かる……よ?

 特に理由があるわけではないが、確信していた。

 私を見上げる天寧の目が潤んでいて、無性に抱きしめたいと思った。バスの中ではそんなこと出来ないけれど。



「今日はいいわよね」

 久しぶりに触れる、細い手首を引き抱き寄せる。

 嫌だと言われても、今日は止まれそうにない。いつからか天寧への気持ちが、私の中で大きく膨れ上がっていた。

 天寧も同じ気持ちだと思っていいんだよね。言葉はなくても、その熱い眼差しを信じていた。


 天寧の涙を見るまでは……

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