第19話 ソロ探索者の高校生活
底辺ぼっち配信者(でも美少女)インパクトガールとの衝撃的な出会いの翌日、鉄也は普通に高校へと通っていた。
幼い頃から探索者になるのを夢見ていたので、家から近くてそこそこの偏差値の高校を選んでいた。
探索者としての収入は既に安定していて、別に高校に通う必要性は感じないのだが、両親からは「高校は出ておけ」と言われている。
以前両親に、なぜ自分を高校に通わせることにこだわっているのか、と聞いたことがあるのだが、その答えは「お父さんとお母さんは高校で出会ったから、鉄也にもいい出会いを見つけて欲しい」というものだった。
要は青春を送れ、ということらしいのだが、生憎と鉄也の高校生活はそういうキラキラしたものとは無縁の状態となっていた。
なんだか両親に対して申し訳ない気もするのだが、性分なのかなんなのか、充実した高校生活、みたいなものはどうもピンとこない。
聞けば両親は探索者をやりつつも明るく楽しい高校生活をエンジョイしていたそうなのだが、自分は機械的な家と学校の往復という具合である。
ダンジョンに潜るのが楽しいからあまり気にしたことはなかったのだが、やはりこれは高校生として不健全なのだろうか。
そんな風に思わなくもないが、ない袖は振れないし、出来ることしか出来ないのだ。だからこれはしょうがない。鉄也はそう自分に言い聞かせる。俺の青春はこの学校にはない。ダンジョンにあるんだ。
前向きなのか後ろ向きなのかよくわからない決意を固めて教室の中へと入っていく。
教室では仲のいい生徒同士が集まっておしゃべりをしていた。そういう輪に加わらない生徒ももちろんいるが、彼らは彼らで熱心に本を読んでいたり、勉強に励んでいたりする。あれはあれで青春の形の一つなのだろう。
鉄也にはみんながそれぞれのやり方で、学校生活を謳歌しているように見える。両親から言われたからというだけでなんとなく学校に通っている自分が、なんだか場違いに思えてしまった。
自分の席に着くと、後ろから声をかけられた。
「おーす、おはようおはよう。どうした? ため息なんかついて」
「佐伯か。おはよう」
振り向くとそこにいたのは一年、二年と同じクラスで、しかも何度席替えをしても近くの席になってしまう坊主頭のクラスメイト、佐伯だった。小柄だが野球部では名内野手として活躍している有名人である。
「俺、ため息なんかついてたか?」
自覚はなかったので鉄也は聞いてみた。
「おう、ついてたぞ。あれか? 恋の悩みか? それだったらこの専門家が聞いてやるぞ」
佐伯がにかっと笑って言う。
「専門家って……」
鉄也は苦笑してしまう。
「ハーレムを目指すこの俺は恋愛の専門家に決まってるだろ?」
「お前まだそれ言ってるのか」
鉄也は呆れた目で佐伯を見た。
佐伯は入学当初から高校在学中に最低でも三人以上の彼女を作ってハーレムを目指す、と公言してることでも有名だった。
「当たり前だろ? ハーレムは男の夢だぜ」
「もうちょっと現実を見た方がいいと思うけどな……」
「おいおい、俺だって現実はちゃんと見ているさ。だからランクの高い女子は狙わずに、手頃なのを狙うようにしてるんじゃねえか」
佐伯が言った。そうなのだ。この坊主頭はハーレムを目指すことを公言するとともに、人気のある女子は狙わずに、そこそこの女子を狙うとも公言しているのである。
ハーレム宣言の方は面白がってくれた女子も多少はいたのだが、そこそこの女子だけ狙うという宣言の方はそうもいかなかった。結果、佐伯は女子生徒から蛇蝎のごとく嫌われているのである。
「お前、見た目はさわやかなのにどうして発想がクズのそれなんだ……」
「達成できない目標を掲げるのはアホのやることだ。そして俺はアホじゃない。それだけさ」
呆れきった顔で鉄也が言っても佐伯はどこ吹く風である。このメンタルの強さは見習いたいような、そうでもないような。鉄也は複雑な気分で佐伯を眺めていた。
「いいか、俺のような奴にうちのクラスの下鶴みたいなのが落とせると思うか?」
