気持ちが膨れあがると、不安も芽生えるものなのか

第37話

 予定の時間より早くインターフォンが鳴った。出てみるとやっぱり天寧だった。

「早かったね、どうぞ」

「ごめんなさい、予定より早く訪問するのが失礼なのは分かってたんだけど」

「それは構わないわよ、でもどうしたの、楽しみ過ぎて寝れなかったとか?」

 からかうつもりで言ったのに。

「……はい」

 素直に顔を赤らめるもんだから、聞いたこっちまで恥ずかしくなってくる。

「もう、、」

 可愛いんだからって、思わず抱きしめたら普段よりももっと甘い匂いがした。

「今年も作ってくれたの?」

「ふぇ?」

 私の腕の中で、ふにゃけた顔を覗き込んだ。

「あ、そうだった。冷蔵庫で少し冷やしてもいいですか?」

 スルッと抜け出したのが寂しくて腕をそっと撫でながら、私も冷蔵庫を覗く。

「それ、何?」

「ガトーショコラです」

「あ、絶対美味しいやつだ」

「え、そんなハードル上げないでくださいよ」

 そう言うけれど、去年のマフィンだってとっても美味しかったから、間違いないと思う。



※※※


 その日は朝から声をかけられる事が多くて、そうか今日はバレンタインデーだったかと気付いた。

「え、何個貰ってんの、氷室のファンの多さは相変わらずだな」

 たまたまチョコを受け取っていた場面に遭遇した友人は、そう言いながら明らかに落ち込んでいる。

「貰えてないの?」と聞けば。

「いーや、まだ今日は始まったばかりだ」

 と、強がっていた。


 サークルが終わった後に、下級生から先輩方にってチョコを配っていた。

「今年の1年は気が効くねぇ」

 少し離れた場所でも、喜んでいる例の友人の声が聞こえてきた。貰えて良かったね!


「先輩……これ、みんなからです。受け取って下さい」

 やってきたのは天寧だった。

 あら、私にも?

 一瞬躊躇した私に、「先輩方みんなに配ってて、担当はクジで決めたので」と説明してくれる。

「ありがとう」

 水色の、爽やかなラッピングだった。

「可愛いーーね」と言うと、やっぱり先輩は青が似合うとか何とか言いながら嬉しそうにしていた。

 一緒に帰ろうと思い支度をしていると、なぜか「ごめんなさい」と謝る声が聞こえて振り向けば、他の子に貰ったチョコの入ったエコバッグを見つめていて、チョコ以外のものにすれば良かったと呟いていた。

 そんなこと気にしなくても良いのに、まず相手のことを考えてしまう子だから。だから誰にでも好かれるんだろうな。


「いいよ、私甘いもの好きだから」


 もちろん、私も。

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