第9話

「いや、いいです。自分で脱げます」

 私の服を脱がそうとする先輩からなんとか逃れる。

「すぐに出るので入って来ないでくださいね」

 念を押したのに、私が身体を洗い終える頃ドアが開かれた。私はサッとシャワーで泡を流し湯船に飛び込んだ。

 全くもう、人の気も知らないでこの人は。

 チラリと先輩を見れば、当然のようにシャワーを浴びていて、やばっ。私はすぐに目を背けさらにギュッと目を瞑る。後ろ姿なのに一瞬見えただけなのに心臓がバクバクいってる。

 先輩が洗い終える頃を見計らって、お先に出ますね、と飛び出した。

 バスローブが準備されていたけれど、私の服は大方乾いていたのでそれを着て待つ。


「お風呂、ありがとうございました。雨も止んだみたいなので帰りますね」

 先輩が何か言う前に、それだけ言って部屋を出た。

 これでいいんだよね、そう言い聞かせて。


 家に帰って、一人でご飯を食べてテレビを眺めていた。

 スマホが震える。知らない番号だ、誰だろう。

「もしもし」

 ぼんやりしていた頭が、一瞬でシャキッとなった。

「せ、せんぱい?」

「ん、傘忘れてったよ」

「あぁ……はい」

 そういえば、早く出なきゃって思ってたから、傘なんて覚えてなかったな。

 そうか、それで電話をくれ……た?

「どうする?」

「え?」

「傘」

「あぁ、予備の傘あるので大丈夫ですよ、次に会うまで先輩が持っていてください」

「ん、わかった」

「先輩って、傘持ってます?」

「……」

「ないんですね」

「探せばどこかにあるかも」

 いや、もうそれ、ないのと一緒だから。

「もう、今までどうしてたんですか? しばらく、私のを鞄に入れておいて下さいね、あ、折りたたみ方知ってます?」

「わかるわよ、それくらい」

 拗ねた声が聞こえて、何だか新鮮だ。

 そしてガサゴソと音がしたと思ったら。

「あれっ」

「どうしたんです?」

「傘が」

「もしかして出来ないんです? 私の、三つ折りですよ」

「みっつ? あぁ」

「大丈夫ですか?」

「不恰好だけど、なんとか」

 傘と格闘する先輩を想像してしまう。

「先輩、もしかして不器用?」

 笑いを噛み殺しながらの言葉に。

「うるさい」

 やっぱり、絶対拗ねてる。

 こんな先輩初めてで、可愛いなぁと思ってしまった。それに電話越しだとたくさん喋ってくれて嬉しい。

「先輩」

「なぁに」

 あ…………今、私何を言おうとした?

 顔が熱くなる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る