第18話 配信者のお仕事

 時刻は深夜零時。


 家に帰って両親と一緒に夕食を済ませ、お風呂も終えたぼっち配信者インパクトガールは、自室で一人、今日の探索の動画をせっせと編集していた。


 父親のお下がりのパソコンに浮遊型カメラの動画データを移し、慣れた手つきで手際よくインパクトガールチャンネルにアップするための動画を作っていく。


「カチャカチャッ、ターンッ、と。ふへへ」


 パジャマ姿のインパクトガールは上機嫌だった。


 探索では神藤くんのおかげでレアアイテムを手に入れて大成功したし、それを家に帰ってお母さんに報告したらお祝いに夕飯をコロッケ(わたしの大好物!)にしてくれた。お父さんもとても喜んでくれていた。

 ……まあ、再生回数欲しさのためにわざとトラップにかかろうとしたことは伏せておいたけど……。


「正直に言った方がいいかもしれないけど、そもそも動画配信していること自体秘密にしてるからなあ……」


 はあ、とため息をついて椅子の上で軽く伸びをする。同じ姿勢でずっとパソコンの操作をしていたせいで強ばっていた体がちょっとほぐれた気がした。


 いまのインパクトガールはピンク髪少女ではない。


 ピンクの髪はダンジョンのアイテムを使って一時的に髪の色を変えているだけである。メイド服も同様で、あれは一瞬のうちに服装を変えられる、探索者の間ではポピュラーなアイテムを使っているのだった。


 さらに、いつもはかけているメガネを外して、束ねている髪は下ろすことで、彼女は普段の地味めな見た目から明らかに度を超している姿のインパクトガールへと変身するのだった。


「お父さんとお母さんにバレないように配信者やりたかったから見た目変えてみたけど、これはこれで、変身ヒーローみたいでカッコいいよね……へへへ……」


 普段の地味な自分はどうにもこうにも好きになれないが、インパクトガールとしての自分の姿は結構気に入っていたのだった。


「これで再生数さえ伸びればなあ……」


 配信者としての自分のポジションには肩を落とさずにいられないが、探索者をやるの自体は純粋に楽しんでいた。


 今日だっていいことがたくさんあったし。神藤くんにも探索者が好きだって気持ちは大切にしてくれって言ってもらえたんだから、無残な失敗はあったけどやっぱり続けたい。


「よし、がんばろう」


 気合いを入れ直し、完成した今日の動画をアップする前に最後のチェックをしてみる。


「……うう、録音された自分の声ってどうしてこんなに気持ち悪いんだろう……」


 ヘッドホンから聞こえてくる陰キャぼっち(自分)の声に身もだえる。動画配信するようになってそれなりに経つのだからいい加減慣れたいところだったが、彼女はいまだにインパクトガールの声を聞くと背中がぞわぞわするのだった。


「も、もしかして、神藤くんも、わたしがしゃべるたびにこのぞわぞわを味わっていたりとか……いや、まさかそんな……」


 いくらなんでもネガティブに考えすぎだとぶんぶん首を横に振って嫌な考えを打ち消す。


「神藤くん、いい人だったなあ……」


 机の上に置いたスマホに目をやる。


 いまのところ彼からの連絡はない。明日のうちにはまた連絡するって言ってたし、それは心配してないけど、その件とは別でちょっとメッセージ送ったりした方がいいかな、でもそんなことしたら迷惑かな、と家に帰ってからというもの、インパクトガールの思考は行ったり来たりを繰り返していた。


「つい連絡先まで聞いちゃったけど、こ、これからどうしよう……」


 焦りに焦ってしまった結果、色んな感情をむき出しにした自爆同然のやり方にはなってしまったものの、彼の連絡先を手に入れて、あまつさえ次の約束も実質的にしてしまったのである。


「まあわたし、昔から妙なところで行動力があるっていわれてるからね……へへへ……」


 パソコンの画面を見やる。動画ではトラップによる転移が終わって、モンスターの巣に移動させられた二人が手分けして戦っているところだった。


「わたしのほうもあのときはモンスターと戦っていたからじっくり見る余裕がなかったけど、神藤くん、すごいなあ。わたしよりたくさんモンスターやっつけてるよね。……かっこいいなあ」


 ものすごい威力の魔弾を駆使してモンスターを次々とやっつけていく画面の中の彼の姿を見て、インパクトガールはほう、と息を漏らした。


「まあ、わたしとパクトくんもそれなりにかっこいいけど……ふへへ」


 きっちり編集された自分の活躍を見ると自然と笑顔になってしまう。もちろん、彼の戦闘シーンについても編集はばっちりだった。これなら誰の目にも神藤くんがかっこよく見えるに違いない。再生してさえもらえれば、だけども。


「……わたしの動画、五回も再生されないからね……うう、ごめんね、神藤くん……」


 画面の中で戦っている彼に向かって手を合わせて謝罪する。自分が底辺配信者なのが申し訳なくてならなかった。


「でもまあ、この神藤くんの姿をひとりじめっていうのもそれはそれで……いやいやいやいや、なに言ってるの! それはダメでしょ、わたし! そんなぼっちをこじらせた考え方はよくない! これは巻き込んじゃった罪滅ぼしでもあるんだから、神藤くんのかっこよさがきちんと伝わるようにしないと! …………まあ、ノーカット版はわたしだけのものだし……ふへへ……」


 陰キャ流の独占欲を発揮してしまいそうになる自分を叱りつつも結局は欲望に負けながら動画のチェックを続ける。これなら大丈夫そう、というか完璧と言える出来だった。


「再生数は伸びないのに編集の技術はぐんぐん伸びてるよね、わたし……ハハッ……」


 自分で言ってて悲しくなりつつ動画をサイトにアップロードする。


 仕事を無事に終えたインパクトガールは、ふう、と息を吐いた。

 だが、一息ついたのもつかの間、視線は自分のチャンネルの管理画面に釘付けになってしまう。


 インパクトガールは、再生数が増えてくれないかな、と思いながら、じーっとパソコンの画面を見ていた。


「いや、わたしもね、わかってはいるんですよ。そんなアップしてすぐに再生してもらえるわけじゃないってことくらいは。朝起きてからチェックすればいいってことくらいは。でもね、やっぱりね、どうしても気になっちゃうんですよ……」


 わたしは誰に対して言い訳してるんだろうと思いながらもブラウザの更新ボタンを二度三度と押してみる。


 しかし、さっきアップした動画の再生回数に変化はない。ついでに言えば過去にアップしたほかの動画も変化なしだった。


「うう、ごめん、神藤くん……神藤くんの活躍する姿は、責任を持って、わたしが個人的に楽しむのに使わせてもらうから…………ん?」


 彼に詫びつつも独占できるのは悪くないな、とダメな方向に行きかけていたインパクトガールだったが、その目が画面の一点にとまる。


「こ、これは……!」


 信じられないものを目にしたぼっち少女はメガネの奥の目を大きく見開いたのだった。

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