第24話

「落ち着いた?」

「はい」

 私はぐちゃぐちゃだった顔を洗い、先輩はぐちゃぐちゃになった服を着替えた。

「では一個ずつ確認しようか」

「はい」

「誰が別れるって?」

「だって東京に引越したらそう簡単に会えないし、先輩きっといろんな人に言い寄られるだろうし、遠距離恋愛なんて出来る自信ないし」

「ふぅん、そうなんだ。天寧の私に対する気持ちはそんなもんなんだね」

「え、違っ、私はどんなに離れたって好きでいる自信あるよ、でも先輩、私に何も言わなかったし、私なんてさっさと切り捨てられるんだと思って」

「それで号泣したの?」

 先輩は心底呆れたような顔をした。

 私は、いたたまれなくなって俯いた。

「いい? よく聞いて。まず、別れないし」

「はい」

「引っ越さないから」

「へ?」

「ずっとここにいる」

「だって、東京」

「週4日はリモートでいいって言うし、出社もフレックスでいいらしいから。東京なんて2時間あれば着くでしょ」

 空いた口が塞がらなかった。まさか、ここから東京へ通うなんて思わなくて。

「今まで通りここで会えるから、だから天寧に言う必要ないかなって」

「私のために?」

 時間かけて通うの? たとえ週に一度だとしても大変なことに違いはない。

「いや、単に引越しが面倒だからさ」

 え……あ、そう。


 なんだかホッとしたら力が抜けた。また一人で空回りしてただけなのか。

「誤解も解けたみたいだから、チョコ食べる?」

 先輩は包みから取り出したチョコを顔の前に差し出す。何故か嬉しそうな顔をして。

 私が口を開けるとホイっと食べさせてくれる。今日初めて見る笑顔だ。

 甘いなぁ、口の中で少しずつ溶けていくのを感じながらーーふと違和感を覚える。


「でも先輩」

 チョコを全て飲み込んでから口にした。

「ん?」

「先輩がもっといろいろ話してくれてたら、シャツを私の涙で汚すこともなかったのに」

 先輩は言葉が少ないから、後で、そうだったの? って驚くことが多すぎる。


「聞いてくれたら良かったのに」

「聞いたら教えてくれますか?」

「もちろん」


「なら、先輩のこと教えてください」

「私のこと?」

「幼い頃どんな子だったとか、好きな食べ物やどんなことして遊んでたとか、初恋はいつだったとか……先輩のことなら何でも」

「なんでそんなこと」

「好きな人のことだから、知りたいんです。少しずつでいいから話して欲しい」

「ん、わかった」

 やった! 私が喜んだからか、先輩も口元を綻ばせ、もう一つチョコを食べさせてくれた。


 うん、やっぱり甘い。

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