第38話

「どうする?」


 あの電話以降、私の考え方が変わっていったのは確か。

 元々口数が少なかった私は、くだらないお喋りが嫌いで、人との会話は必要最小限でいいと思っていた。過去の恋愛も相手ばかりが話していた気がするし、そして私は、それでいいと思っていたのだ。

 でもそれは違うんじゃないか、本当の恋愛関係ーーというか人間関係?ーーは、そういうもんじゃない。ような気がしてきた。

 だって、天寧とは色んな話をしたり、くだらないことで笑い合ったりしてみたいもの。

 だがしかし、そんなに容易く変われるわけでもない。

 今まで興味がなかった話題を振ったところで、話は続かないだろうし。どうすればいいんだろう。まずはこの後、私の部屋に来てくれるのだろうか?

 それで、冒頭の言葉となる。


「どうする?」

 来て欲しいな、との願いを込めて聞いてみたなら。

「今日は、話があるのでお邪魔したいです」と言う。

 この子は、私の思考が読めるのだろうか。いや待って、この子の言う話とは、私が期待する単なるお喋りではなく、ちゃんとした話なんだろう、改まって言われると何の話なのか少し不安になる。


 気持ちを落ち着けるため、紅茶を入れた。

 茶葉を入れ、沸騰したお湯を注ぎ、少し待って丁寧に濾す。とても良い匂いが立ち込めた。

 ふと天寧を見れば、本棚のそばに立ち一冊の本を持っていた。それは私のお気に入りの本だ。

 そうだ、共通の話題があるじゃないか。本の話なら、こんな私でも話せることがたくさんある。

 気になるなら貸してあげると提案したけれど、題名だけ知りたいのだと固辞された。

「そう……」

 一瞬浮かれた私は、また不安にかられた。

 これはもう、不安の元となっている話を聞いてしまおう。


「それで?」

 紅茶を飲む振りで不安を隠し、話を促した。

 するとハッとした感じで「あの、これを」と紙袋を差し出した。

 要らなかったら捨ててもらっても……とか何とか、赤い顔をしてモゴモゴ言っている。

 これって、バレンタインのプレゼントだよね?

 ホッとして中から取り出すと、美味しそうなお菓子が出てきたので、フォークを準備するのももどかしく、そのまま齧りついた。

 あ、甘さがちょうど良い。気付けばあっという間に完食していて自分でも驚いた。天寧も、そんな私を目を丸くして見ていた。


 そうだ、話を聞くんだったよね、少し落ち着こう。

「で、話って?」

「えっと、それはまた今度でいいです。帰りますね、紅茶ごちそうさまでした」


 あぁ、またやってしまった。

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