第26話

 私が生まれた家は、わりと裕福で母は専業主婦だった。子供の頃は何も言ってなかったが、資格を持っている母は本当は働きたかったらしい。父がそれを許さなかったという。

 家に帰れば母がいて、おやつも手作りで、習い事の送迎も欠かさない。子供にとっては理想だけれど、ほぼワンオペだった。

 父は平日は夜遅く帰ってきて、休日は出掛けているか自室に籠っている。

 父との会話はほとんどない、父と母の会話も皆無だった。

 だから、別居も離婚も驚きはしなかったし、まぁそうだよねと納得した。

 母は離婚後、資格を生かし就職した。ブランクがあったため給料は低いらしいが楽しそうにしている。

 子供に対しては放任主義といえば聞こえはいいが、あまり関心がないようだった。必要な事以外は口出しすることもなく、好きなことをさせてくれる。進路の相談も「したいようにしていいよ」と言ってくれたから、私はこれ幸いと家を出て一人暮らしをさせてもらっている。

 姉は、両親の離婚の時にはもう成人していたので、親権云々は関係なく、都会で自立し気ままに暮らしている。



 子供の頃の私は、姉が言うように可愛げはなかったと思う。元々の引っ込み思案な性格もあり、人見知りし笑わなかったこともあるが、笑顔どころか泣いたり怒ったりという感情そのものが少なかったように思う。

 それでもーー無表情でも、顔立ちが整っているだけで、近づいてくる人はいて。

 この子なら友達になれるかも、この人なら信頼できるかもと思って心を許したなら。思っていたのと違うと言われ離れていったり、陰で悪口を言われたりする。そしてまた、私は人が信じられなくなり無口になっていた。


 姉は私と違って社交的で、友達もたくさん作っていた。

 友達の出来ない私に、あれこれアドバイスをしてくれていた。

「自分から話しかけなきゃ」

「怖がってちゃダメ」

 何度も言われていた。


 あれは、小学3年生の遠足だったか。

 勇気を出して、ある女の子に「お弁当一緒に食べよう」と言った。

「いいよ」と、その女の子は言ってグループに入れてくれた。

 公園の芝生に五人が円になって座ってお弁当を食べた。みんなが話したり笑ったりするのを見ながら食べた。

 その夜、熱が出た。

 同じようなことが何度かあり、蕁麻疹が出たこともあった。

「ごめん栞菜、もう無理しなくていいよ。誰かに何か言われたら私が守ってあげるから」

 そう言って、お姉ちゃんが抱きしめてくれた日から私は頑張るのをやめた。

 自然体でいようと決めた。

 元々本は好きだったし、一人で静かに過ごすには読書はちょうど良い趣味で、次第にのめり込んでいった。

 学校でも休み時間には本を読むことが多かった。

 声をかけられれば適当に相槌を打ち、少し微笑んで見せれば反感を買わずに過ぎていく、表面だけの関係性。

 それでいい、それがいい。

 私の薄っぺらな人生、このまま順調にいくと思っていた。

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