第7話 ソロとぼっちの強制転移

 インパクトガールは悩んでいたが、鉄也もまた悩んでいた。


 どうしよう。これ、声かけた方がいいのか?


 どこからどう見ても罠に違いない、というか罠にかける気があるのかとツッコみたくなるような宝箱だが、あのピンク髪配信者が開けるのを止めるべきだろうか。


 実際のところ、ダンジョンでトラップに引っかかっても命の心配はない。というか、ダンジョンそのものが命の心配をする必要がない場所なのである。


 ダンジョン内では探索者はステータスウィンドウを出すことが出来るが、そこには探索者の体力もHPとして表示されるようになっている。そして、モンスターからの攻撃を受けたりすると、HPが減っていくのである。これまたゲームのように。


 そしてHPがゼロになった場合どうなるのかというと、強制的にダンジョンの入り口に戻されるのである。


 そう、HPがゼロになったからといって、死ぬわけではないのだ。今のところダンジョンの探索で死亡した人間は存在しない。だから未成年でも探索者として登録することが出来るのである。


 とはいえ、命の危険がないといってもモンスターからの攻撃を食らえば普通に痛いし、HPがゼロになってダンジョンの入り口に戻された場合、探索者は二、三日まともに動けないくらいには体力を消耗することになっている。

 鉄也も何度か経験があるが、あのときは次の日に学校に行くのが本当に大変だった。


 ただ、逆に言えばトラップにかかったとしても起きうる最悪の事態はその程度のことでしかない。

 だから再生回数のために自ら危ない橋、というか崩れるのがわかっている橋を渡ろうとしているインパクトガールを止める必要があるのかというと、少々微妙なところだった。


 でもやっぱり、ここまで見物しておいて止めないのはよくないか。

 鉄也は宝箱にちょっと手を伸ばしては引っ込めているピンク髪少女を見ながらそう思った。


 死ぬわけではないとはいえ、HPがゼロになるのはかなりキツい体験だ。

 鉄也だってパーティを組みたくても組めないソロ探索者の身である。なので、再生回数が伸びなくて悩むぼっち配信者であるインパクトガールには少しだけではあるが親近感を覚えていた。


 方向性はさておき、あの子も頑張ってはいるんだし、痛い目を見るのはちょっとかわいそうだよな、と思った。

 よし、声をかけよう。

 そう決めた鉄也はインパクトガールに近づいていった。


「おーい」


「……動画タイトルはいいとして、サムネはどうしましょうかね……なにかインパクトのある画像は……」


 驚かせないようにとちょっと小さめの声で話しかけたのだが、ピンク髪少女は聞いちゃいなかった。

 トラップ宝箱開封動画をどう作るかで頭がいっぱいらしい。

 仕方がないのでもう一度声をかけてみる。


「もしもーし」


「……やっぱりこの宝箱をアップにした画像がサムネかな……カメラさん、別の角度からもこの宝箱撮っておいてもらえます?」


 インパクトガールはそう言って浮遊カメラに指示を出していた。

 もう一度、今度は大きめの声で話しかけた鉄也だったが、またもメイド服少女は聞いちゃいなかった。


「この動画には配信者としてのわたしの未来がかかってますからね……へへへ……いつもの動画よりも再生数が稼げるのは確実……ひょっとしたら、バ、バズ……バズる、なんて、ことも……? そうしたらいいねもコメントもたくさん……チャンネル登録もうなぎ登りであっという間に人気配信者……へへへへへ……」


 ハンマー少女は実に楽しそうに取らぬ狸の皮算用をしていた。


「…………」


 ダメだ。この女、聞いちゃいねえ。

 承認欲求強めの奇っ怪な配信者相手とはいえ、話しかけてるのに女の子に無視されるというのは精神的に結構応えるものがあった。


 もう放っておこうかなあ。無視されるの思いの外キツいし……。


 そう思った鉄也だったが、このまま彼女がトラップにかかるのを止めないのはやはり探索者としてのモラルに反すると感じた。

 ダンジョンを愛するものとして、この危険行為を見過ごすわけにはいかないのだ。


「では、そろそろ……人気配信者への扉を開けるとしましょうか……」


 巨大なハンマーを片手に、底辺配信者がいよいよバカな真似をしようとしていた。


 もう一回。もう一回だけ声をかけよう。

 十分に彼女まで近づいてから、鉄也は意を決して口を開いた。


「インパクトガール、わざとトラップにかかるのは流石にやめた方がいいと思うぞ」


「ひゃ、ひゃい! ご、ごめんなさい! 悪気はなかったんです! ただ、ただ人気者になって、チヤホヤされたかっただけなんです!」


 ビクッと跳ね上がったかと思うと、ピンク髪少女はものすごい勢いで振り向いて、ものすごい勢いで頭を下げてきた。


 なにもここまですごい勢いで謝らなくても……というか急に声かけられたのに妙にスラスラ謝罪の言葉が出てくるな、と思った鉄也だった。


 反応はともかく、気づいてくれたのはよかった。これで彼女がトラップに引っかかることはないな。そう思って鉄也は一安心した。だが、それは間違いだった。


 インパクトガールは巨大なハンマーを手に持ったまま、鉄也を振り返って頭を下げた。そのときの勢いで、彼女が持っている巨大なハンマーの長い柄の先端が、ガツッと宝箱の蓋にぶつかってしまったのである。


「「あっ」」


 鉄也とインパクトガールの声が重なる。それと同時に、どう見てもトラップな宝箱の蓋が、ハンマーの柄がぶつかった勢いでパカッと開いてしまった。


 蓋の開いた宝箱から眩い光があふれ出す。鉄也はピンク髪少女を守ろうととっさに彼女を抱き寄せた。だが、手遅れだった。

 当然のことながら罠だった宝箱に仕込まれていた転移トラップによって、ソロ探索者とぼっち配信者は強制転移されてしまったのだった。

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