第8話 トラップ部屋

「……どこだ、ここ……?」


 目を開けた鉄也がつぶやいた。辺りを見回してみる。そこは四方を石壁に囲まれた広い部屋だった。体育館くらいの大きさはあるだろうか。


「さっきまでの通路とは違うな。転移トラップだったか」


 麻痺や毒、あるいは爆弾とかでなかったのはありがたいと言えばありがたい。だが、転移トラップとなると罠の中でも一番面倒なタイプである可能性が……。などと考えていると、すぐ近くから声がした。


「ひゃ、ひゃい……そ、そうみたい、です、ね……」


 それは顔を真っ赤にした、ピンク髪少女だった。

 あっ、かばおうとしてとっさに抱き寄せたの忘れてたわ。

 鉄也はさっとインパクトガールから手を離した。


「すまない。さっきはなんとか止めようとしたんだが間に合わなかった」


「い、いえ、これはわたしの自業自得ですから。再生回数ほしさにわざとトラップにかかろうとしたから罰が当たったんですよ。おまけに助けようとしてくれた見ず知らずの探索者さんまで巻き込んで……え? 巻き込ん、だ……?」


 ブンブンと首を横に振っていた彼女だったが、そこでピタリと動きが止まった。そして、赤くなっていた顔がサーッと青くなった。


「申し訳ありませんでしたー!」


 きっかり九十度の角度で頭を下げると、ピンク髪配信者は気合いの入った声で謝罪してきた。


「い、いや、早めに声をかけなかった俺にも責任はあるし……」


 たしかにこれは彼女の自業自得なのだろうが、それにしたって謝罪の勢いがすごすぎた。再生数を稼ぎたい気持ちはわからなくもないし、もっと速く声をかければなんとか出来たはずなので鉄也としてはあまり気に病んで欲しくはなかった。


 だが、インパクトガールの方は気が済まないらしい。


「わたしのごときクソザコ配信者風情が他人様の足を引っ張るなど言語道断。これはもう伝統と格式あるハラキリを決めるほかありますまい……」


 そう言って床に正座すると、ハンマーを逆手に持って切腹の構えを取った。


「……介錯を、お願いできますか?」


「俺は手ぶらだから無理だし、鈍器でハラキリは出来ないぞ」


 上目遣いに聞いてくるピンク髪少女に鉄也はサラッと言った。


「…………ハッ!」


 インパクトガールはそこでようやくハンマーでは腹を切れないことに気づいたようだった。


「そ、そんな……ハラキリが、出来ないだなんて…………。かくなる上は、「誠意」を見せるほかないですね……」


「誠意?」


 首をかしげる鉄也の前で、ピンク髪少女はメイド服のポケットから財布を取り出すと、万札を二枚取ってうやうやしく差し出してきた。


「どうぞ」


「受け取れるか! こんな誠意は示さんでいい!」


 鉄也は思わず声を荒げていた。


 謝罪の証に金銭を受け取るなんて高校生のやることではない。大体、このピンク髪だって同い年くらいのはずだ。いくら申し訳なく思っているとはいえ、ササッと万札二枚出してくるのはどうなんだと思った。


「そ、そんな……ではあなたは、この愚かなクソザコ配信者を無償で許してくださるというのですか……」


「許す許す。あと自分のことを卑下しすぎだ」


 鉄也はため息をつくと軽く笑って言った。


「そ、そうですか……探索者さんは、優しいんですね……へへ……」


 ややぎこちなくではあるが、インパクトガールも笑顔でそう言った。


「…………」


「ん? どうかしましたか?」


「い、いや、なんでもない……」


 メイド服少女が首をかしげると鉄也は慌てて言った。


 言動のインパクトのせいで気づくのが遅れたけど、こいつ、かなりの美少女なんじゃないか……? これでピンク髪じゃなくて黒髪で、メガネかけてたらヤバかったな、と鉄也は密かに思っていた。


「さてと、それじゃ脱出の方法を探すか」


 気持ちを切り替えてそう言った鉄也だったが、その必要はなかった。

 体育館ほどもある部屋のあちらこちらから、モンスターが湧きだしてきたのである。


「あー、モンスターを全部倒さないと出られない部屋に転移させるやつだったかー」


「転移系のトラップの中では一番タチ悪いやつですねー」


 鉄也とインパクトガールはそろってアハハハ、と乾いた笑い声をもらした。

 ウジャウジャと湧いてきたアンデッド系モンスターたちが二人を取り囲む。


「やるしかないな」


「ですねー。……あの、本当にすみませんでした。わたしのせいであなたをこんな危険な目に遭わせてしまって……」


「ダンジョン探索に危険はつきものだ。気にしてないよ。ただ、協力はしてもらうぞ。頼りにしていいよな?」


 心底申し訳なさそうに言うインパクトガールに鉄也はにやりと笑って言った。正直なところ、ダンジョン大好き人間な鉄也はこの状況を割と楽しんでいた。転移トラップ上等だ、やってやろうじゃないか、という気分になっていたのである。


「も、もちろんですよ!」


 彼女の方も巨大なハンマーを掲げて元気よくうなずいてくれた。


「よし、じゃあ――」


「あ、ちょっと待ってください。せっかくだから動画は撮りたいんで。……カメラさーん、よろしくお願いしますねー」


 ピンク髪の配信者は浮遊カメラにせっせと指示を出していた。


「…………」


 まあ、再生数稼げそうな状況ではあるし、しょうがないか、と思いながら、鉄也はモンスターの群れと向き直ったのだった。

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