第14話:人間の世界へようこそ。

その声はたしかにルシルの声だった。

振り向くとルシルが腕組みしてしゃがんでいた。


「ヨシト・・・あんた帰ってきちゃったみたいだぞ、私も連れて・・・」


「分からない・・・どうなってるんだ?」


「ここ、ヨシトの世界だよね・・・」


好人が周りを見渡すと自分とルシルが歩道橋の上にいることに気づいた。

どうやらまた耳鳴りのせいで、人間界へ戻ってきたみたいだった。

それもルシルを連れて・・・。


「悪夢の街へ行ったのもこの歩道橋だし、戻ってきたのもこの歩道橋・・・

もしかしたらこの歩道橋が向こうとこっちの境界線になってるのかもしれないな」


ルシルが人間界に来てしまったのは、たぶんが好人が意識を失う時、ルシルと

体が触れていたことが原因だったんだろう。

それに好人はルシルと契約を結んでいるから、ふたりが離れた状態で別の世界に

分かれて存在することはできないってことも、その要因だったのかもしれない。


どちらかが、どちらかの世界で暮らすことになる。

ルシルは好人に引っ張られる形で人間界へ来てしまった。


今度は逆にルシルが人間界に来てしまう羽目になった。


コシュマールヴィル・・・ 悪夢の街で誰にも干渉されないで自由に生きてきた

ルシルは好人のせいで、とんでもないことになった。


好人は好人で、あんな形で耳鳴りが始まるとは思いもしなかった。

だから自分の耳鳴りが、また起きるまでルシルは悪夢の街には帰れないかも

しれないって思った。


「なんか・・・俺んちに帰ってきちゃったみたいだな」

「君も一緒に連れてきちゃった・・・ごめんよ、ルシル」


「・・・謝らなくていいよ・・・ちょっとショックだけど・・・まあヨシトと

一緒だから、まだまし・・・」


また耳鳴りが起きないかな・・・そしたらルシルを向こうに帰せるかも

しれないだろ」


「ヨシト、無理しなくていいよ・・・二度あることは三度って言うけど、

また同じことが起きるとは限らないよ・・・最初はうまく行ってもね・・・」

「でも、どっちにしたって、私と好人は契約が成立してる以上離れ離れには

ならないからね」


「さ〜てと・・・これから私はどうなっちゃうんだろ?」

「どうしたらいい?、ヨシト」


「耳鳴りは、そんなに頻繁に起きそうにないね・・・今はちょっと無理かも

しれない・・・」


「それよりさ、開き直って私がここでヨシトと暮らすことを考えたほうが

よくない?」


「まあ、当分はそうなるかなもな・・・」


好人は、今日が、いつかも分からないし、もう就職はとっくに無理だろうから

とりあえず、ルシルを連れて一旦家に帰ることにした。

歩道橋でボ〜ッと話ししてても拉致があかないし・・・。


ルシルはマイクロビキニみたいな格好で露出が多かったから近所の人に

見られやしないか好人はヒヤヒヤものだった。

ここにいる間は俺の服でも着せればいいか・・・好人はそう思いながらルシルに

話しかけた。


「ここに、人間の​世界に来るのは、はじめてなんだよね?」


「初めてだよ・・・でもここも見たところ悪夢の街と、そんなには変わん

ないんじゃないか?」


「そう言えば悪夢の街に行ってる時、一度もルシルの家族に合わなかったよな」


「親も兄弟もいないよ・・・私生まれた時から天涯孤独だから・・・」


「だって、生まれた時は両親はいただろ?」


「自分が生まれた時のことを覚えてるヤツなんかいるか?」


「まあ、たしかにな・・・」


好人は、人にも・・・悪魔にも?それぞれ事情があると思って、 それ以上は

追求しなかった。


歩道橋を降りて公園を抜けるとすぐ、好人の住んでるマンションがある。


好人も兄弟はいなくては一人っ子だった。

今は、母親とふたり暮らし。

好人が物心つく前に両親が離婚したため父親のことはよく知らなかった。


母親は生活費を稼ぐため昼間、働いていたので、家には誰もいなかった。

好人はルシルを家の中に案内した。


ルシルは土足のまま家に入ろうとした。


