第34話

 よく彼女は、みんなに揶揄われる。それは全て好意によるものだ。今日の読書会でも、彼女の作品を甘いだのなんだのと名前をもじっていじられながらも、みんな笑顔だ。

 作品も気持ちの良いハッピーエンドだし、きっと幼少期から大切に育てられたんだろう。

 みんなが好意を抱くのもとても良くわかる。素直で可愛いし裏表もないのだから。

 でも、なんだか……悔しいな。


「氷室はどう思う?」

 感想を振られて、咄嗟に何か言った気がするがあまり覚えていない。

 彼女の目が不安そうだったから、それどころじゃなかった。悩んでるのは、もしかしたら私とのこと? 友達に知られるのが嫌なんじゃなくて、そもそも私との付き合いが嫌なの?


 感想は「甘過ぎーー」とかなんとか言った気がする。私にはこんなハピエンは書けない。彼女は私にはもったいないくらいの子だ。もしも私から離れたいのなら、その方が彼女のためなのかもしれない。でも……


 ふと我に返ると、なんだか雰囲気が一変していた。あれ、またやってしまった? 無神経な一言を言ってしまったのだろうか。


 私の気分と同じで、どんよりとした雲が広がっていて大粒の雨が落ちてきていた。

「氷室先輩? もしかして傘持ってないんですか?」

「どうぞ」

 傘を広げ差し出す彼女。

「いいの?」

 私なんかと一緒にいていいの?


 どうせバス停まで一緒だからと、一つの傘で二人で歩く。私の方が背が高いから片手に持って、もう片方で彼女を引き寄せたかったけれど、グッと我慢した。

 私が降りるバス停へ着く頃には小雨となっていたけれど、送りますと一緒に降りてくれる。期待……しちゃってもいいのかな。


「それじゃ先輩、帰りますね」

 送ってくれたのは彼女の優しさだったのか、そう言って部屋に入らず帰ろうとする。

「待ってーー」


 『帰したくない』という思いが強くなって、肩が濡れてるだの、お風呂へ入ろうだの強引に引き止め、さらには服を脱がそうとすれば。

「いいです。自分で脱げます」

「すぐに出るので入って来ないでください」等と、逃げるように浴室へ去っていった。

 あぁ何やってるんだ、私は。

 でも、逃げれば逃げる程追いかけたくなる。こんなことは初めてだった。


「お風呂、ありがとうございました。雨も止んだみたいなので帰りますね」

 私がお風呂から出るとすぐに、彼女は帰っていってしまった。私は何も言えず見送るしかなかった。

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