そう言って佐伯が顎をしゃくる。
その方向にいるのはクラスの中心的人物、下鶴愛奈(しもづるあいな)である。
茶色がかかった短めのポニーテールが特徴的な彼女は明るくて誰とでも仲良くなれる性格で、勉強もスポーツもそつなくこなす。そして、彼女は優秀な探索者でもあった。
おまけにチャンネル登録者五十万人超の人気配信者でもある。あれだけ見た目がよくて実力もコミュ力もあるのだから当然のことではあるが。
「お前はああいうタイプにも物怖じせずに突っ込んでいく奴だと思ってたんだがなあ」
「俺は冷静な現実主義者なんだよ」
「冷静な現実主義者はハーレム作るとか言わないだろ」
佐伯の反論に鉄也はため息をついた。
「あら、ひょっとして私の噂話?」
澄んだ、弾むような声がした。
目を向けると、下鶴愛奈がすぐ近くまで来ていた。彼女は興味津々といった目でこちらを見ていた。
「いや、そういうわけじゃ……」
予想外の事態に慌てた鉄也は佐伯に助けを求めようとしたのだが、坊主頭は持ち前の瞬発力でもって教室の扉のところまで一瞬のうちに移動し、扉の陰から恐る恐るこちらの様子をうかがっていた。
「あの野郎……!」
鉄也は小心者のハーレム野郎に毒づきつつも下鶴に向き直った。
「申し訳ない。別に悪く言ってたわけじゃないんだが、不快にさせたのなら謝るよ」
「あ、そういうわけじゃないの。別に怒ってるとかじゃないから。ただ、神藤くんが私のことを話してたのが気になって……」
下鶴はちょっと慌てた様子でそう言った。どうやら本当に怒ってるわけではないらしい。それはいいのだが、気になることもあった。
「俺が下鶴のことを話してるのがどうして気になるんだ?」
「だって、神藤くんも探索者でしょ?」
「あー、そういうことか。……あれ? 俺が探索者やってるなんて話したことあったか?」
「あっ、え、えーと、それはほら、風の噂っていうか、そんな感じのあれよ……」
下鶴はなぜか目をそらして取り繕うように言った。鉄也はちょっと不自然に感じたが、探索者をやっていることは別に秘密にしているわけではないし、どこかで誰かから聞いたとしても不思議はないかと思った。
「まあ、探索者なんて言っても下鶴には遠く及ばないけどな」
「たしかに私はチャンネル登録者五十万人を超える人気者だし、実力も兼ね備えているけど」
「はっきり言うな……」
「事実だもの」
ふふんと胸を張って下鶴が言う。あまりに堂々と自分の人気と実力を認める彼女の様子にちょっと面食らった鉄也だったが、本人は淡々とそう答えた。
大した自信だ。どこかのピンク髪にも分けてやりたいもんだな。
「でも、神藤くんだって結構すごいじゃない」
「すごいもなにも、俺が探索者やってるところなんて見たことないんじゃないか?」
「え? あ、ああ、それはほら、強者に特有のオーラみたいなのがあふれてるから……よ?」
ダンジョン内で下鶴と出くわしたことはない。なのでこちらの実力など知りようがないはずなのだが、その点を指摘するとどういうわけか下鶴は目を泳がせ始めた。
露骨に怪しいが、別にこちらのことを知られていたところでなにがあるわけでもないだろう。気にしなくていいか、と鉄也は思った。
「ま、まあ、お互い頑張りましょうね!」
「お、おう……」
明らかにごまかしてくる下鶴の様子に奇妙さを感じつつも鉄也はそう応じた。仲良しグループのところへ戻っていく彼女の背中を見ていると、佐伯が戻ってきた。
「お前、俺をほったらかしにして……」
「まあまあ、そう怒るなよ。お前には素晴らしいお土産を持ってきたからな」
「お土産?」
悪びれもしない佐伯の様子を不思議に思った鉄也が首をかしげると、佐伯は折りたたまれた小さなメモを渡してきた。
「なんだこれ?」
「驚くなよ? これは我が校で下鶴愛奈に次ぐ人気を誇る、隣のクラスのメガネっ娘、光石優華(みついしゆか)さんからのお前に宛てた手紙だ」
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