「ダメ、ダメ、ダメ、そのまま上がっちゃダメだって」


「悪いけどブーツ脱いでくれる?」


「ほいほい・・・面倒くさいんだな・・・あんたんち」


ルシルは、しぶしぶブーツを脱いだ。


ふたりが家に上がると好人はキッチンの椅子にルシルを座らせて、冷蔵庫の中から

飲み物を出して飲むよう勧めた。


「好人・・・母親がいるって言ってたけど・・・」


「おくふくろは今、パートに出てるよ」


「パート?、パートって?・・・」


「働きに出てるの・・・ほら僕んち稼ぎ頭の父親がいないから」

「あ〜そうだスマホ、充電しとかなきゃ」


するとすぐに家電の呼び出し音が鳴った。


好人が電話に出ると、相手は母親からだった。


「はい・・・」


《ああ、好人?、好人だよね・・・あんたいままで何やってたの、

携帯ずっと繋がらないし・・・》


「僕が家に帰ってきてることがよく分かったね」


《ご近所の人が好人が家に入ってくところを見たって連絡があったからだよ・・・》


(あ〜やっぱり誰かに見られてたのか・・・)


《心配してたのよ》

《帰ってこないから警察に届けたわよ・・・行方不明者で・・・》


「あ〜ごめん、心配かけて・・・そのことなんだけど・・・」

「パートから帰ってきたら、説明することあるから・・・」

「電話じゃちょっと長くなるから・・・」


そう言うと好人は、さっさと電話を切った。


「おふくろからだった」


「ソレ離れてるやつと話せるのか?」


「そうだよ便利だろ?」


「私らは普通にテレパシーで話すけど・・・そんなもの使わなくたって・・・

どんなに遠くても話せるよ・・・」


「え?じゃ〜ここからアザゼルたちとも話せるの?」


「だな・・・次元を超えてでも話せるよ」


「すごいんだな・・・携帯みたいに電波が届きませんなんてことないんだ」


「だからさっき、出してくれた飲み物飲みながら、あいつらに事情説明してやった」

「心配してるといけないからね」


「なんて言ってた?」


「そのうち、こっちへ来る方法見つけて、絶対来るってよ」


「まじで?・・・みんな人間界に来るのか?」

「え〜、それって全員うちで面倒見るってことになるのか?」


「だね・・・にぎやかになるね、ヨシトの家」


「冗談じゃない・・・ルシルだけでも母親になんて説明しようか困ってる

のに・・・」


「あいつらが、ずっと居座るようなら私が追い出しちゃうから・・・」


「あ、あのさ・・・あのね・・・」

「ヨシトが飼ってたワンちゃんのことだけど・・・犬一匹なんて言ってごめんね」

「本当はあんなこと言ったあとでヨシトを傷つけたと思って、私反省してたの・・・

なんで、あんなこと言っちゃったんだろうって・・・ほんとにごめんね」

「言ったことは取り消せないけど、今はそんなこと思ってないからね・・・」


「いいんだよ、僕もムキなって悪かった」


「ヨシトは悪くないよ・・・悪いのは、私・・・傷つけちゃって、ごめん」


ルシルは珍しく涙目になっていた。


(えっ、いつも強気なルシルが?、まじ涙?・・・うそ?)


「ルシル・・・」

「ほら、おいでルシル・・・・」


好人はルシルを引き寄せてハグした・・・。


「仲直りだよ、ルシル・・・」


いつも強気で生意気なルシルにも、こんな乙女な部分もあるんだって好人は思った。


「お母さんいつ帰ってくるの?」


「夕方になるかな・・・」


「じゃ〜まだ、たっぷり時間あるよね」


「何考えてる?」


「ヨシト・・・仲直りって言ったでしょ・・・」

「ヨシトの家にだってベッドあるよね」


「それともしたくない?」


そう言われると、欲望がふつふつと湧いてくる好人だった。

さっきのルシルの、しおらしさに好人は彼女を愛しいと思ったから余計

ルシルを抱きたいと思った。

母親が留守ということも好人の背徳心をそそった。


好人はルシルの手を引いて、二階の自分の部屋に連れて行った。


つづく。

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