第31話

※※※


「なぁ、あの1年の子、良いよな」

「え、ちょっと地味じゃね?」

「素朴な感じが良いんだよ」

「あぁ、おまえの好みかぁ」


 サークルの先輩の会話が聞こえてきて、視線の先の女の子が目に入った。

 あっ、あの子! たまにバスで一緒になる子だ。

 他の乗客はだいたいスマホを見ていて俯いているのに、あの子は顔を上げているから目立つ。本人は何か考え事をしているのか、ぼーっとしていて、目立っていることに気付いていないのだけど。

 そっか、文芸サークルに入ったのかぁ。


 その数日後、私がバスに乗り込むとあの子が座っていてこちらを向いた。そしてニコッと微笑んで小さく手を振った。

 ハッとした。心臓の拍動が感じられる程に。

 手を振り返そうとした時、その視線が私の前を歩く親子の、小さな女の子に向けられているのに気付いた。

 そっか、そうだよね。

 勘違いの恥ずかしさに顔が熱くなった。それでも、あの笑顔が頭から離れなくて、たまに同じバスに乗った日にはつい視線を向けてしまっていた。



 その日、サークルでは私が書いた作品が読まれた。

 つい先日、感情の赴くまま書き殴った文章だった。きっと読んでも、誰にも私の気持ちはわからない、そんな文章だった。

 珍しく長く続いた恋人と別れた直後だったからなのか、別れ際に言い放たれた言葉が、抜けないトゲのように引っかかっていたからなのか。


「君のためを思って言うんだけど、もう少し愛想良くした方がいいよ」

「恋人として連れ歩くには良いけど、ずっと一緒はしんどいんだよ。つまらないっていうか、なんだか居心地が悪いんだな」


 君は欠陥品だと言われたような気持ちになった。確かにそうなのかもしれない。相手の気持ちに寄り添う事が苦手だから、私はつまらない人間なんだと思う。


「何言ってんの、そんなことない! 誰がそんなこと言ったの?」

 と、怒ってくれたのは姉だけだ。



「悲しい事があったんだなと思いました」

 私の文章を読んで、あの子ーー佐藤さんは言った。

 悲しかったのだろうか、悲しいという感情が私にも人並みにあるのだろうか。

 いつの間にか一人になった部室で考えていた。

 あの子はどうして……



「あっ」

 突然声がして顔を上げたら、その本人がいた。

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