第21話

「あ、早かったのね」

 ドアを開けてくれた先輩は、いつも通りのポーカーフェイス。

 先輩に早く会いたくて最後は小走りになって今も少し息が切れてる私は、そのまま素直にそう伝えた。

「え、走るのはいいけど転ばないでよ」

 走ったら転ぶっていう発想って?

「子供じゃないです」

 膨れてみせたら、ふふっと笑ってくれた。


「先輩、会社訪問だったんですか?」

 キッチリとしたスーツ姿の先輩は、いつにもまして大人っぽくて、控えめに言っても。

「かっこいい」

 口に出すつもりはなかったのに、つい。

「まぁ、そんなところ。お腹空いたなぁ」

 私の呟きには反応せずに、キッチンへ向かう。

「忙しかったんですね」

 まだスーツを脱いでいないってことはもしかして。

「先輩、いつメッセージくれたんですか?」

「家へ向かうバスの中」

 なんだ、先輩だって早く会いたかったんじゃん。たぶん言ってはくれないだろうけど。

「スーツのままご飯の準備?」

「エプロンすればいいでしょ」

 スーツにエプロン姿、それは是非見てみたい。

「どう?」

「これは……反則です」

 鼻血が出るかと思った。

 クスッと笑って、これはかなりご機嫌な先輩の顔。

「でも先輩、レンチンするだけじゃないですか」

 先輩が冷凍庫から取り出したものを見つめる。

「だってこのパスタ美味しいんだよ」

「それは知ってますけど」

「ほら、天寧の分も買ってあるんだから」


 先輩の部屋の冷蔵庫には、今まで飲み物しか入っていなかった。何を食べているのか聞いたら、冷凍庫を開けてコレ! と自慢げに答えた。数々の冷凍食品はレンジで温めるだけで美味しい料理が完成する。

 私も一緒にいただいたけど、確かに美味しい。それでも栄養のバランスとか考えると心配になる。先輩の部屋のキッチンを使ってもいいとの許可を貰ったので、食材を持参して私が作ることもある。たいした料理じゃないけど先輩は「美味しい」って言って完食してくれる。


 しばらく会えていなかったので、今、冷蔵庫の中は飲み物だけだ。明日、何か買ってこよう。

「ねぇ先輩、やっぱりスーツ脱いだ方がいいですよ」

「え、何で?」

「私が脱がせたいからです」

 先輩を見つめる。たぶん私の気持ちは伝わっている。

「ダメですか?」

 返事を聞く前に唇を塞いだ。


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